第二十五話 発覚
※ベラシア村の様子なので、三人称視点です。
ベラシア村にオルクール達王国騎士団が来てから、三日程が経っていた。
いまだヒロの帰りが無いことに、オルクールは落胆のため息を吐きながら、ピピルことピルクリムに冷たい視線と言葉を投げ掛ける。
「さて、ピルクリムさん。貴方が提示していた期間が過ぎようとしていますが……いったいどうしたものでしょうか」
「い、いえ、あの……もうすぐ戻ってくるはずなのですが……」
滝のように流れ出る汗もそのままに、ピピルは頭を下げたまま思考を巡らせる。
(クソっ! いったいどうすればいいんだ! 領主様への伝達手段もない。村を出て探しに行くわけにもいかない。第一、ヒロの行く手なんて誰も知らない)
ヒロが狩りに出ていると場当たり的な嘘をついたが為に、ピピルは窮地に立たされていた。否、仮に素直にヒロが村のいざこざで出ていって行方不明と申し上げれば、ピピルを始め村の重役数名が体と首がさようならするだけだ。結局のところ、待っているのは死である。
「ピルクリムさん……貴方、もしかして……」
椅子から立ち上がったオルクールは、静かにピピルの側まで近寄ると、ぬっと下からピピルの顔を覗き込む。
「まさか、私に対して嘘をついていないでしょうねぇ?」
「っ!! そのようなことは決して……!」
ギョロリと動く金色の瞳がピピルを見つめる。そのあまりの異様さに、ピピルは心臓が止まる思いであった。
と、その時である。なにやら部屋の外から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょ、なにをするんだい! アタイに暴力を働くと鉄拳が火を吹くよ!」
「煩い! それよりも、さっきの話をもう一度するんだ!」
数名の騎士に連れられてきたのは、一人の若い娘であった。褐色の肌に銀色の短い髪。特徴的に南方の人間に多く見られる容姿だ。
「何事ですか、騒がしい」
「はっ、申し訳ございません。ですが、先程村に入ろうとしたこの女が、マレビトの行方に関する気になることを言っていたもので」
「マレビトに関する? それは興味深いですね。貴女、名は?」
「はっ! お貴族様ってのは、礼儀をママのお腹の中に置いてきたのかね。相手の名が知りたきゃ、先に名乗るべきじゃねえのかい?」
「おいっ! 貴様!!」
「あぁ、すみませんね。君達は下がっていいですよ。申し訳ございません、レディ。私は南方の礼儀作法を知りませんゆえ、お気を悪くされたのでしたら謝罪をさせていただきます」
優雅な振る舞いで頭を下げるオルクール。
そこいらの淑女であれば、その所作に頬のひとつでも赤くし、目を見つめることもできなくなるだろう。しかし、この女性はあっけらかんとした表情で鼻を鳴らす。
「いいから、早く名乗りな。アタイだってこんな辺鄙な村に長居はしたくないんだ。食料と水を確保したら、直ぐに出ていきたいからさ」
「それはそれは、重ねて申し訳ありません。私の名前はオルクール。アウグスト王国第三騎士団副団長、オルクール・サ・イベリオンでございます。以後お見知りおきを」
「はっ! 二度と会うこともないとは思うけどね。アタイの名前はシンシア。ただのシンシアさ」
「シンシア様ですね。では、あまりお時間をいただくのも申し訳ないので、お話を聞かせていただけませんか?」
「話ってのもそんなに大したもんじゃないさ。アタイがここから三日程東を歩いていると、えらい速さで走っていく奴がいたからさ。声をかけてみたら、そりゃあ良い男だったんだよ。黒い髪に黒い目。ありゃあ東方の最果てに住むやつらの特徴だね」
シンシアの話を聞きながら、オルクールは目を細める。その隣に立つピピルは気が気でない様子で、顔面を蒼白くしていた。
「その男性は、なんと名乗っていましたか?」
「えっと、確か……ヒロって言ってたな。なんでも、行く宛のない旅に出てるとかって。ヒロに教えてもらったのさ、ここの村の事を。良い村だーってね」
その瞬間であった。部屋の空気がまるで凍りついたかの様に冷たくなるのを、ピピルは肌で感じていた。
「そうですか……貴重なお話をありがとうございます。これはほんの気持ちですが……」
オルクールは貴重品箱から貨幣の詰まった袋を取り出すと、丁寧にシンシアに握らせる。
「この程度の話で金貨が出てくるったあ……あいつは重罪人かなんかかい?」
「いえ、そういうわけではございません。ただ、大事な大事なお客様故に、行方を探していたのです」
「ふーん……まぁいいや。アタイは貰えるものさえ貰えりゃ、それで良いからさ。じゃ、あとは頑張ってね」
手をヒラヒラと振りながら部屋を出ていくシンシア。
その背中を恨めしそうに見つめるピピルの肩に、オルクールの手が添えられる。
「さぁて、お話をお聞きしましょうかね。ピルクリム」
獲物を前にした蛇の様な笑みを浮かべるオルクールに、ピピルは蛙の様に動けずにいた。
数刻後。
ベラシア村の中央広場には、村人が全員集められていた。
「おい、何が始まるんだ?」
「さぁ? なんでも、大事な話があるってことは聞いたんだけど」
「あれ? あそこに立っているピピルさん、えらく顔色が悪くないか?」
ヒソヒソ声で話す村人達を他所に、ピピルは今にも胃の中身を吐き出しそうなくらいのストレスを抱えていた。
(すまん、ヒロ……すまん、アンナ)
ざわつく村人達の声は、壇上に立つオルクールの姿で次第に収まっていった。
見目麗しいオルクールの姿に、村の娘達は頬を朱に染めて見つめ、若い男達は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「こんにちは、皆様。先日からこの村に滞在させていただき、その居心地の良さに思わず本来の目的を忘れそうになっておりました」
困り顔でそんな事をいうオルクールに、村の老人達は思わず笑みをこぼす。
王国の貴族にそんな事を言われて嬉しくない訳がない。ただ、それが嘘だと知っているピピルは、繰り広げられる茶番に唾を吐きたくなった。
「そして、本来の目的なのですが……皆様、この村にヒロという若者が滞在していたはずなのですが、間違いありませんか?」
その言葉に一同、様々な表情を浮かべる。
あるものは去り際のヒロを思いだし。
あるものは楽しかった思い出を浮かべながら。
ただ、その一同の表情を眺め、オルクールは答え合わせが間違いないことを確信する。
「私たちが村の復興の助力に来たことは間違いないのですが、それと同時にヒロさんを国王陛下の元に連れていくという勅命も授かっていたのです。ですが……」
ちらりとピピルを見るオルクール。その視線が意味するものがわからない村人は、ただただピピルへと注目する。
「ここにいるピピルという私兵が、私たちの任務を邪魔しようとして、ヒロさんがこの村を去ったことを隠匿していたのです。この者は他国と通じており、金でヒロさんの行方を売っていたのです」
「えっ!?」
「そんな、まさか……」
「なんでピピルさんが?」
ざわめく一同に、ピピルは何の反論も見せなかった。それはピピルが嘘をついたという事実と、ここで自分が否定をしても後は言った言わないの押し付けあいになり、その二つはピピルの騎士道精神に反するものであったからだ。
そして、反論をしないピピルを見て、村人達はオルクールの言葉が真のものであると認めざるを得なかった。
「私はとても悲しい。領主の信を得て長年仕えてきた者だと思っていたピピル殿が、結局は金で動く私兵でしかなかったことに。これは重大な裏切り行為に他なりません」
それでも、ピピルは口をつぐんだ。己の誇りの為に。
「さて、もう一つ……この村には、獣人が紛れ込んでいました」
オルクールの放った言葉。
その言葉に、今度は村人が凍りつく番であった。
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