第二十三話 使命
『聞こえておるかのう? ワシじゃ』
(その声は……ろり神様?)
突然頭の中に響き渡る声。俺はふと空を見上げながら、心の中で声に問い返す。
『聞こえておるようならよい。今日は少しばかり頼みがあってのう』
(頼み、ですか?)
『うむ。お主の様子を見ておったのじゃが、先程出会ったノームの巫女がおっただろう? あやつに協力をしてやって欲しいのじゃ』
(協力ですか。それはなぜ?)
『すでに勘の良いお主なら気づいておるかもしれんが、お主らが魔獣と呼んでおるあの禍々しき生き物達。あれは世界の均衡を破る、ワシの預かり知らぬイレギュラーな存在なのじゃ』
(神様でも預かり知らないことがあるのですか?)
『神とて万能ではない。手の届く範囲であれば、どうこうできるのじゃがのう。あれはいつの間にか世界に入り込み、じわじわと内側から破壊しようとしておるのじゃ。そこでワシが取れる対策のひとつに、あの娘の様に魔獣を討てる者を創造したのだ』
(なるほど。つまり、チャチャルの言っていた精霊はろり神様の事だったんですね)
『左様。まぁその辺りは、お主が生きておった世界でも良くあることだろうて』
確かに、地球の神様というものも、国や信仰が違っていても同一視されることは良くある。この世界の神の信仰は、最終的にこのろり神様に行き着くのかもしれない。
(わかりました。ところで、ろり神様。俺の持っていた百科事典様だ行方不明になってしまったのですが……)
『それならば、ワシが少し弄った。お主の魂と同化させ、解析の能力と結合させておいたのじゃ。これでいちいち調べずとも、頭で思い描くだけで知ることができよう』
なんと、俺の頭のなかにバージョンアップされていたとは。というか、最初からそうしてくれればいいのでは?
『お主が望まんかったからじゃろう。今回はワシが頼みをするが故、サービスというやつじゃ。それともなにか? また分けて持ち運びたいのか?』
(いえ、滅相もございません。ありがとうごぜえますだ)
『まぁよい。ところで、ひとつ悪い知らせがあるが、聞くか?』
(そこまで聞いて『聞きません!』っていう奴がいたら教えてくれ)
『ふむ。では、今回の御告げを授ける。お主は今すぐベラシア村に戻るが良い。そうしなければ、恐らく今までで一番の後悔を味わう事になるだろう』
ろり神様の御告げが頭に響き渡ると共に、一気に様々な映像が流れ込んでくる。
ベラシア村の中心広場に並んで座らさせられる村人達。
それを取り囲むきらびやかな鎧を纏う兵士。
皆の前に設置された壇上に一人縄で縛られるアンナ。その姿は衣服が破れ、体のあちこちが痣だらけになっていた。
そして、前屈みに座らさせられたアンナの首筋に、銀色の光が振り下ろされる。
「うわああああぁぁああああああぁあぁぁっ!!!!」
「お、おい! どうしたヒロ! 落ち着け!」
「ああああぁぁぁああ! 離せぇ! アンナを離せぇっ!!」
「くっ! 凄い力だ! すまん、ヒロ!!」
「ぐあっ!? う、うぅ……アン、ナ……」
突然襲い来る腹への衝撃と痛み。思わず胃の中身を吐き出してしまう。
ぐるぐると回る視界と意識の中、俺の顔を掴んでディモンが覗き込んできた。
「意識は戻ったか? ヒロ」
まだ混乱の最中にある俺に、ディモンは優しく語りかけてくる。
そのかいもあってか、徐々に俺の思考は落ち着きを取り戻すことができた。
「わ、悪い、ディモン。ありがとう」
「急に黙ったかと思えば、いきなり気が狂ったかのように叫び出したから、驚いたぞ。それよりも、先程精霊様の気配を感じたのだが……まさか、お前が?」
「精霊様……あ、あぁ、ろり神様の事か。うん、まぁ色々あってね。少し話を聞くことが出来るんだ」
「そうか……お前も巫女、いや、司祭と同じ力を持っていたのか。それで、精霊様はなんと?」
「チャチャルの手伝いをしてくれって。それと、俺が少し前に滞在していた村が危ないって」
「なるほど、それであんなに取り乱していたのか。村が危ないとは、具体的にどう危ないんだ?」
「えっと、こんな紋様のある鎧を着た奴等が村に来て、俺の知り合いを殺そうとしていたんだ」
木の棒で地面に紋様を描くと、それを見たディモンは眉間にシワを寄せて難しい顔をする。
「その紋様は、恐らくアウグスト王国の直轄騎士団の物だろう」
「アウグスト王国? な、なんでアウグスト王国の領地である、ベラシア村が襲われなきゃいけないんだ!?」
「なに? うーむ……アウグスト王国は所謂亜人達を差別している。村には亜人がいなかったか?」
「……いる。御告げで見せられた娘は、獣人だ!」
「何らかの理由で見つかったのだろう。こうしてはおれん。急いでアークドレイクを捌いて、司祭に鉱石を食べさせよう」
「そ、その後はどうするんだ?」
「決まっているだろう」
そう言ってディモンはニヤリと口許をあげる。
「助けるんだよ。その獣人を」
「お、遅かったのだ! もうお腹がペコペコで限界なのだ!」
俺とディモンが戻ると、魔獣化した草を持ったチャチャルが情けない声をあげていた。
周りには仲間のノームが息を切らしながら倒れている。どうやら草の力が予想以上に強すぎたのだ。
「すまん! その代わり、たんまりと石を持ってきたぞ!」
「司祭。司祭の好物であるヴェラキア鉱が採れた。これで頑張ってくれ」
ディモンが差し出したのは、青みがかった光沢を持つ鉱石であった。
それを見たチャチャルはパッと表情を明るくし、大急ぎで鉱石を口に放り込む。
「お、おい。砕いたりしなくていいのか?」
「あぁ、大丈夫だ。我々ノームは、鉱石を噛み砕く【石切歯】というものを持つ。これで鉱石を噛み砕き、体内で吸収するのだ」
ノーム
哺乳網ヒト亜属ヒト科ノーム族
地中などにコロニーを形成して生活をする種族。主な食性は鉱石であるが、肉や植物も食べることができる。
生まれた時より石切歯が上顎の中心に二本生えており、この歯のみ生え変わりはしない。
男は生まれた時より髭が産毛の様に存在し、幼児期には生え揃う。女は髪の毛を三つ編みにして鼻の下で結んで髭のように模し、外的から遠目に男か女かの判別をさせないようにする風習がある。
かつては石切歯を目的にノーム狩りなどが行われた歴史があり、種族全体の数は激減している。
「ディモン……ノームは、迫害を受けた種族なのか?」
「迫害とは違うな。ヒトによる狩り。その獲物といったところだろう」
「それは、いつぐらいまであったんだ?」
「俺の親父が狩られて殺されるくらいには、最近までだな」
俺は思わずぎょっとディモンを見てしまった。
ディモンはこんなおっさんの様な見た目をしているが、まだ17歳。それなのに、そんなディモンの親父さんが殺されるほど最近まで行われていたという事実に、俺は驚かずにはいられなかった。
「……アウグスト王国さ。奴等は、亜人を人とは思わない。そこいらの動物と同じくらいに思っているのだろうよ」
「そんな……じゃあ、なんでディモン達は、そんなアウグスト王国で魔獣化した物の浄化をしているんだ? 放っておけば、憎いアウグスト王国はピンチになるのに」
俺の問いかけと同時に、チャチャルから淡い紫色の光が迸る。
安堵の表情を浮かべるチャチャルの様子から、どうやら草の浄化には成功したようだ。
座り込んだチャチャルへと歩きながら、ディモンが視線だけをこちらに向けて言う。
「生まれてきたこの世界を守りたいからだよ。ただ、それだけさ」
そう言い残してチャチャルに駆け寄っていく。
ディモンの言葉に、俺は何も答えることが出来なかった。
※第二十一話のディモンの口調が間違っていたので、訂正しました。




