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元社畜の転生賢者は、過酷な異世界に行っても休めない  作者: 赤坂しぐれ
第一章 過労死から始まる異世界転生編
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第二話 恩人


 というわけでやって参りました、マイホーム。というか実家。

 結構無茶な願いだけれど、それでも叶えてくれる神様は耳を失った青い猫型ロボットよりも素晴らしい。


「あぁ……俺、本当に死んじゃったんだな」


 実家の居間には、白装束に着替えさせられた俺が、棺の中から蒼白の顔を覗かせていた。自分の事とは言え、人の亡骸を見るのは辛いものだ。


「五徹もそうじゃが、お主はそれ以前にも無茶な働き方をしておっただろう。睡眠時間を削るのは寿命の前借りじゃと、はるか昔からお告げで人間に伝えておったのにのう」

「仕方ないですよ。だって、働きながら趣味のVTuber追いかけたり、ゲームしたり漫画見たり、イラスト描いてたら一日が30時間あっても足りない。なんで一日をこんな短い時間設定にしたんですか!?」

「お主たちの様な人種は、一日を30時間にしようが48時間にしようが一緒じゃわい。青い鳥が目印のSNSを開く時間だけが増えるだけだろうて。それに、そもそもここまで働かなくても、人間生きていけるように設計しておるのに……なんでこうなった」

「あぁ、痛い! 耳が痛い! あ、それよりもどうやって母さんに……」


 と言いかけたその時。玄関のチャイムが鳴り、俺にとってはあまり聞きたくない声が聞こえてきた。


「ごめんください」

「はい、少々お待ちください」


 どうやら母さんは二階に居たようだ。バタバタと階段を下りてきて、玄関に来客を迎えに行く。が、俺的には直ぐにでもお帰り願いたい。母さんに塩を撒いて貰おうかしら。というか、俺が撒いてやろうか。


「塩を触ると、お主が消えてしまうぞい?」

「え!? 俺、悪霊扱いなの!?」

「まぁ分類上はそうじゃろうなぁ。成仏できてない魂であるからに」


 そんなバナナ。俺をこんな状況にしたのは神様じゃないか。まぁいい、それよりもアイツだ。


「この度は、誠に残念でございます」

「わざわざありがとうございます、後藤さん。(ひろむ)が倒れた時、直ぐに救急車を呼んでくださったと聞いております」

「いえ……私がもっと早く弘の異変に気がついていれば……うぅ……!」


 わざとらしいな、本当。そもそもお前が俺の退社を邪魔しなければ、もっと早く睡眠をとれて死ななかったかもしれないのに! 

 それをなんだ、わざわざ俺の死に顔を見に来やがって! 馬鹿にしてんのか! バナナ食わせんぞオラァ!


「ん? それは違うぞい」

「そうだそうだ! それは違うんだ……って、なんて?」

「いやいや、お主が勘違いしてそうだったから、教えてやろうと思ってな。お主、五徹明けの時点で脳の血管が大分やられておっての。確か、あのゴリラの様な顔の男と仕事上の話をしていたと思うが……」

「えぇ、その通りです。あのゴリオ先輩は、自分の犯した仕事のミスを俺に擦り付けようと……」

「いやいや、違うぞい。お主はあの時点で脳が大半死んでおって、話にもなっていなかったのじゃ。ほれ」


 神様が中を手のひらでなぞると、突然映像が映し出された。それは、あの日の俺とゴリオ先輩のやり取りであった。


『おい! てめぇ! 聞いてんのか!』


 そう言って俺の肩を掴むゴリオ先輩。それに対し俺は……


「あれ? この俺、目が逝っちゃってません?」

「うむ。はたから見ても、ちゃんと話を聞いておるようには思えんのう」


『おい! てめぇ! 聞いてんのか?』


 ゴリオ先輩の表情が一変する。それは、ミスを指摘されたにもかかわらずヘラヘラと薄笑いを浮かべ、ふざけた態度をとる後輩を叱るものから、なにか緊迫した状況を察した顔であった。

 そんなゴリオ先輩に対し、俺はあからさまにヤバイ笑いを浮かべながら、何やら目の前のパソコンをいじり始める。その間にもゴリオ先輩は周りの人に緊急事態であること伝え、スマホで119番にかけ始めていた。


『おれ、このりゃいんにたじゅしゃひゃっへないへふ』


 虚ろな目でゴリオ先輩を見つめながら、パソコンを指差す俺。ろれつは回ってないどころか、素人目にも危険な状況であるように思える。


「思えるじゃなく、危険なんじゃ。ほれ、お主が開いたページを見てみるがよい」


 俺がゴリオ先輩に見せていたページ。

 それは、どこか知らない飲食店の出前の注文ページであった。


「あんなものを見ながら俺はゴリオ先輩のせいにしていたのか……?」

「脳がやられればそんなもんじゃ。まぁそれにしても、普段からあの男はお主に色々と気をかけておったみたいじゃがのう。先輩の心、後輩知らずかの?」

「うっ、そういわれると、心当たりが有りすぎて……でも、そうか。ゴリオ先輩、俺の事を心配してくれていたのか」


 俺は申し訳なさと、少しばかりの温かさを心に感じていた。

 と、玄関で話し込む先輩の後ろから、一人の男性がやって来た。その人も、俺は知っている。


「あれは……社長じゃないか。わざわざ足を運んでくださって……ありがたいなぁ」

「……お主、ちっとばかり人を見る目を養ったほうが良いのう」


 呆れた眼差しで俺を見る神様。

 むっ……なにやら社長が馬鹿にされている気がするぞ。あの素晴らしい社長を馬鹿にするなど、神様でも看過できない。


「何て事をいうんですか神様! あのお方は俺の様なゴミでクズで使えない男を、それでも最後まで面倒を見ると採用してくださった方ですぞ! この通り、本当に最期まで来てくださっているじゃないですか」

「ふぅ……お主、なんで死んだのか覚えておるか?」

「え? えっと……ゴリオ先輩──は違うな。たしか、無理な納期スケジュールをこなそうとして、五徹したのがトドメなんですっけ?」

「そうじゃ。それで、そのスケジュールを作ったのは誰じゃ?」

「うちは社長の奥さまが営業とタイムテーブルの管理をしていて、夫婦で話し合って決めているので……実質、社長ですね」

「つまりは、お主が死んだ原因を作ったのは社長夫婦だぞい」


 そんな、バナナ……い、いやいや、違う違う。社長は言っていた。『無理はしない範囲で頑張ってくれって』。俺は仕事に関しては無理な事はしていなかった! 趣味に時間をとられたから、それを補う為に少し仕事のスケジュールが過密になっただけだ! そう、自己責任だ!


「ふぅ……お主が向こうの世界でも騙されないよう忠告しておこうかのう。『無理をしない範囲』という曖昧で、いかにも強制はしていないというていで激励し、本人の良心と責任感を利用し無意識の内に限界まで無理をさせる。まぁブラック企業の常套手段じゃな」

「う、うちはブラックじゃない! ちゃんと給料も残業代もでているもん!」

「法定残業時間に引っ掛からないよう、書面上の月あたりの勤務時間の調整と時間あたりの賃金の調整をし、あたかも法定時間以内で高額な給料が発生しているように見せかけておる時点で、こんなもん真っ黒じゃわい。まぁ、人の罪は神が裁かんから、あとは知らんがのう」

「う、嘘だ……社長は、素晴らしい人なんだ……」

「完全に洗脳されておるのう……まぁそれも人の業というものか。お? 見てみるがよい」


 神様が指差した方を見てみると、丁度ゴリオ先輩が社長の肩を鷲掴みにし、恐ろしい形相で睨み付けているところであった。


「この、人でなし! お前のせいで! 弘は、死んだんだ! もう勘弁ならん……いままでの勤務実態の記録と、数々の録音記録をもって、お前を訴えるからな! 次に会うときは法廷だ!!」

「ひ、ひぃいぃ!」

「弘のお母さん、塩を!」

「はい!」


 腰が抜けたのか、四つん這いのまま必死に逃げていく社長。

 その背後から塩を振りかけるゴリオ先輩。

 俺は、まるで夢から覚めたかの様に、いままでの自分と社長のやり取りを思い出していた。


「…………思い当たる節は、あります」

「むしろ思い当たる節しかなかろうて。まぁこれも勉強じゃ。向こうでは騙されるでないぞ?」

「はい……ありがとうございます……」


 そうして夜。俺は母さんの枕元に立って、別れの挨拶をしていくことにした。手紙形式でも良いそうだが、あまり物は残さない方が良いらしい。内容については割愛する。こんな俺でも、やはりちょっとくるものがある。


 ついでのもちに、ゴリオ先輩にも感謝と謝罪の挨拶に向かい、先輩のベッド周りに大量のファンシーなぬいぐるみが置いてあるのを発見してしまった。

 なにか見てはいけないものを見てしまったと、逆に心残りを作ってしまう結果になったのは余談である。


 それはさておき。

 遂に異世界へと旅立つときがきた。


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