第三十話 方針
戦意を失った騎士達は、驚くほど大人しく縄に縛られていった。
あまりにも諦めが良すぎて、少し勘繰ってしまう。
「こいつら、何か企んでるんじゃないです?」
「さぁな。だが、どちらにせよこれで判ったことがある。王国内は、真っ黒だ」
ピピルさんが一人の騎士が腰に提げていた装飾品を取って見せる。
「こいつはとある子爵家の紋章だ。まぁ騎士なんてやってるってことは大方次男坊か三男坊あたりだろが……それでも、貴族の子までこんな化け物になってるんだ。もっと他にもいるだろうよ。騎士団全体が既に掌握されていてもおかしくない」
「そ、それは違う!」
「ん? なにが違うんだ? 言ってみろよ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるピピルさん。どうやら適当な事を言ってかまをかけた様だが……この騎士達もちょっとばか正直過ぎませんかね?
「なぁに、こいつらはオルクールとは違って、こんな化け物にはなっているが騎士としての心は残ってるからさ。見ろよ。あれだけ激しく戦ったのに、村人に誰一人死者がいないだろう?」
そう言えば、怪我をした人は結構いるものの、欠損などの重大な怪我や死亡者は誰もいない。それこそ、騎士の一振りなんかは並みの素人が防ぎきることは難しいだろうし、その気が無くても事故は起きるものだ。そう、オルクールの様にね。
「こいつらがそれだけの技量と、村人への配慮をしていたってことさ。腐っても王国の盾。守るべき者を殺しはしなかったってことだ」
「その気持ちをなんで少しだけでも獣人に向けられないのかねぇ。まぁいいや。で、何が違うんです? 内容によっては、命は助けてあげましょう。まぁそれなりの罰は受けてもらいますが」
俺の提案にお互いの顔を見合わせる騎士達。
流石に自分達が忠誠を誓う国の事までばか正直に話すとは思えないけど、逃げ道くらいは用意してあげないとね。
「早い者勝ちですからね? 有益な情報を喋った人には、その貢献度に応じて罰を減らしていきます。ただ、最後まで残った人たちは……死んだ方がずっと、ずーっとましな待遇が待っているので、お楽しみに!」
にこやかな笑顔でそう言うと、今度は顔面を青ざめさせていく騎士達。
すると、俺に先程足を切られた騎士が声をあげた。
「わ、私がしゃべる! だから、命だけは助けてくれ!!」
これ以上酷い目に遇いたくないという一心だろう。かなりの必死さが伝わってくる。
「えぇ、勿論ですとも。素直に話してくだされば、その足だって治しましょう」
一瞬の間があってから、辺りがざわつき始める。
「お、おい……なにか話せることはないのか?」
「あるわけねぇだろ! 俺達みたいな末端の騎士に!」
「切断した足を治すって……王宮の治癒師でも難しいぞ? 本当に出来るのか?」
ほうほう。騎士の中でも、事情を知らない層がいるのか。ということは、みんながみんな望んでこういう姿になったわけでもないのかな?
それと、治癒師なんてのもいるのか。後で調べとこう。
「ではでは、そこの……えっと」
「モリアだ。モリア・ア・ダクセル」
「モリアさんですね。では、向こうでお話を聞きましょう。あぁ、すみませんが縄はそのままです。ピピルさん、護衛をお願いします」
「承知はしたが……お前に護衛がいるのか?」
「念の為ですよ。それに、俺は王国の事情に明るくないですし」
「なるほどな。片足が無いと不便だろう。俺が肩を貸そう」
モリアさんの体を支えながら、一緒に歩き出すピピルさん。体格差的に、もう持ち上げた方が早くない?
「というわけで、しばらくお時間をいただきます。この間に、話せる内容なんかを考えておてくださいね。では、ディモンは騎士達の見張りをお願い」
「了解した」
「ピピルさん」
「ん? どうした」
「少しだけ離れます。直ぐに戻りますので」
「……オーウェンか。わかった」
騎士達を詰め込んだ集会所を後にした俺は、戦いの後すぐにオーウェンが運ばれた診療所へ向かう。
すると、入り口にはガルフが一人佇んでいた。
「最期を看取らなくていいのか?」
『どうせこの後会うんだ。いまはお袋と親父の三人にしてやりたい』
「そうか……なら、俺もここで待つよ」
そう言って診療所前にある花壇に腰かける俺とガルフ。
遠くから村の子供達の笑い声が聞こえてくる。
「……守れて良かったな、村」
『あぁ。だが、やべえのはこれからなんだろ? 頭のわりぃ俺でも、それくらいはわかる』
「まあな。俺はマレビトとやらだからまだ何とでもなるけど、ピピルさんや村の人が騎士に抵抗したのはまずい。しかも、あの異形の姿を知ってしまったんだ。このままだと、次は王国軍そのものが動くだろうね」
『なんとかならねえのか?』
ガルフの問いかけに、俺は少し瞼を閉じる。
やり口はある。まぁ専門的な事はピピルさんの力も必要だし、なんだったらろり神様の助けも要る。
しかし、これ以外に恐らく方法らしい方法もないだろう。今さらどう足掻いた所で、ベラシア村には大きな沙汰が下る。村の名前と場所はそのままに、中で住む人間がそっくりそのまま別の人になる。全員ね。
「ベラシア村を独立させる」
『…………は?』
「アウグスト王国からベラシア村を独立させ、形上一つの国家に生まれ変わらせる。その上で近隣諸国へ助力を求めるしかかない」
『い、いやいやいや、無理だろう? そんなことしても、アウグスト王国が許すとも思えないし、こんな村なんて直ぐに潰されて終わりだろう』
「だからこそ時間を稼がなきゃいけない。まぁもって二週間ってところだろう。オルクール達が戻ってこない、連絡をしてこない事を不審に思った王国が、遠見の魔法でこちらを見てきたときがタイムアップって所だね」
実際はもっと早いと思う。だから、それまでに守るだけの戦力の補充と、アウグスト王国への決定的な一手を用意しなければいけない。
「さて、そこんとこどうです? ろり神様」
『お主……ワシを呼べば出てくる便利なナニかと勘違いしておらんか?』
「そう言いながらちゃんと出てきてくれるあたり、サービス精神旺盛ですよね」
『まぁよい。ふむ……人間同士の諍いには介入する気はないが、今回ばかりはちと事情が事情だしのう。あんな奴等が蔓延る巣窟をそのままにも出来ん。良かろう、ワシも助力をしてやろう』
「ははー、ありがとうごぜえますだ」
ろり神様に深々とお辞儀をする。感謝、大事。
と、そんな俺をガルフが不審な目で見てくる。
『お、おい、ヒロ? いったいお前は誰と話してるんだ?』
「おろ? ガルフにはろり神様の声は聞こえないのか」
『当然じゃ。たかが一生命の思念体が感じられる次元にはおらんでの』
「なるほどね。残念だったな、ガルフ」
『いや、お前らの会話が聞こえてないのに、いきなり残念とか言われてもなぁ……っと、来たか』
振り向いたガルフの視線の先。そこには、綺麗な姿になったオーウェンが立っていた。
「別れは済ませたのか?」
『えぇ、ありがとうございます』
「礼なんてすんな。俺が惨めになる」
『はは、わかりました。それで、僕も連れていってくれるんですよね?』
『オーウェンは俺と違ってお袋に似て頭が良い。是非連れていってくれよ』
俺は頷いて魂の軍勢を開く。
空中に現れた青い渦から伸びる無数の手がオーウェンを掴み、その深淵へと誘う。
……ガルフの時にも思ったけど、これなんか悪魔の呪いみたいだな。
『たわけ。そんな先入観でものを語るでないわ。さて、ワシの方で少し手を打ってきた。3日くらいでここに到着する故、その間なんとか頑張って誤魔化すのじゃ』
「お? 早速ありがとうございます。何が来るんです?」
『くかかか! それは到着してからのお楽しみじゃ。まぁ悪いようにはなりはせん。お主の求めておった庇護というやつじゃ』
高笑いをあげるろり神様。頼もしく思える反面、何だか無性に不安なのは気のせいだろうか……。




