第十九話 後悔
「ガルフ……」
オーウェンの体を抱いていたガルフは、ゆっくりと顔をあげて俺を見つめてくる。
その瞳は緋色を越え、まるで血の涙を内包したかのように、白目の部分も真っ赤に染まっていた。
「ヒロ……オーウェンをやったのはお前か」
「……あぁ。言い訳はしない。鬼面草を奪わねば、村は全滅しただろうからな」
「オーウェンは、生まれつき体が弱かった。だから、俺が外で見聞きしたことを話してやった。少しでも、こいつが寂しくないように」
「そうか。いい兄貴をしていたんだな」
俺は傍らに立つボボに視線を送る。ボボはどうすればいいのかわからずオロオロとしていたが、なんとか俺の言わんことがわかったのか、こっそりと離れる。
「だのに、だのに! お前は俺の可愛い弟を……ヒロ?」
なにやら感傷に浸っているようだが、悪いと思いながらももはや言葉を交わす必要もあるまい。
解析をしたガルフの状態は《魔獣》。こうなってしまえば、もはやこれ以上会話を続けても平行線な上に。徐々に失くなっていく自我に苛まれながら村人に害を為すだろう。
すまんが、死んでくれ。
「何処に行きやがった! 出てこい、ヒロ! 卑怯も……あ?」
ガルフの胸から飛び出るショートソードの切っ先。傷口から伝ってくる鮮血が剣を握る俺の手を濡らす。
格納庫ジャンプでガルフの背後に回った俺は、背後からガルフの胸を貫いたのだ。
「がふっ、てめ、ぇ」
「誰かがやらなきゃいけないなら、俺がやるさ。村の人同士で殺しあいをさせるわけにはいかない」
「ぢぐじょう……おおぉぉぉぉ!!」
心臓を貫かれても、生き物というものはしばらくは生きている。なんだったら全力で殺しにくるくらいだ。
当然ガルフが反撃を仕掛けてくることは織り込みずみだ。直ぐに格納庫に身を隠し、反撃をやり過ごす。そして、再び姿を現して大鉈を首筋に打ち込む。
「ガルフ、お前の事は忘れない。お前の命を奪った業、俺が背負ってやる」
大鉈の一撃は、ヒトの首を落とすには十分すぎた。いくら生命力が高くとも、脳髄が切り離されて動ける生き物はいない。
俺は地面に転がるガルフの首を丁重に布でくるんで抱える。
「悪いがボボ、オーウェンを運んでくれないか。俺はガルフを運ぶ」
「あ、あぁ……ひ、ヒロくん」
「色々と思うところはあると思うが、いまは勘弁してくれ。村人の治療もしなきゃいけない」
「ち、ちがう!」
突然大声を出すボボに、俺は面食らってしまう。
「なにが違うんだ?」
「あ、ありがとう。ガルフくんを、止めてくれて……」
「……あぁ」
あまり関わりがない奴だったが、恐らくこのボボという男は寡黙だが愚鈍な奴ではない。
俺の思いなどを汲んでくれた言葉からもそれが見てとれた。
* * *
森の入り口は、既に簡易な拠点の様になっていた。木材で柵を作ったりして、獣が寄ってくるのを防いでいるようだ。
「戻りました」
「おぉ、ヒロ! 待っていた……ぞ」
流石のピピルさんと言ったところだろう。俺の抱えている布にくるまれた物を見て、察した様に目を伏せる。
「俺が、殺しました。既にガルフは完全に魔獣化をしていたので、これ以上猶予はなかった」
「そう、か。あいつは頭が良い奴じゃなかった。直ぐに楽しようとするし、お世辞にも働き者とも言えなかった……だが、俺はガルフを小さい時から知って、うぅ……」
俺からガルフの遺体を受けとると、ピピルさんは遺体に顔を埋めた。
確かにいけ好かない奴ではあったが、それでもこいつには家族があって、絆がある者もいたのだ。
その命を絶った。その事実が、俺の肩に重くのし掛かり、胃がギュッと掴まれた様な感覚に襲われる。
「ああぁぁぁ! オーウェン! オーウェン!!」
向こうでは廃人と化したオーウェンを抱えて嘆きの声をあげる両親の姿があった。
正直、俺はどうすればいいのか判らなかった。仕方がないとはいえ、二人の息子を殺したも同然だ。
「ガルフの親父さん、お袋さん」
「お前が、お前が!! 息子をぉお!!」
「おい! みんなで取り押さえろ!!」
ガルフの親父さんは短剣を引き抜くと、俺に向かって振り下ろそうとした。だが、それよりも早くピピルさん達が取り押さえ、それは叶わなかった。
「ボーン! お前もわかっているだろう!! ヒロがやらなかったら、俺たちが殺らざるを得なかったのを!」
「それでも、それでも息子を……ガルフを!」
激昂するガルフの親父さん。涙を流しながら向けられる言葉は、俺の心を蝕んでズタズタにするには十分だ。
「本当に、申し訳ない事をしました。俺の力が足りないがばかりに、ガルフとオーウェンを救うことが出来ませんでした。村長さん、俺は村を去ります。先程配布した物に加え、こちらの回復剤も使って貰えればなんとかなるでしょう」
「む、うむ……だが、今回の事はヒロさんが気にすることでは……」
「それでも、です。仕方ない事、といえば気は紛れそうですが、同じ村人を殺したのは事実。みんなも俺がいれば思うこともあるでしょう。ただ、今回の事は恐らくですが森の開発に関すること。その研究が進むまでは、あまり森の奥に入らない方が良い」
既に医者のヨシュアさんは、伝手を便りに王都の学者を呼びに早馬を走らせている。
魔獣化についての大方の推測は伝えているし、後は学者が研究をしてくれるだろう。加えて、オーウェンが言っていた内容を加筆した物を村長に渡しておく。
そうして俺はぐるりと辺りを見回す。
俺の事を見るみんなの視線には、戸惑いと恐怖の色が見えた。
当然だろう。必要とあれば仲間を殺すのだ。恐怖を抱かない方がどうかしている。
俺は皆に挨拶をすることもなく、村の方へと歩いていく。
色々と心残りもあるが、村は救うことが出来た。それは良かった。
だが、俺の胸に残る多くの後悔に、苛立ちを隠すことができずにいた。
「……なにが、後悔しないような選択だ。クソが」
一人愚痴をこぼしながら、俺はベラシア村をあとにするのであった。
少し短いですが、これで一章部分の終わりなので区切ります。
アンナについては次章のメインストーリーなので、もうしばらくお待ちください。
次話はベラシア村の面々の視点があってから、次章に移ります。




