第二十一話 地精
ベラシア村を出た俺は、行く宛もなく旅をしていた。
いまは出来れば人と関り合いになどなりたくない。そう思った俺は、わざと街道から逸れて、鬱蒼と生い茂る林をさ迷い歩いた。
「うぅ……ガル、フ……あぁぁああ!? はぁ、はぁ……また、夢か」
だが、そんな事をしていても気が晴れるわけもなく、連日連夜悪夢にうなされていた。
これで五日目。見る夢はいつもガルフが事切れるときに見せた、あの緋色の目であった。
「俺は、未来のある若者の命を奪ってしまった。その罰に相応ってこと……だろうな」
いまでも手に残る、ガルフの胸を貫いた時の感触。
その手の見つめながら、俺は深いため息を吐く。
「体が丈夫でも、心まではそうはいかないよなぁ……」
見上げた空には二つの月。姉月《紅薔薇の月《ローザ・キレイヌ》》と妹月《蒼薔薇の月《サーシャ・エレイヌ》》。双子の姉妹月が寄り添うように輝いていた。
「はんっ……月まで俺を笑ってやがる……ん?」
その時、不意に足音が聞こえてきた。
俺は直ぐ様気配遮断と鷹の目を使い、そのまま格納庫に身を隠す。緊急避難のこの戦法も、随分と板についてきた気がする。
鷹の目の良いところは、夜であっても視界がクリアに見えることだ。鳥目という言葉もあるが、それは関係なさそう。
「あれは……ヒト? いや……」
林は人の手が入っていないためか、かなりの高さまで草が生い茂っている。そんな草を掻き分けて歩く数名の集団。
しかし、頭が出ている高さからすれば、ヒトにしては小さい。
「あったか?」
「いや、無い」
「探せ。精霊様の御告げは絶対だ。我らを導く精霊様に、間違いなど無い」
徐々に見えてきたその姿に、俺は前世での記憶を頼りに答えを探す。
「あれは……確かノームって言うんだったか?」
体長20cm程の小さな体に三角帽子。男は口ひげを生やし、女は三つ編みをした髪の毛で髭を模す。男女ともに派手な格好を好む。
そして、なにより重要なのが、大地を司る種族だということ。ただ、俺が知っている知識ではノーム自体が精霊だったはずだが、たぶんその辺りはフィクションとの差なのだろう。そもそも、大きさからして違うし。
ピョコピョコと跳ねるように歩くノーム達は、どう見ても80cm程の大きさがある。まぁでもそうだろうなぁ。20cm程の体では、仕事も生活もままならんだろうし。そんな不便な進化をする生物はネズミなどのげっし目くらいだろう。
しかし、一体何を探しているのだろうか?
「司祭、此方に」
「うむ……ここで夜営をしていた者がいるな…………そこで見ている者よ、出て参れ!!」
「!?」
一際派手な三角帽子を被った司祭と呼ばれたノームは俺の方を指差しながらそう言った。よく見れば三つ編みにしたツインテールを顔の前で結び、髭に見立てているところから、たぶん女性だろう。
偶然……にしては、的確すぎる。恐らく何らかの力で俺の居場所がバレているのだろう。気配遮断も併用しているにも関わらず、見つかってしまうとは。
「隠れていてすまなかった。俺の名はヒロ。出来れば穏便に済ませて……ん?」
格納庫から姿を現した俺を見て、司祭は目を丸くする。何をそんなに驚く要素があるのだろうか?
「ほ、本当に人がいたのだ……」
「はぁ?」
「あてずっぽうで言ってみただけなのに、本当にいたのだ……」
「司祭! 口調が元に戻ってます!」
「はっ! お、おっほん! お主がここで夜営をしていた者か?」
目の前でバタバタと繰り広げられるナニかに、俺は軽く頭痛を覚える。
「たしかに、俺はここで夜営をしていたのだが……お前達はもしかしてノームかい?」
「いかにも。我々は地の大精霊グランディア様の眷族、地の民ノーム。グランディア様の御告げによって悪しき草の存在を受け、捜索に参った!」
「悪しき草…………? あっ、これのことか?」
俺は格納庫に仕舞われていたままだった、魔獣化をした例の鬼面草を取り出す。
「そ、その邪気は……まさしく呪われた悪しき草! 今すぐそれを寄越すのだ!」
「いや、寄越すのだって言われても……はい、そうですかって渡すと思うか?」
「それはヒトが手にしてはいけないものなのだ! そのまま持っていれば、お前も呪われてしまうのだ!」
「呪いって……呪われるとどうなるんだ?」
「最近悪夢をよく見ないか? その草は死してなおヒトを呪う力を持っているのだ。そのまま呪いが進めば、お前は悪夢に取り殺されて、草に意識を乗っ取られてしまうのだ」
「ま、まじか? どうすればいい」
悪夢に悩まされていた俺は、その言葉にすがりつく思いで食いついた。だってまじで寝れないし、辛いんだもん。
寝なくていいのと、寝れない辛さというのはイコールではない。仕事で眠らないのはまだいい。眠りたいのに眠れない状況は、非常に精神的に辛いのである。
「その草の呪いを大地に吸いとってもらうのだ。大地は全てを包み込むお母さんなのだ」
「ほ、ほう……ところで、お前っていくつなんだ?」
「む? チャチャルは今年で14歳なのだ。でも心配するなーなのだ。こう見えてちゃんと司祭のお仕事は出来るのだ!」
見た目からしても幼く見えるノーム族。その中でもこのチャチャルは言動からしても一際幼く見えた。
しかし、背に腹は変えられない。これで解決できるのであれば御の字だし、最悪チャチャルに押し付けよう。
「よし、頼んだぞ」
「任せるのだ! おぉ……こんなに強烈なのは久しぶりなのだ」
「ん? 前にも見たことがあるような口ぶりだな?」
「そうなのだ。チャチャルはあちこちを旅しながら、呪いを祓っているのだ。そうしないと、世界が大変なことになっちまうのだ!」
鬼面草とにらめっこを始めるチャチャル。俺は従者らしきノームに、目線で尋ねてみたがその表情は真剣そのものだった。
しかし、本当にそんな大層な事をこのちんちくりんが出来るのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、俺はチャチャルの様子を窺う。すると、チャチャルの周りに突然、紫色の靄の様なものが漂い始めた。
「ぐっぬぬぬ……こいつは色んな人の念を取り込んでしまっているのだ。この呪いを解くにはかなり時間がかかるのだ」
「俺に出来ることはなにか無いか? 元々は俺が連れてきたものだ。俺も手伝いたい」
「なら、質の良い鉄鉱石が欲しいのだ」
「鉄鉱石? どうするんだ?」
「食べるのだ! 食べて力を付けるのだ!」
「ま、まじか……わかった、探してみるよ」
「待つのだ。素人では鉄鉱石の鉱脈を探すのは無理なのだ。ディモン」
「はっ!」
ディモンと呼ばれたノームは、返事をして立ち上がる。他のノーム達に比べて少しばかり大きく、逞しい体つきをしていた。
「ディモンは鉱脈探知に長けた戦士なのだ。腕っぷしも一番強いのだ」
「はぁ……司祭、口調の稽古を後でつけますからな。ではヒロ、ついてこい」
「あ、あぁ……って、速っ!」
他のノームに比べて大きいとはいえ、身の丈は90cmほどだろうか。歩幅を考えても歩みは遅いのだろうと思い込んでいたのだが、実際は物凄いスピードで駆けていく。
「何をしているのだ! 置いていかれるのだ!」
「わかってるよ! 格納庫!!」
俺は格納庫を使った空間移動でなんとか追いついていく。
しかし、鉱石を食べるとは……消化器官はどうなっているのだろう?
そんな事を考えながら、俺はディモンに追いつき、そこからは自分の足で並走するのであった。




