第十八話 救出
帽子が脱げたアンナの頭にあった物。それは、フワフワの毛並みを持つ兎耳であった。
「アンナ、それ、は……」
「いやっ! 見ないで!!」
慌てて帽子を拾い上げて被るアンナ。
あぁ……兎耳が……
「アンナさんの秘密を知ってしまえば、なおさら生かしておけません。ヒロさん、ここで死んで貰います」
「……それは何故だ」
「この国において獣人は禁忌なのです。その程度の事も知らなかったのですか?」
なんと、そんな事があったのか。確かに、会う人会う人みんなヒト族だったような気がする。
神様の百科事典もモザン領やベラシア村の項目しか見てなかったし、もしかすれば国の風習については国自体の項目を見なければいけないのかもしれない。今後は気をつけなければ。
「何故禁忌とされる獣人がベラシア村にいるんだ? それに、アンナの両親はヒト族だろ?」
「それを知る必要はありません。とにかく、貴方には死んでいただくしかないんですよ!」
再び振るわれる触腕。アンナの事は一先ず後だ。
俺はショートソードを握り直すと、腰だめに構えて迫り来る触腕を迎え撃つ。とはいえ、俺の剣の腕前では払うのが関の山だ。ピピルさんなら、たぶんあの触腕を切り捨てることが出来たのだろうが。
「ほらほら! 段々と剣の早さが落ちてきてますよ!!」
「ぐっ!」
縦横無尽に振るわれる触腕。その猛攻に体力が徐々に削られて……る訳がないんだけどね。
俺の持つ無尽蔵にも思える体力があれば、こんな攻撃など一晩中でも受け続けられる。まぁ、そんなことすれば先に剣が折れるか、俺がミスして被弾をしてしまいそうだけど。
しかし、このままでは埒があかない。こちらから仕掛けていくしかないだろう。
「しまった!?」
俺は受け損ねた振りをして、剣を取り落とす。それを見たオーウェンは、一度触腕を引いてからニヤリと笑う。
「ふふふ、いまトドメをさしてあげます……よ!!」
そう言いながら触腕をまとめあげ、一本の太い槍の様にして俺へと突き出してくる。動物の革を数枚重ねた鎧は堅牢であるが、あれを食らえば下手をすれば貫通しかねない。
だが、一本にまとめるのは悪手だ。分散した攻撃であれば、人間の視野と脳の処理能力に限界が来る。しかし、一本になっているのであれば、避けるのも処理をするのも容易だ。
「甘いわ!!」
俺はオーウェンの攻撃を体を反らして避けつつ、格納庫から大鉈を取り出して振り下ろす。
植物の蔦をまとめあげた様なそれは、やはり一太刀では斬れそうにはなかった。生木などもそうだが、水分を含む蔦をきるのは容易ではないからだ。
だが、それでも地面に叩きつけられた衝撃で触腕はへん曲がり、釣られてオーウェンもバランスを崩す。
「おらぁ! 食らえ!」
「なっ、がぁ!」
バランスを崩したオーウェンの顔面に拳を打ち込む。いくら異形の力を得たとしても、オーウェン自身は運動不足の引きこもり。この数週間を狩りとトレーニングでひたすら鍛えた俺の敵ではない。
恐らく殴られて血を出したのなど初めてなのだろう。鼻からポタポタと落ちる血を手で受けつつ、オーウェンは呆然としていた。
「これ以上殴られたくなければ、草をこっちに寄越せ……って、なんか俺悪人みたいな台詞言ってね?」
なんか弱いもの虐めをしているような錯覚を覚えるが、そんな事を言っている場合ではない。こうしている間にも魔獣化した鬼面草の被害は止まらない。
俺は地面に座り込むオーウェンの胸元にあった鬼面草を引きちぎる。鬼面草は一瞬本当に鬼の様な形相を浮かべたが、そのまま静かになり動かなくなった。死んでしまったのか、格納庫に入るみたいなので一旦仕舞う。
「あれ? そういえば、アンナは大丈夫……アンナ!?」
鬼面草の毒は俺の体には通じない。あらゆる毒に対して自然に耐性があるからだ。だが、毒素の一番強いこの一帯にいるアンナは?
すっかりと頭からその点が抜け落ちていた俺は、慌てて倒れ伏すアンナに駆け寄る。
「アンナ! アンナ! しっかりしろ!」
「あ、あ……ヒロ、さん……」
「待ってろ! いま解毒薬を……」
「ヒロさん……私より、村のみんなを……」
「ばか野郎! 誰も、誰一人も殺させやしねえ! アンナも、村の人たちも、オーウェンも!」
俺はアンナを抱えると、オーウェンを見やる。
「オーウェン。お前のしたことを今更どうこう言うつもりはない。俺は村の人を避難させるから、お前は立てるようになったら森の入り口に行け。いいな!」
俺は目一杯の威圧をオーウェンへと向ける。
だが、オーウェンはそれが聞こえているのかいないのか、まったく返事をしようとしなかった。
その様子に引っ掛かりを覚えたが、いまは時間が惜しい。俺はアンナを抱えたまま森の入り口へと向かう。
入り口にはピピルさん達が待機をしていた。
ガルフの家に戻る際、森にこれ以上入っても意味がないのと、村に鬼面草がある可能性が高いので、村へ入らないように行っておいたのだ。
「ヒロ!」
「ピピルさん、詳しいことは後で。とりあえずアンナをお願いします。これは回復剤です。少しずつ飲ませてあげてください。毒は致死のものではありませんが、蝕まれると魔獣化の様な症状が出ます。回復剤で体力を戻してあげると大丈夫なはずです」
「そ、そうか……ヒロはどうするんだ?」
「俺は村に戻ってみんなを運んできます。なので、ここですぐに受け入れが出来る準備を。それと、万が一頭痛などの症状が出た場合はすぐにこれを飲んでください」
俺は格納庫から回復剤を取り出すと、一先ず二十本ほど置いていく。
王都に行くのに必要かと、大量に作っておいたのが功を成した。
それから俺はひたすらに村と森の入り口を往復した。行きは格納庫ジャンプを駆使しつつ、帰りは二人を背負って全力ダッシュ。体力と筋力の限界に挑戦という感じだった。
流石に最後の方になると、体が重くなってくるのを感じた。だが、止まれない。
「ふんぬらばあぁぁぁぁ!!」
気合いを入れて腰をあげる。背中に負っているのはウェンディ婆さんという、相撲取りみたいな体格のお婆さんだ。気さくで料理がうまく、独り身の俺を気遣ってよく飯を差し入れてくれていた。
「もうちょいで森まで行けるからな! しっかりしろよ、婆ちゃん!」
「あぁ、あぁ……すまないね、ヒロ……」
「なに言ってんだよ! また婆ちゃんの作るポポロ焼き食いたいからさ、元気になったら作ってくれよな!!」
そうして村に残っていた人、計67名を運び終えた俺は、流石に限界が来たのか地面にへたりこんだ。
「お疲れさまだ、ヒロ。お前のお陰で村は救われた」
「そういえば、ガルフ達は?」
「いや、見ていないが……誰かガルフを見た者はいるか?」
ピピルさんの問いかけに皆は首を横に振る。
もしかすれば、ボボと一緒に逃げたのかもしれない。鷹の目で周囲を見ても、ガルフ達らしき影もなかった。
「わかりました。一先ずここは任せます。俺は村を探してみますので」
「頼む」
村へ駆け出した俺は、オーウェンの姿もなかったことに気がつく。
もしかすればまだ村にいるのかもしれない。そう思い、先程対峙した場所に行ってみると、そこには空を見上げたまま動かないオーウェンと、その体を抱き締めるガルフの姿があった。
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