第十七話 憎悪
「そこを右に曲がって……白い屋根の家だ!」
村へと駆け込んだ俺は、そのままガルフの家へと向かう。モースもボボも足があまり速くはないので、ひとまずボボには後から追いついてもらうとして、案内役のモースの襟首を掴んで走った。
そうして到着したガルフの家。鍵がかかっていたのでドアを蹴り開けて中へと入ると、既にガルフの家族らしき人達が床に倒れているのが目に入った。
「くそっ! 遅かったか!」
掴んでいたモースを放り投げ、俺は二階にあるというガルフの部屋へと向かう。しかし、二階に上って真っ先に目に飛び込んできたのは、壁に空いた大きな穴だった。
「まさか……あれは自分で動くことが出来るのか!?」
「おーい! ヒロ! こっちに来てくれ!」
下からモースの呼ぶ声が聞こえる。駆けつけると、どうやらガルフのお袋さんが目を覚ました様子だった。
「お、オーウェンを止めておくれ……」
「オーウェン?」
「ガルフの弟の名前だ。おばさん、何があったんだ?」
「わからないわ……突然あたし達は激しい頭痛に襲われたの。そしたら、急にオーウェンが笑い声を上げはじめて、ガルフがの部屋から赤い花を持ってきたわ。それで、嫌な予感がして閉じ込めようと鍵を閉めたら、そのまま二階に行って……」
「壁をぶち抜いて逃げたのか……村がヤバイ!!」
俺は最大望遠で鷹の目を展開し、村全体を見渡す。すると、既に毒気にあてられたのか、村に残っていた人達がバタバタと倒れていく姿が目に映る。
「ちくしょうぅぅぅ!! くそったれめええ!!」
俺は再び外に飛び出すと、人が倒れていく流れの先を目指して全力疾走する。恐らく、その先には魔獣化した鬼面草を持つオーウェンの姿があるに違いない。
「くそっ! くそぉ! 悲劇を、惨劇を止められなかった!!」
ぎりりと奥歯が鳴る。折角ろり神様に教えてもらったのに、この様では笑い話にもならない。
幸いにも、オーウェンには逃げる意思がなかったのか、ゆっくりとした足取りであったので、直ぐに追い付いた。
「おい! オーウェン! その草を直ぐにこっちに寄越すんだ!」
「君は……?」
「俺の名はヒロ……って、お前会ったことなかったか」
「うん。僕、身体が弱いから、ずっと家にいたんだ。でも、そうか……君がヒロか」
オーウェンは確かに色白で線が細く、ガルフの弟とは思えない程に華奢だった。
「君の事は兄さんから聞いているよ」
「あまり良い話じゃ無さそうだけどな」
「うん、そうだね……兄さんが話す君は、世間知らずの僕でも眉を潜めるものだったよ。でも……」
「でも?」
「うん、直接あってわかった。君は、兄さんの話で聞くような非道な奴じゃないんだって。なんだろう、雰囲気なのかな?」
そう行って笑うオーウェンは、困ったような顔をしていた。
「でも……それは僕にとっては都合の悪いことかもしれない」
「何故だ? 俺が良い奴だったら、何か都合が悪いのか?」
「うん。だって、君を殺すことに躊躇いが出てしまうからね」
「俺を、殺す? なんでだ? 俺はお前に殺される覚えなんてないぞ?」
「そうだろうね。でも、兄さんが幸せになってもらうには、君は邪魔なんだ。アンナさんの事もそうだし、兄さんの仕事についてもだ」
どうやらオーウェンが俺を狙うのは、ガルフの為らしい。なんとも出来た弟というか。
だが、そんな理由で殺される訳にはこっちとしてもいかない。それに……
「まずはその草を捨てろ。今すぐにだ。見ただろう? お前のお袋さんも、あそこで倒れている村人達も、全部その草のせいなんだよ」
「? 何を言っているんだい? この騒ぎは、君が作った薬の結果なんだろう? 僕はそうこの草から聞いたよ」
「なんだって? その草は、しゃべるのか?」
「しゃべるだけじゃなく、僕に力も与えてくれたんだぁ。とっても、素晴らしい力を……ね!」
オーウェンは足にぐっと力を込める。そして地面を蹴ったかと思えば、まるで大砲の弾の様にまっすぐに俺へと突っ込んでくる。
「うおっと! あぶな……」
「まだだよ!」
「なっ!? ぐわっぁぁああ!?」
半身になってオーウェンを避ける。だが、俺の隣を通過したオーウェンは、地面を踏み砕くほどのブレーキをかけ、ほぼ直角にと言って良いほどの進路変更をして、俺の脇腹に激突する。
その際に衝撃に耐えられなかったのだろう。踏み込んだ足はグシャグシャに折れ、ぶつかった際に俺が着込んでいた革鎧の堅牢さに負け、肩が外れてしまっていた。
それでも、オーウェンはニヤリと笑う。
「僕はどうなっても良い。大好きな兄さんの為なら、この命がなくなろうとも構わない!!」
「ばっかや、ろう……ぐふぁ!」
衝撃で肋にヒビが入ったのかもしれない。息をする度にズキンズキンと脇腹が痛み、自然と呼吸が浅くなってしまう。
「君を……君を、殺せばぁ!」
「おま、その姿……!」
緋色の瞳に変化したオーウェン。その体に、鬼面草が根なのか蔓なのかわからないが、長い紐状の物を巻き付けて、無理矢理体を整えていく。外れた肩も、グシャグシャになった足もすべて。
すでに痛覚は無いのだろう。ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、オーウェンは俺に歩み寄ってくる。
「あはぁ! 力が湧いてくる……最っ高の気分だぁ!」
「やめ、ろ……オーウェン。ヒトに戻れなく、なるぞ」
「言ったでしょ? 僕は君を殺すためなら、死ぬことだって怖くない!!」
「うおぉぉお!?」
オーウェンは全身から蔓の様な触手を伸ばして、俺を掴もうと暴れまわる。
すかさず格納庫に逃げ込む俺だったが、このままでは村が全滅してしまう。何か解決の手段はないものかと道具を漁っていると、ひとつの影が近づいてきた。
「もう、止めて!!」
「アンナ!?」
「アンナさん……」
確かガルフとアンナは幼馴染みだったはず。とすれば、当然オーウェンとアンナも面識があるのだろう。
知っている顔にいまの姿を見られるのは流石に抵抗があるのか、オーウェンは一瞬だけ眉間にシワを寄せた。
「オーウェン? オーウェンなの? その声……オーウェンよね?」
「アンナさん……貴女は直ぐにこの村を出てください」
「何をいってるの……? それに、その格好は……」
鬼面草に取り込まれ始めたのか、オーウェンの腕や足は草と同化していた。
「僕は、ヒロさんを殺して自分も死にます。しかし、その間にもこの草の毒は村を襲う。だから、貴女だけでも逃げて……」
「何言ってるのよ! オーウェンも、ヒロさんも死ぬなんて嫌だよ! だから、ね? オーウェン、元に戻ってよ。優しいあなたに……」
「それは聞けません。それに、既に手遅れです。同化した今ならわかる。この草の抱いていた物……それは『人への憎悪』だった」
「人への、憎悪……?」
「僕はヒロさんさえ殺せたら、それでいいつもりでした。しかし、この鬼面草は違う。すべての人間を恨んでいる。いえ、鬼面草というのは違いますね。草が抱えている憎悪の根元は、森そのものの怒り。身勝手な人間への怒りなのです」
オーウェンの言葉に、俺の中にあった推論の残りのピースが填まっていく。
魔獣化とは、禍々しい気を集めたモノがなる現象だ。だが、気とはそもそも、人だけが持つものなのか?
否。生きとし生ける全ての者が、その内に秘めているモノなのだ。だからこそ、それぞれが共存して生きていく必要があるのだ。
ベラシアの森を開拓したことによって、追われた生き物が持つ恨みなどが集約され、この間のラビットベアや今回の鬼面草の様な魔獣化をした生き物が現れたのだろう。
そして、それは俺へ憎しみを持ってしまったオーウェンも、同じことだ。
憎しみが魔獣化した鬼面草と共鳴をし、同化に到ったのだろう。
「ぐっ……抑えが、効かなくなってきている……? いけない! アンナさん、逃げて!!」
突然暴れ始めるオーウェンの触腕。その先端がアンナへと向かう。
俺は慌ててアンナの側に現れ、そのまま引き倒した。延びてきた触腕が俺の頬をかすり、少しでけ鮮血を散らす。
「ぶ、無事かアンナ!」
「ひ、ヒロさん! ……あっ!」
倒れた拍子に、アンナの被っていた帽子が脱げて転がってしまっていた。
見られたくない傷がある。そうお袋さんから聞いていた俺は、すぐさま目を反らそうとする。が、そこにあった物を見てしまい、俺の視線は釘付けになる。
「アンナ、おまえ……」
アンナの頭頂部に生えていた物。
それは、フワフワの毛並みを持つ、兎耳であった。
全国6000万人のケモナーファンの方、お待たせしました。




