第二十六話 処刑
※第三者視点です。
「さて、これはどういうことなのでしょうか、村長様」
オルクールはにこやかな表情のまま村長を見る。
この村に騎士団が来たときオルクール達はアンナのことを知っており、その事はその場に居合わせた村長を始め、村の運営を司る老人達は把握していた。
なので、このわざとらしい演技は、いわば村長としての答えを聞こうかという、オルクールからの遠回しの圧であった。
お前達は国を裏切るのか。それとも忠を尽くすのか。
「あ、アンナは……昔この村に紛れ込んだ獣人夫婦の、忘れ形見でして……」
「あぁ、そういう経緯は結構ですよ村長様。私がお聞きしたいのは、王国法にある《獣人排斥令》の話でございます」
《獣人排斥令》。それは、アウグスト王国に存在する王国法のなかでも、一際異彩を放つものである。
アウグスト王国に獣人を、入れない、生まない、育てない。この三つの決まりのもと、王国から獣人を一切排斥しようという法であり、現国王であるイルベスト・グリモア・アウグスト12世が十五年前に定めたものだ。
当時この法の施行によって国内では、所謂亜人と呼ばれる人々が迫害された。亜人を合法的に狩ったり、奴隷にして国外に売りさばく事さえもできたので、非常にアウグスト王国内の治安は悪くなった。
これには獣人国家を始め、周辺諸国からも非難の声が多数あがり、四年に一度行われる《大陸協定締結会議》でも議題に挙げられるほどであった。
大陸協定締結会議は国家間での争いや交易における摩擦を、トップ間で解決するための集まりであり、こういった一国家の施策に対して言及されることは無いと言っても過言ではない。それほどに、この獣人排斥令は国際的にも大きな動きなのだ。
そして、アンナの本当の両親もまた、この排斥令による獣人狩りの被害にあい、瀕死の重傷を負いながらもベラシア村にたどり着き、アンナを託したのであった。
オルクールの冷ややかな視線を受け、村長は苦悶の表情のまま口を開く。
「……私は、私たちは……あの様な獣人の娘を、知りません」
「村長!!」
アンナを裏切る言葉に、ピピルは思わず村長に駆け寄ろうとする。だがしかし、それは周りに立っていた騎士達の手によって阻まれることとなった。
「えぇ、えぇ。そうでしょうとも。まさか、ベラシア村の村長ともあろうお方が、獣人の娘を匿っているなどと、そんなことはないでしょうとも」
パンッと手を合わせながら微笑むオルクール。
話を聞いていた村人たちとしても、異の言葉を唱えたかった。しかし、アンナを庇うことはそれすなわち王国への裏切り行為であり、その責は声をあげた本人ばかりでなくその家族……いや、下手をすれば村全体にまで及ぶかもしれない。
なので、村の大人達はどうすることもできないのであった。
「さてさて。獣人排斥令の決まりでは……不法に王国に滞在した獣人は、死罪と決まっております。丁度そこにいる裏切り者もあることですし……一緒にこの場で沙汰を下してしまいましょうかね」
「い、いや、離して!」
聞こえてくる悲鳴にも似た叫び。その主は、頭頂部にある兎耳を強引に引っ張られ、引きずられるように連れてこられたアンナであった。その姿はボロボロであり、衣服もかなり引き裂かれていた。
「アンナお姉ちゃん!」
「姉ちゃんに酷い事をするんじゃねえ!」
自分達の慕う、姉の様な存在の惨い姿に、村の子供達は飛び出そうとする。だが、それは予見されていた。
子供達の親や、近くにいた大人達がすぐさま羽交い締めにして止めたのだ。
「やめろ! リッチ!!」
「なにすんだよ! 父ちゃん!!」
「やめろ、やめてくれ……俺は、お前まで失いたくねえ……」
ぎゅっと力を込めて、リッチを抱き締める父親。その瞳からは、止めどない涙が流れていた。
「くそ、ちくしょう……なんで、アンナみてえな良い子まで……くそ!!」
それは周りの大人も一緒であった。
みな、覚悟はしていた。アンナを隠し育てるということは、いつかそういう日が来るかも知れないということを。
「いいんですよ? 抵抗していただいても。ベラシア村は良いところだ。ここに移り住みたいという人もいるでしょう。多少人数が減っても、ベラシア織りの製法さえ判ればいくらでも代えはききます」
「なっ、なんだって……?」
「まぁいいでしょう。さっさとその汚らわしい獣人と時代遅れの騎士にはご退場願って、マレビトを探しに行きましょう」
「ハッ!」
オルクールの指示で、壇上の上にアンナとピピルを連れていく。
無理矢理捕まれた兎耳からは血が滲み、アンナの顔につーっと赤い線を作る。
「アンナ、本当にすまない」
「ピピルさん……いえ、ピピルさんは何も悪くありません。いままで、色々と助けてくださり、ありがとうございました」
「アンナ……」
「お別れの挨拶は済みましたか? 私はあまり物事に時間をかけたくない質でしてね。さっさと終わらせましょう」
椅子に腰かけたオルクールが片手をあげる。
その合図に従って騎士の一人が抜剣すると、他の騎士がピピルとアンナの背中を押して前屈みの体制にする。
「……最後に、一つだけ言わせてください」
「なんでしょう? 恨み言ですか?」
「いえ、違います。村のみんな!」
アンナは顔をあげると、見守るみんなに向けて笑顔を見せた。
「いままで、本当にありがとう。みんなとの思い出は、私にとっての宝物です。本当に、本当にありがとう!」
これから処刑される恐怖に震えを隠し、アンナが放ったのは村人への感謝であった。
それを受けた村人の中には、嗚咽を漏らして崩れ落ちる者もいた。自分を裏切った者へ、最後の言葉として感謝が言える。
死に際のその見事なまでの高潔さに、皆の心は震えるばかりであった。
「はぁ……いやですねぇ、まったく。反吐が出る」
「ふ、ふふふ……」
「ん? なにが可笑しいのです? ピルクリム」
「やはり、お前は騎士などではない。騎士とは、弱き者を助け、己を律し、人々の盾となる者。この少女の心の輝きを理解できんお前など、騎士ではないわ!」
「……そうですかね? まぁ、そうなんでしょうねぇ。冥土の土産に教えてあげましょう。確かに、私は騎士などという、時代遅れの精神論を振りかざす者ではありませんよ。私はね……」
オルクールはピピルの耳元に近づき、何かを囁く。
すると、ピピルは驚きに目を見開いた。
「いい表情ですねぇ。誰かを驚かせるというのは、本当におもしろい。さ、そろそろいいでしょう。殺れ」
再び椅子に戻ったオルクールが手で合図を送る。
そして、騎士が剣を振り上げた。
その時であった。
「やらせるかぁぁぁああ!!」
騎士の背後に突然現れた青年が、騎士の脇腹に飛び蹴りを放つ。
あまりにもいきなりの事にバランスを崩した騎士はそのまま振っとんで壇上から落下してしまった。
「何事か!」
「はぁ、はぁ……間に合った」
青年は息を整えながら、壇上に座らせられているアンナとピピル、そしてオルクールや騎士たちを見やる。
そして、アンナの兎耳に傷ができ、そこから血が滲んでいることに気がつくと、柔和そうな顔が一変する。
それはまるで、三面神が穏やかな表情から憤怒の表情へと変わるが如く。
「これをやったのは、お前らか?」
あまりの気迫に後退りをしそうになる騎士達。
そんな中で、オルクールだけは表情一つ変えずに答える。
「えぇ、その通りですよ。それで、貴方は何者なのです? この私に気配を悟らせないとは、ただ者ではありませんね?」
青年はオルクールの言葉に答えず、どこからともなく取り出した上着をアンナの背中に被せる。
そして、オルクールへ視線を戻して、静かに口を開く。
「俺の名前はヒロ。ただの、ヒロだ」
「ほう? では、あなたが例のマレビトですか。まさか、あなたの方から来てくださるとは」
立ち上がり、ヒロへと歩み寄るオルクール。
だが、ヒロは腰に下げていた剣を抜き構える。
「お待ちください、ヒロ様。私たちは王の命により、あなた様を迎えに……」
「黙れ。俺の大切な人たちを悲しませる奴は……」
瞬間。嵐の暴風が吹き荒れるように、
「例え王であろうと、神であろうと……許しはしない!!」
ヒロから怒気が発せられた。
次回よりヒロ視点に戻ります。




