第十四話 使徒
俺の呼び掛けに村の人たちは困惑の表情を浮かべる。それもそうだろう。いきなり村に残ると言い出したかと思えば、体調不良の者はいるかと問い始めたのだ。
「ヒロ、どういう事だ? 理由を説明……」
「てめぇ! ふざけんのもいい加減にしろよっ!!」
突然聞こえてくる怒声。その声の主は人垣を割りながら、俺に向かってずんずんと歩み寄ってくる。
「村からいなくなるとか残るとか……薬屋の真似事を始めたかと思えば、今度は医者の真似事か!」
「ガルフ……」
「俺ぁなぁ、最初っからてめぇが気にくわなかったんだ! この村には薬屋をずっとやってるヨームばあさんも、わざわざ街から移り住んできてくれたヨシュアさんもいるんだ! てめぇは我が物顔で色々やってたみてぇだがよう……迷惑なんだよ!!」
人に指をさしてはいけませんと、親から習わなかったのかこいつは。
先程から俺に指をさしながら唾を飛ばしているのは、村の若者のガルフだ。
全体的に友好関係を結べたベラシア村であるが、まぁ全員と仲良くなれるわけは当然ない。特にこのガルフはそういった内の一人で、俺をなにかと目の敵にしてくる。
理由は知っている。
ひとつ、こいつは狩人として村で働いている。俺が来たことで稼ぎが減ってしまった……というのは、本人の談。ガルフはそこまで腕がいい狩人とは言えず、俺が村に来る前から仕事場は森の浅い部分だった。なので、俺が稼いだところであまり競合はしない。
ふたつ、多分こっちの方が主な理由なのではないか。彼はアンナとは幼馴染みらしく、簡潔に言ってしまえば惚れているのだ。気持ちはすごくわかる。俺がガルフなら同じ気持ちを抱いただろう。
トールキンさんはあんなことを言っていたけど、アンナは容姿だけでなく内面も素直で可愛らしく、それでいて時々見せるドジな部分など男心をくすぐるポイントもある。本当、なんでアンナは獣人ではないのだろうか……神よ!
「ガルフ、お前は勘違いをしている」
「はぁ? なに言ってんだよピピルさん。こいつが薬屋の真似事なんかするから、ヨームばあさんは暇になっちまってたんだろうが。この間も、暇そうに店のカウンターで座っているのを見たぜ」
「だから、それはお前の勘違いだ。ヨームさんはもう大分お歳を召されている。引退をお考えになるくらいにな。最近では回復剤の調合に使う川の水を汲んでくるのも一苦労だった。だが、ヒロはそんなヨームさんの手伝いをずっとしていたんだ。それこそ、準備から販売までな」
「なっ!? 嘘だ! だってこいつ、昼間は森でずっと狩りをしていたじゃねえか!」
「ほんとだよぉ。朝早くから来てくれてねぇ。ヒロは若いのになかなか理解がはやいし、丁寧だからねぇ。いい薬師になるよぉ、ほっほっほっ」
あー……そういえば、ガルフは俺の後ろをコソコソとついてきてた時があったか。目的がわからなかったし、鷹の目でガルフに危険が無いかだけはチェックしていたけど。
ちなみに、ヨームさんの手伝いは俺から申し出た。薬の調合のいろはを知りたくて、教えて貰う代わりに準備の手伝いもしたのだ。だって、腰の曲がったお婆さんが、10kgもある水の瓶を何往復もするのを、ただ見てる訳にもいかないだろう。
ついでに、薬の作り方を教わりながら実際調合をし、ヨームさんが許可を出してくれたものを販売しに行っていたのだ。勿論、売り上げはヨームさんに全額渡した。
「い、医者はどうなんだ! ヨシュアさん!」
ガルフに話を振られた村医者のヨシュアさんは、目を瞑ったまま考え込んでいた。いつ見ても口ひげがカッコいいダンディなおじさんだ。
「ヒロくん」
「はい」
「よかったら、話を聞かせてくれないか。実は、私の方でも近々調べなければいけないと思っていたことがあるんだ」
「ヨ、ヨシュアさんまで……畜生! ちくしょうちくしょうっ! どいつもこいつもヒロ、ヒロと!! もういい、いくぞ!!」
激昂したガルフは、取り巻きの二人を連れて何処かに行ってしまった。いや、せめて俺の質問に答えてからいけよ。こっちは大事な局面なんだぞ。
とは思ったが、いまは時間もない。まずはヨシュアさんや村長さんに説明をせねば。
「ここ最近で謎の慢性頭痛や吐き気を感じている人は、素直に申し出てください。それと、これは決して感染病の話ではないので、必要以上に騒がないでください」
「感染病ではない? それはどういうことだい? 実は、私の方でも最近頭痛と吐き気を訴える患者さんが増えていてね。近々、村長さんに村人全員の健康診断の許可をと思っていたんだ」
「病気、と言えば病気です。体に不調をきたしますからね。ただ、原因は別の物が原因です」
「別のもの?」
皆が訝しげに首を傾げる中、俺は覚悟を決める。
この話をするにあたって、大前提として俺の話を聞いて貰わなければいけないからだ。
「まず、俺の事を話します。俺の名はヒロ……なのは皆知っていると思いますが、本当の名前は弘と言います。そして……俺はこの世界とは違う世界からやって来ました」
俺の言葉に、皆は更なる困惑の表情を浮かべる。だが、いまは時間が惜しい。俺は畳み掛けるように言葉を続ける。
「俺は元の世界で命を落とし、この世界の神であるエンダー様に導かれ、この世界に新たな生を授かりました。そして、俺はエンダー様の使いとして、御告を授かったのです」
最初はみな小声で口々に話していたが、エンダー様の名前が出たあたりからざわめきが大きくなった。収拾がつかなくなりそうな中、村長が手をあげて皆に声をかける。
「静粛に、静粛に! ヒロさん。ヒロさんは私たちにとって、掛け替えの無い大切な友人だと思っております。しかし、突然その様な事を言われましても、にわかに信じがたい。勿論、ヒロさんの事は信じたい気持ちも強くあるのも間違いありません。それは村人全員が同じ気持ちでございます」
村長の言葉に頷く村人達。その顔には戸惑いはあれど、決して俺の事をからかう視線はなかった。
「わかりました。では……エンダー様より授かった異能の一つをお見せします。ピピルさん、俺の背後から好きなタイミングで石を投げてください」
「いや、そんな事をすれば怪我をするだけだろう? そんなの嫌だぞ」
「はは、格好つけて矢を放ってくださいと言いたいところですが、普通に避けられない可能性が高いですから。石なら大丈夫かなって」
「……わかった。だが、怪我をしても恨むなよ?」
皆が固唾を飲んで見守るなか、ピピルさんが俺の背後に回り、足元に落ちていた石を拾い上げる。
俺はその様子を鷹の目で見ながら、タイミングをはずさないよう集中する。
「ヒロ。好きなタイミングで……」
『いいんだな?』と言う前に石を俺に投げつけるピピルさん。あれ? もしかして本気で当てようとしてない? そのタイミングおかしくない?
けれど、そうでなくては意味がない。俺の後頭部に迫る石礫……と言うにはちょっと大きすぎませんかね!?
結構な速さで飛んできた礫が俺に当たろうとした、その瞬間。
(格納庫)
俺は小声で格納庫を開き、そのまま中へと入る。突然姿が消え、俺がいた場所を虚しく飛んでいく石礫。それが地面に転がったタイミングで、俺は再び姿を現れた。
「い、いま……ヒロが消えたぞ……」
「ピピルさん、いまのは?」
「……ありえん。空間を物が移動する魔法自体は確かに存在する。だが、次元魔法は大規模な術式や方陣を伴い、詠唱も魔法の中でもとてつもなく長い。それだけの用意をしたところで、出来るのは果物程度の大きさを少し遠くの場所に送る程度だ。ヒロの様に一瞬とは言え、人ひとりが次元を跨ぐ事は通常不可能なはず!」
ピピルさんの説明に、一同は驚きと感嘆の声をあげる。
大まかにはピピルさんの説明で正解である。ただ、少しだけ異なる点は、【収納】の魔法が存在することだ。どうやら何らかの理由で失伝してしまっているようだが、【収納】の魔法は次元魔法の一種である。つまり、考えようによっては、次元魔法に大規模な準備は必要ないのだ。ついでに言えば、【格納庫】は魔法ではない。
まぁ、それはいま伝えることではないので、置いておくとしよう。
「さて、俺が異世界から来たエンダー様の使徒とお分かりいただけたところで……病魔の原因の説明をさせていただきます」
色々あって昨日は二回更新できませんでした……すまねぇ




