第十三話 御告
『お主も、存外ひどい男よのう』
気がつけば俺のすぐ隣には、ろり神様が立っていた。
『なんじゃ、変なものでも見るような視線を向けよってからに』
「いや、だってそうでしょ? ベッドに倒れ込んだと思ったら、いつのまにかろり神様がいるし、何故か第一声が非難だし」
『そりゃあそうじゃろう。アレはないぞ、アレは』
ため息をつくろり神様。ろり神様の言う『アレ』とは……まぁ、アンナのことだろう。
「だって仕方ないじゃないですか。情けや成り行きでアンナを妻になんて出来ませんよ」
『お主達の世界の文字で、愛情とは『愛』の『情け』と書くじゃろう。愛や情けなんてもんは、一緒に暮らしておればその内自ずと生まれるもんじゃと思うがのう。まぁいい。今日はお主に大事な用件がある』
「大事な、用件?」
ろり神様はコホンっと小さく咳払いをして、仰々しく口を開いた。
『お主に御告げを与える。お主はこのまま村を出れば、必ずや後悔をするであろう。ただし、もしも村に残ったとしても、同じ位の後悔が待っておる。重大な岐路、よくよく考えて行動せよ』
村を去れば後悔し、村に残っても後悔する。それは……
「詰んでるじゃねーか!」
『まぁ、そうじゃなあ』
「いや、もっとこう、あるでしょ!? その後悔に合わないような導きとかさぁ!」
『そんなもんはないわ、戯け。運命はいつも己の手のひらにしか存在せん。神ですら同じだ』
「ちくしょう! ド正論で言い返せねえ! でも、ほら……こうやって言いに来てくれたってことは、なんとかする方法とかあるんでしょう? ね? ねぇ?」
『あれば……良かったんじゃがのう……』
「嘘だと言ってよバー○ィ!」
なんだこのろり神様。俺に迷う選択肢だけ持ってきやがったのか!?
ちくしょう……もしも後悔をするとして、それを知らなかったらそんなものは無かった事に出来るのに……
『ふむ……ちと意地悪が過ぎたかのう? よろしい。では特別に、どちらか片方だけ何が起きるのか教えてしんぜよう。ただし、片方だけじゃ。まぁ、聞いたからと言って逆の選択肢を選んでも良いし、それはお主の自由じゃ』
「ほ、ほんとうか!? 嘘じゃないんだな? 聞いた内容と違ったら、ハリセンボン飲ますぞ!?」
『お主、本当に神を敬う気あるのか? それと、勘違いするでないぞ? 内容を聞いたとて、お主が解決できるとは限らん。むしろ、しらなんだら良かったと思うかもしれん。それでも聞きたいなら、まぁよい。で、どちらを聞きたい?』
突如突きつけられる、究極の選択。いや、別に人生においての岐路なんて腐るほどあるし、究極ってことはないだろうけど……それでも、ここで選択肢を間違える訳にはいかない。
「あ、ちょっと待って。内容を聞く前に……その選択肢で『俺以外』の誰かが傷つく可能性はあるか?」
『あるのう。片方は、お主が自分の事でめちゃくちゃ後悔し、もう一つは自分以外の事でめちゃくちゃ後悔する』
その言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
誰かを犠牲にしなければいけない選択肢を、選ぶ必要が無さそうだからだ。
「ろり神様。俺以外の人が傷つく方の内容を教えてくれ」
翌朝。
「な、何故ですヒロさん! 急に王都には行けないって……」
「本当に申し訳ありません、トールキンさん。俺は村に残ります」
「だから、その理由をお聞かせください! 正直に申します。私はヒロさんの能力すべてを評価しております。それこそ、いくらお金を積んでもいい程に。待遇は最良の物に致しますので、どうかお考え直しを!」
真剣な眼差しで俺を見つめるトールキンさん。その熱意の籠りに籠った視線に、思わず頷きたくなる。商人がここまで人を評価し、外聞も交渉もせずに頭を下げる意味がわからない訳ではない。
だが、こればかりは譲って上げることは出来ない。人の命には代えられないからだ。
「俺の事をそこまで買ってくれていることは、とても嬉しく思います。本当であれば、トールキンさんと一緒に王都へいきたい。しかし……」
「もしや……アンナさんですか? それこそ、ヒロさん……王都へ行けば、あれくらいの綺麗所は沢山います。なんなら、私がいいお店を案内をして差し上げましょう」
トールキンさんは皆に聞こえないよう、小声で俺に伝えてくる。見送りの為にみんな集まっており、その中にはアンナの姿もあったからだ。
「いえ、アンナは関係ありません……なんと言ったらいいのか……」
俺はどう説明をしたらいいのかわからず、口ごもってしまった。まさか、神様からのお告げがあったから行けませんと言うわけにもいかない。もし俺がトールキンさんの立場であれば、気でも狂ったのかと逆に王都にある病院に連れていくかもしれない。
そうして、沈黙の時間がしばらく続き、遂にトールキンさんの方が折れた。
「わかりました……本当はわかりたくないんですけれどね。もう……これがどこぞのただの旅人や冒険者であれば、『王都に商いを構える商人との繋がりを捨てる愚行』と侮蔑するところですがね。ヒロさんの場合は、むしろ私の方から繋がりを捨てたくないですから。仕方がありません」
「本当に、申し訳ないです」
「いえ……きっとヒロさんの事ですから、何か理由がおありなのでしょう。そう考えないと、やってられません」
トールキンさんは帽子を脱いで、ガシガシと乱暴に頭をかきむしる。
「ですが、ヒロさん。もしもヒロさんがよければ、このままトールキン商会に席を置いておいて欲しいのですがいかがでしょう? 対価は……聡いヒロさんであれば、お分かりいただけるはずですが」
「むしろいいんですか? トールキンさんの思惑通りにいかない場合もありますよ?」
「そうなった時は、私の見る目がなかったと諦めます。それよりも、ヒロさんとの繋がりが最優先ですから」
トールキンさんの提案は、かなり俺にとって大きいものになる。
何故なら、王都で商いを構え、かつベラシア織を扱うトールキン商会は、それだけでも十分にネームバリューがある。そんな商会の名前を、今後は俺も一員として使うことができるということなのだ。
はっきり言って、ただの旅人である俺と、トールキン商会の一員である俺では、社会的な信用は雲泥の差である。
「わかりました。では、俺もトールキン商会の一員として何もしない訳にはいきません。これを」
俺は王都への旅路でトールキンさんへ渡そうと思っていた物を取り出す。
「なんですか? この粉薬は」
「これは改良を加えた獣避けの薬です。昨日やっと一歩前進しました。効果は従来通りですが、時間が長く持つようになったのと、水に溶けない成分を配合しているので、雨にも多少の効果があります。在庫は少ないですが、王都で試験的に販売してみてください」
「なんと! 雨の時でも使える獣避けなのですか!?」
この世界にはいくつかの獣避けの薬が存在するが、そのほとんどが水溶性であり、雨の日などには使えないことが多かった。
ひとまず獣避けだけの効果で見れば、俺が作った物も多少は見られる品質であるし、そこに一歩改良を加えるとしたらこの点だろうと、俺はずっと改良を続けてきたのだ。
森に生えるエコロ草を主に、ラビットベアの胆汁などを配合し、最後にオシロイタンポポという、子供たちが遊んでいた草の種を配合し、乾燥させたものだ。
これは、子供たちがオシロイで遊んでいた時に偶々雨が降ってきて、その際にオシロイの部分が水を弾いていたことからヒントを得た。
「この粉末を振りかければ獣が近寄って来ないはずです。ただ、あくまでも多少水を弾いてくれる程度ですので、水に浸けたりすれば落ちてしまいます。気をつけてください」
「このような貴重なものを……感謝致します。道中は盗賊などよりも、鳥や獣の方が驚異ですからね。では、私からもこちらを」
トールキンさんが手渡してきたのは、トールキン商会のシンボルが描かれた紋章入りのバッジであった。
「これには複製、偽造防止の魔法がかかっておりますが、くれぐれも失くさないようお願い致しますね」
村を去っていくトールキン商会の面々。最後まで名残惜しく手を振るトールキンさんを眺めていると、ピピルさんとリッチの親父さんが近づいてきた。
「よかったのか? トールキンについていけば、王都の華やかな生活が待っているというのに」
「んー……まぁそれも惜しいといえば惜しいのですが、それよりも大事なことがありまして……」
「お!? アンナを嫁にする決心がついたか!?」
「リッチの親父さん……それには触れないでもろて。っと、ちょうど皆集まってますね。すみません! 少しだけお話を聞いていただきたい!」
集まっていた全員に聞こえるよう、俺は声を張り上げる。もしも、いまから尋ねることが村人も知らない事であれば、この後に起こるであろう……いや、ろり神様の言葉を借りれば『必ず起こる惨劇』を防ぐことが出来ないからだ。
「この中で、一週間ほど頭痛と吐き気がある方はおりませんか!」
ベラシア村を救うミッションが、今始まる。
昨日は所用で更新が滞りました。本日は二話投稿します。




