第二十九話 伏兵
「ふはははは! これを食らってはただでは済むまい!」
「ヒロぉぉっ!!」
凄まじい衝撃に、一瞬だけ意識がブラックアウトしそうになる。
いや、オルクールが仕掛けてきているのはわかってたし、衝撃に備えて地面を蹴ってはいたんだけども……やはりあの衝撃を受け流すなんてものは素人ができるもんじゃねぇわ。あれはアニメの世界だよ、アニメ。
吹き飛ばされた俺の体はかなりの距離で宙を舞い、とある民家の二階へと突っ込む。咄嗟過ぎて格納庫を開く暇もなかったし、案外いきなりの攻撃に弱いもんだ。
「いつつつ、壁が脆くて助かった……って、ここは?」
俺が穴を開けてしまいボロボロに崩れた壁。なんだか急ごしらえで修繕したようなその壁に、俺は見覚えがあった。
「ここは……ガルフの家じゃないか」
『あぁ、その通りだ。どうやら、オーウェンが以前空けた穴を再度ぶち破ったらしい』
「まじか……後でちゃんと修復しなきゃだな。しかし、やべえなアイツ。胴体切られて生きてるとか、人間辞めすぎだろう」
穴から見下ろした場所では、切られた胴体と融合してピンピンした姿のオルクールが居た。ここからなら全長が見えるが、かなりの長さの体を持っている。
そして、再び解析でオルクールを見たことによって、奴の体の秘密がわかった。
「なるほどなぁ……そりゃあ切っても死なねえわけだ」
『俺に手伝えることは無いか?』
「うーん……正直、まだ魂の軍勢を十全には使いこなせねえんだよなぁ……材料も無いし。ん?」
考えあぐねていると、背後の方で何かが動く気配があった。村人は全員集められており、もう誰もいないはずなんだけど。
「そ、こに、いるのは……ヒロさん、か?」
這いずるように部屋から出てきた人物。それは、体の半分以上を草の様な物に侵食されたオーウェンであった。
「オーウェン……意識が戻ったのか!」
「あなたと……あの女の子が草から兄さんと僕を、解放して、くれたから、げほっげほっ!」
「お、おい、無理するな。どうみても無事そうには見えないぞ」
「は、ははは……これも、報いというやつ……なんだろうね、げほ」
体から生える蔦が蠢くたびに、オーウェンの体を蝕んでいるのだろう。咳き込みながらオーウェンはどす黒い血を吐き出す。
「僕が、あの化け物を力で抑え込む……その隙に、ヒロさんはあいつを無力かしてくれ」
「そんなことすれば、お前の体は持たないぞ!」
「いいんだ。どのみち長くないなら、僕は大好きな村の為に死にたい。それに……そこにいるんだろう? 兄さん」
『え、あ、あぁ……ヒロ、オーウェンは俺の事が見えてるのか?』
「いや……そんな力が無いのなら、見えないはずだが」
「ふふ、見えてはいないよ、兄さん。でも、わかるんだ。兄さんがそこに居るって……」
そう言って空中に手を伸ばすオーウェンに、ガルフは近づいていって自分の手を重ねる。
『……ヒロ。オーウェンの最期を、頼む』
「わかった。一緒に戦おう、オーウェン」
「ありがとう……そして、あの時はごめんなさい」
俺は首を横に振りながら、オーウェンの手をとって立たせてやる。
肩に手を回して体を支えつつ一緒に壁の穴まで歩いていくと、オーウェンは最期の力を振り絞るかの様に自分の力で立った。
「行くよ、ヒロさん」
「あぁ、行こう!」
俺が戻らないことを良いことに、再び広場で暴れだしていたオルクール達。なんとか戦線に復帰したチャチャル達が防戦を強いられているのが見えた。
オーウェンは両腕から蔦を伸ばし、屋根や壁に打ち付けながら、ターザンロープの様に勢いをつけて空中を渡り歩く。
俺も格納庫を展開して空中を次々とワープして、一気にオルクールへの距離を縮める。
「やはりあの程度ではやられてくれませんか! ですが、何度来ようが同じこと! この不死身の肉体をもってすれば、マレビトなど恐るるに足らず!」
「不死身なんて存在しねえよ。もうお前の手品の種は割れてんだよ! この……集合体野郎!!」
そう、オルクールの蛇の部分……いや、蛇の様に見える部分の正体。それは、無数の生物が集合し、お互いを結合させることによって一つの巨大な生物に見せているだけの物だったのだ。
「な、何故それを!?」
「そして、その弱点は集合体を操るためのコアだって事も、すっかりお見通しだ!」
まぁ、それが何処にあるかまではわからんけども。集合体のどれかが正解らしいくらいしか解析でも見つけられなかった。
「まあいいでしょう。今度こそ醜く潰してさしあげましょう」
「……やらせないよ」
「なっ! なんです、この草の蔓は!?」
背後に回り込んでいたオーウェンが、腕から伸ばした蔦の触手をオルクールの上半身や腕に巻き付けて引っ張っている。
その隙に俺は斬鉄に魔力を込めながら、オルクールの下半身を滅多斬りにしていく。いくら再生が出来るとはいえ、その能力にも限界はある。結合するパーツがどれ程の大きさかは知らないが、要はその一つ一つをバラバラにしてしまえば再生も難しくなるだろう。
「や、止めなさい! お前達! マレビトを止めるのです!!」
「はっ!!」
「やらせるかよ!」
オルクールの命令で動こうとする騎士達であったが、ピピルさんやノーム達、そして村人の抵抗が激しく、なかなか俺を止めに来ることができない。
その間にも、俺は手を休めることなくオルクールの巨大な体をスライスしていく。
「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「い、いかん! 散開せよ、我が兄弟達よ!」
その一言で、蛇の様に見える部分に一気に切れ込みが生まれ、バラバラと解れていく。すると、それらは小さな黒い蜥蜴となって、辺りに散り散りに逃げようとする。その数は千や二千では足りないくらいに大量だ。
「気持ち悪っ!」
「ふ、ふふふははは! これで我がコアがどれか判るまい! コアさえ生き延びていれば、上半身の私を殺すことも出来ませんからねぇ!」
「ほーん。でも、いいのか?」
「な、なにがですか?」
「こっちには、蜥蜴とか小さい生き物を捕まえるプロ達がいるんだぜ?」
「は?」
俺は知っている。戦う大人達の背中を見て、自分達もなんとか力になりたいとうずうずしていた、小さな《伏兵》の存在を。
「リッチ! みんな! 頼む!!」
「「「おー!」」」
物陰などに隠れていた村の子供達が一斉に姿を表し、次々に黒蜥蜴を捕まえたり踏み潰したりしていく。
ことこう言う蜥蜴や虫を捕まえることになると、村の子供に敵う者はいない。実際村に滞在した居た間に、能力ましましで挑んだにも関わらず、俺は虫取りでリッチ達に勝つことは最後まで出来なかった。
まぁ流石にあの数全部を捌けるわけではないけれど、突然の加勢に蜥蜴達も驚き戸惑い、混乱から動きが悪くなっている。
そして、俺にとってはその動きを阻害できただけで大助かりだ。
「さてと……リッチ! あそこだ……あそこの倉庫前に逃げた奴を潰してくれ!」
「わかった!」
「や、やめろ! やめろぉぉぉぉ!!」
バラバラになれば、後は解析さんの出番である。本体のコアに検索を絞りながら探せば、後はそれを潰して……。
「ジ・エンドだ」
「ああああああぁぁぁぁぁあああ!!」
「うわっ!? うるさい!」
踏み潰された黒蜥蜴から何故かおっさんの様な声の断末魔があがり、思わず耳を塞ぐリッチ。
それと同時に、走り回っていた他の蜥蜴は急に全て動かなくなり、オーウェンに止められていたオルクールの瞳からも光が消えた。
「え、ちょっと待って。これオルクール死んでない? 本体って、まじで本体なの?」
てっきり再生が出来なくなるだけかと思ったのに、どうやらコアを潰せばオルクール自身死んでしまうようだ。やってしまった……。
『どうするんだよ、ヒロ……』
「…………これ以上の戦いは無駄だ! 今すぐ騎士達は武器を捨てて投降しろ! オルクールは討ち取った!!」
『あ、誤魔化しやがったこいつ』
そんなこと言っても仕方がねえだろ。事故だよ、事故。
流石に大将がやられては戦も続けられないと、騎士達は俺が握っているオルクールだった黒蜥蜴を見て武器を投げ捨てていく。
こうして、なんとか俺たちは戦いに勝利することができたのであった。




