第二十七話 正体
幼くして親父を亡くした俺は、母親と二人で生きてきた。
その人生の多くが我慢の連続であり、気がつけば自分の欲というものを無意識に抑え込む人間になっていた。
だからだろうか。この新たな人生では、自分の好きなように生きようと思った。だけど、それでも染み付いた性分というものは中々とれるものではなく、皆に嫌われないように振る舞う事もあった。
そんな俺でも、許せない部分は存在する。
「貴様らは……俺のケモ耳を傷つけた」
「大事な、者……? それは、その少女の事を言っているのですか?」
「あぁ、そうだ。事と次第によっては、俺もこの手を血に染めなければいけない」
これ以上アンナや村の人たちを悲しませるのであれば、俺はその行為を見過ごすことは出来ない。だが、出来れば力での解決はあまりとりたくはない。俺だってそこまで狂暴な危険人物ではないのだから。
「わ、わかりました。では、一先ずその少女は解放いたします。それでよろしいか?」
「あぁ。ピピルさんもだ」
「そ、それは難しいお話です。この者は王国の裏切り者。ヒロ様のお気持ちがあろうとも、はいそうですかとはいきません」
「裏切り者? それはどういう事ですか? ピピルさん」
俺はピピルさんの方を向いて確認をしようとする。だが、そのピピルさんは目を見開いて声をあげた。
「避けろ! ヒロ! 後ろだ!!」
「馬鹿め、死ねぇ!!」
俺の後頭部めがけて振り下ろされる剣。あぁ、こいつ本当に俺の事を殺る気だったんだな。
しかし、常時【鷹の目】を起動している俺に、背後というものは存在しない。オルクールの振り下ろす剣に合わせて握っていた剣を振り抜き受け止める。
「な!? なぜ気づいた!」
「さぁな。偶然じゃないか?」
「私の剣を偶然で受け止められるはずがあるまい! 神の力か!」
ご名答ではあるけど、ばか正直に答えてやる必要もない。
「気をつけろヒロ! そいつは人間ではない!!」
「は?」
ピピルさんの忠告を受け、【解析】の権能でオルクールを見てみる。
オルクール・サ・イベリオン
哺乳網ヒト亜属ヒト科ヒト族(魔転生済み)
アウグスト王国で騎士だった者。蛇邪神の力によって魔転生をし、ヒトならざる力を得た。
黄金の瞳には人の恐怖心を増幅させる効果があり、見つめられると体が一時的に自由を奪われる。
おいおいおい、まじで人間辞めてるじゃねーか!
つうか、邪神ってなんだよいったい。そんなの聞いてないぞ!
『ワシもじゃ。ワシ以外に、この世界に神など存在してなるものか』
(ろり神様?)
『ヒロよ、奴を出来れば生け捕りにせよ。ワシが預かり知らん存在……もしかすれば、此度の魔獣についてもなにか知っておるかもしれぬ』
(なるほど。了解)
「なるほどな……蛇っぽい野郎とは思ったけど、本当に蛇の眷族なんだな」
「なに……? なぜ、貴方がその事を知っている。まさか、鑑定持ちか? いや、違うな……鑑定は阻害されているはず」
「俺の知りたいことを教えてくれたら、こっちも教えてやるけど?」
「ふふ、結構です。ここで貴方を殺せれば、私の目的は達成できますので」
「俺を殺すことが目的だったのか。それで何も知らない村人まで、アンナまで傷つけたというのか」
「獣人はついでのもちですよ。貴方が居ようが居まいが、見つければ殺す予定でしたので」
「なぜそこまで獣人を嫌う?」
「それも貴方には関係のないことです。では、ここで死んでいただきます……よっ!!」
鋭い細剣の一撃が、俺の手首に狙いをすませて振るわれる。
昔なにかの本で見たことがあるけど、刃物を振るう際には相手の胴や首を狙うのは悪手だと書いてあった。相手の体を狙うということは、それだけ相手の懐に入らなければいけなくなるからだ。
それに対して、手を狙うのはかなり有効な手段とあった。避けるという選択肢を迫りつつ、自分に隙を作らず。それでいて、もしも当たれば決定打にもなりうる。手の傷一つでも、人間は何かを持つということが難しくなり、戦闘が困難になるからだ。
このオルクールというやつは、それを実践しているというわけだ。
まぁ、残念ながら対処法はあるんだけど。
「先に謝っとく。すまん」
俺は手をオルクールに翳すと、そのまま【格納庫】の中に仕舞っていた大量のゴミを解放する。
あまり溜め込んでいたつもりはなかったのだけれど、昨日仕留めたアースドレイクの内臓とかのゴミが大量に出てしまったのだ。
「うぎゃあああああああ!?」
「「「わああああああああ!!!?」」」
押し流されていくオルクール。絶叫をあげる村の人たち。なんで村の人たちまで驚いてるんだ?
「おいっ! ヒロ!! てめえ、村を汚すんじゃねぇ!」
「あ、リッチの親父さん。でもそんなこと言ったって、仕方ないじゃないかぁ」
「どうすんだよ、このゴミ……うわっ! くっせ!!」
確かに臭いなこれ。まぁ後で片付けるから勘弁しておくれ。
「よくもここまでコケにしてくれましたね……! もう許しません!」
ゴミの山から這い出てきたオルクールがそんな事をほざく。いや、最初から殺す気だったら許すも何もないだろう。
「あ~あ~。いいお顔が台無しですなぁ、オルクールさんや。あ、でもお似合いですよ。てめぇの腐った根性とゴミの山はよぅ!!」
「……」
あんまりムカついていたので、ここぞとばかりに煽ってみたらオルクールは顔を真っ赤にしてプルプルと震えだした。
なんだろう、もしかして煽り耐性ゼロの人だったのかしら?
でも、そういえばネットのないこの世界で、身分も高い奴だったら煽られた事もなかったのかもしれない。
それは少し悪いことをしたなぁ……謝っとこう。
「ごめんってオルクールさん。そんなに君が繊細な心の持ち主だなんて知らなかったんだぁ。ごめんね、許して?」
なんとか怒りを沈めてもらおうと、俺は可愛く首を傾げて手を合わせてみる。
それが功を為したのだろうか?
俺を見つめるオルクールの瞳から怒りの色が抜け、震えも止まった。よかった、怒りが収まったのだろう。
『バカモン。あれは怒りを通り越して、虚無に落ちた表情というやつじゃ』
(え? マ? オルクールさん、怒り心頭しすぎて滅却しちゃったみたいな?)
『なんじゃ、その話し方は……さて、来そうな気配がするが……これで少しわかったわい。あやつが持つ魔力の気配。あれは、ワシの力ではない』
(つまり?)
『大変不本意な話ではあるが、ワシ以外にも神と呼ばれる者がおる。この世界にな』
(わぁーお)
日本にはそれこそ八百を越える神様が存在するわけだが、あれは謂わば風習というか、昔からの教えが発展した様なものだ。ろり神様とか俺を転生させた神様の様に、本当に存在する神様とは訳が違う。
そして、そんな神の一種がこの世界には他に存在するというわけだ。
「おのれ……穢れた神の眷族め……もう、許さぬ。その体を八つ裂きにし、魂を喰ろうてくれるわぁぁ!!」
激おこのオルクールはそういうと、なにやら腕を顔の前でクロスさせる。あれかな、ブラックなパンサーさんの国の挨拶かな?
「転・身!!」
そして腕を振り下ろすオルクール。
すると……
「おいおいおいおい……うっそだろ、お前……!」
みるみる内に大樹の様に膨れ上がったオルクールの体は、まるで蛇の如くうねりながら、怪しい光沢の鱗に包まれたのであった。




