第十五話 緋色
※ヒロがメインではない回は第三者視点でお送りします。
ヒロに捨て台詞を吐き、取り巻きを連れたガルフは、ベラシアの森へと足を運んでいた。とは言え、いつも狩りをしている浅い場所ではあるが。
「ちくしょうちくしょう! なんで皆ヒロの事を庇うんだ! アイツがいなきゃ、狩りの稼ぎも、村の奴らの信頼も、アンナだって振り向いてくれたはずなのに!!」
そこいらの木や草に当たり散らすガルフ。それを見つめる取り巻きのモースとボボは、内心では呆れつつも、それを口にすればガルフからの怒りを買いかねないと、愛想笑いを浮かべる。
「面白くねぇ……ぐっ、まただ……また頭痛がしやがる」
「な、なぁ、ガルフ。この間からの頭痛って、ヒロが言ってたやつなんじゃ……」
「あぁん!? んなわけあるかよ! こんなもん、ただの風邪だ風邪! それともなにか? ヒロが言ってることが正しいって言うんかよ!」
「ち、ちがうよ……ただ、僕たちはガルフ君が心配なだけで……」
「へっ! こんな頭痛くらい、唾でもつけときゃ治るんだよ! それより、今日は森の深いところに行くぞ」
「え、えぇえ!? そんなの、僕たちには無理だよ……」
弱音を吐くボボ。彼は図体とそこからくる力の強さはなかなかの物だったが、生来の気の弱さからガルフに強引につれ回され、離れる勇気も出ずにいまに到る。
モースはガルフの親友と言っても過言ではない仲だが、それでも最近のガルフの言動には若干の呆れを感じていた。モースは、一際目立つ鷲鼻の頭を掻きながら、ボボにこっそりと話しかける。
(なぁ、ボボ。やっぱり、最近のガルフはおかしいんじゃねえかと思うんだが)
(う、うん……前以上に、短気になった気がする)
(だよな。前からあんな性格ではあったけど、もっと臆病にも似た慎重さがあった。それがどうだ。いまはあれだけ恐れていた森の奥に行こうとしている。ヒロや村の連中を見返すにしても、少し考えが足りねえ)
「おい! なにをごちゃごちゃやってんだ! 置いていくぞ!!」
「ま、待ってよ! 僕を置いてかないで!」
「…………」
ドタドタとガルフを追いかけるボボ。
モースはその様子をじっと見つめていた。
* * *
さて、ところ戻ってベラシア村。
ヒロの説明を聞き、自分の家兼仕事場である病院に帰ってきたヨシュアは、本棚に綺麗に整頓されていた数々の本を乱暴に引き出し、記憶を辿りながらページを捲っていく。
「確か……これじゃない……これでもない……どこだ、あの症例は…………あった!!」
いくつもの本を床に撒き散らしつつ、ヨシュアは目的のページが見つかったことに少しだけ息をつく。
だが、問題はここからだ。該当のページが見つかったとて、病魔を癒せるとは限らないからだ。
「『病名:魔獣症(仮称)』……突然発症した原因不明の病気。目が魔獣の様に緋色に染まり、狂暴性を伴って身体能力が大幅に上昇。結果、魔獣化した獣の様な姿になることから、この病名がつけられた。これまでの発症例……一件。しかもこの患者には、いまでは禁止薬品に指定されている《ポリプロン》を処方していた為、その副作用ではないかと判断され、これ以上の研究がされなかった、と」
ページの文字の部分を、一字一句見逃さないよう指でなぞりながら読み上げるヨシュア。
《ポリプロン》。二十年ほど前に開発された薬で、胃腸の治療の為に処方されていた。しかし、この一件以降薬の危険性を指摘され、処方及び生産、開発が中止。いまでは本に記載していることしか知ることができない薬品だ。
ただ、この薬を巡っては当時様々な憶測と論争が飛び交った。
弘が転生したこの世界は、当然ながら元の世界とは異なる人類史が存在する。なので、技術の面にしろ、倫理観や法についても一概に同じとは言えない。
自動車や機械などの発展は緩やかであるが、逆に薬や医療に関しては元の世界よりも進んでいる面もある。それは魔法の存在が大きい。
魔法と言えど万能の物ではない。だが、元の世界において飲み薬でみるみる内に傷が回復する内服薬など、恐らく未来永劫生まれないだろう。しかし、この世界には《魔素》という物質が存在し、それを利用して様々な効果を産み出しているのだ。
それが魔法である。
そして、その進んだ薬技術の下に生まれた《ポリプロン》。その効能はかなりのものであった。しかし、魔獣症と呼ばれる病気の出現によって、それは封印されることになったのだ。
そうなれば当然ではあるが、他の薬や治療法が治療に用いられる。それで得をした者がいるのだ。
利権というものだけは、元の世界であってもこの世界であっても、常に影が付きまとうものである。
「もしもヒロくんが言っていた事が本当であれば、世界は大惨事に見舞われるかもしれない! 急いで王都へいかねば……だが、いまは村をどうにかするのが先決だ!」
僅かでもいい。なにかヒントとなるものはないかと、ヨシュアは再び本棚を漁り始める。
* * *
「おい! あったか!?」
「いや、こっちには無い!」
「もっと奥を探すぞ! 早く見つけなければ、村が……いや、この国が終わる!」
ベラシア村の男衆が、森に生える草を刈り取りながら奥へと向かって歩いていく。その中には子供達の姿もあった。
既にこの場所は森の奥に差し掛かろうという場所であり、肉食獣の住み処に足を踏み入れていた。だが、皆の表情には獣の脅威への不安はない。
「さすが、ヒロのあんちゃんが作った獣避けだぜ! 俺、こんな奥までくるのはじめてだ!」
「うん! なんか、ドキドキするね!」
「おい、がきんちょ共! これは遊びでやってんじゃねーんだぞ!」
「わかってるよー。緋い花の鬼面草を探すんだろ?」
「見逃さないようがんばろうぜー!」
「「おー!!」」
子供たちは片手をあげて掛け声をあげる。
緋色の花弁を持つ鬼面草。本来であれば、そんなものは自然界に存在しない。
鬼面草の別名は『泣いた青鬼』。この世界に伝わる昔話に出てくる青鬼という人物の肌の色と、上から覗きこんだ時にオーガの形相に見える花弁の形からそう呼ばれている。
この花自体は割りと小さい花である。だが、その生態は鬼の名に相応しく、食獣植物なのだ。稀にではあるが、ヒトの子供が犠牲になるとも言われている。
獲物を採る手段は花粉に含まれる毒素であり、うっかりと毒素を吸い込むと強い眠気と倦怠感に襲われる。そのまま気絶をした場合、鬼面草は根を直ぐ様気絶した獲物へと伸ばし、強く地面に縛り付けたまま種を体に埋め込む。
そうして、発芽した苗は宿主の栄養を吸って成長し、ある程度の大きさまで育つと地面に根を下ろし、あとは他の植物同様に地面から栄養を蓄えて育つのだ。
その鬼面草が、魔獣化をしている。
自らの正体を明かしたヒロから語られたのは、そんな信じがたい言葉であった。
本日、二回目の更新




