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プロローグ2 旅立ちの日

ちょっと長いです! 

次回からは半分程度の文字量で進みます

 淡い月光が窓に降り注いでいた。


 この季節、夜更の空気は澄み切っていて、遠くの星まで見渡せる。あの6等星の下には何があるんだろう。




 この目で確かめればいい。


 


 7年もの間、この孤児院から空を眺めていた。別に不自由があった訳ではない。神父とシスターには感謝しても仕切れない。


 しかし俺には夢がある。


 


 『勇者』になることだ。







 今から200年近く前、世界を絶望と恐怖に陥れた最悪最凶の魔法師が存在した。


 名はザイオン・ミスト。


 ミストはあらゆる魔法の知識に富み、その技量は人智を超えていた。彼から放たれる魔法は天災にも匹敵し、時には異形の化物を創造させ世界中をどん底に突き落とした。


 暗い世界では強さこそが光。次第にミストはそのカリスマ性で仲間を集め、新たな国家を築き上げようと目論みる。


 ミストに対抗するため、連合軍は全世界から選りすぐりの魔法師をかき集め、騎士団を結成した。人種という垣根を超え、血の絆で結ばれた騎士達はミストに果敢に立ち向かった。


 しかし、ミストは圧倒的だった。彼は名だたる賢人達を退け騎士団を一夜で全滅させた。その後ミストは全世界に独立国家を認めさせようと1週間の猶予を与え、そしてそのまま行方を(くら)ました。


 


 3日後、


 ミストは死体となって発見された。名も知れない小さな集落の片隅で、無残に切り刻まれていた。


 倒れたミストの横にはカードが置かれていた。そこに書かれていた文章を知らない人間は今やこの世に存在しないだろう。




 『悪者を倒すのが勇者の役目』




 連合諸国は散々この『勇者』を探したが、ついには彼、もしくは彼女は現れなかった。


 『勇者』は今では形を変え、国に多大な貢献をした者に送られる最高位の栄典となって人々に希望をもたらしている――。







 裏口の扉を開けるとひんやりした風が肌を滑った。


 そのまま逡巡する。


 神父は結局、『エリス魔法科学校』へ行くことを許してはくれなかった。気持ちは分からなくもない。俺の能力じゃ落ちこぼれは確実だからだ。




 エリス魔法科学校はこの国1番の名門と言ってもいい。12歳から入校を許され、そのまま6年制のカリキュラムが待ち受けている。設備や教育環境、敷地面積の広さは随一で、更に入学の条件は実技試験を「受けること」。つまり成績は一切関係ない。誰でも入ることができる。


 試験を受けた後はその結果によって上からA、B、Cの三つのクラスに振り分けられる。エリスでは、このクラスを一目で見分けるために制服の襟の部分に一本カラーを入れることになっている。


 Aなら赤、Bなら白、Cなら黒。


 校内ではこの色にちなんで『ワイン』、『スノウ』、『ブラック』と呼ばれる。そしてこの色が生徒内で差別や軋轢を産むきっかけとなる。


 ワインであれば上級生からでも手厚い待遇を受けられることになるし、ブラックであれば上級生になっても粗雑な扱いを強いられる。


 その現状を知らぬままブラックに編入された1年生は半年のうちに7割はドロップアウトしてしまう。絶対的な実力社会なのだ。


 


 俺はブラックに編入される。だから神父様は入学を引き止めた。




 しかし、それに何の問題があるのか。


 


 当然、一年次にブラックだからと言って、その後スノウやワインに上がれない訳ではない。事実、研鑽を重ねてブラックからワインに逆転した者も稀にだが存在する。俺の魔法は威力も精度も笑われるほど低レベルだ。だが使える魔法の幅は誰にも負けていない。努力でカバーすれば良い話だ。


 そして俺にはなにより『剣』の腕がある。今の魔法全盛期の流れで剣は全く役に立たないと揶揄する者も多い。しかしエリスでは剣術の授業も頻繁に行われる。実技試験が剣術のみだったら間違いなくワインに入れただろう。


 それに思うのだ。ミストは全身を切り刻まれて殺された。つまり、魔法ではなく――。




 「フェイト」


 「……! ポーラ!? どうしてここに」


 いざ裏門へ駆け出そうとした矢先、草むらの影にポーラが立っていた。


 見るとパンパンに詰め込まれたナップザックを背負っている。


 まさか!


 「……、ポーラも来るって言うんじゃないよね?」


 「うん。フェイトについて行く」


 「無茶だ! 俺なんかに言われたくはないだろうけどポーラの実力じゃエリスではやっていけない! それはポーラ自身が1番わかってるだろ?」


 「行くったら行く」


 参った……。これじゃ堂々巡りだ。




 ポーラ。俺と全く同じ時期にこの孤児院へ連れてこられた。


 それから7年間、彼女がそばに居なかった事は一度もない。どこに行くにしてもポーラは後ろからついてきた。その事から幼なじみというより妹に近い。


 肝心の魔法の腕前……はダメダメだ。氷属性の魔法しか使えない上に小石くらいの大きさの(つぶて)を2、3粒出せるだけ。一度見せてもらった防衛術も悲しいものだった。俺の氷属性の魔法もその程度だが、それしか使えないということは致命的な問題である。剣もからきしダメ。そもそも握ったことすらないはずだ。


 「でも何で? エリスに行きたいなんて一言も言わなかったろ?」


 「言ったら止められるってわかってたから」


 「学校の実情は神父様が教えてくれただろ? 痛い目を見るだけだよ」


 「フェイトが行くなら私も行く。フェイトのそばに居たい」


 「…………、はぁ、わかったよ。ほら、手」


 「うん!」


 いつものように小さい手が握り返してきた。


 12歳にしては幼い言動なのだろうか? とは言っても彼女の芯の強さはフェイトも十分理解していた。こいつはこうなったら止められない。




 月明かりが門出を祝福してるように思えた。この時間に外を出たのは初めてだったが、恐怖など微塵も感じない。新たな一歩への興奮が胸一杯に広がっていた。


 裏門には内開きの鍵が掛かっていた。


 「ポーラ、そのバック重いだろ。持ってあげるから鍵を開けてくれ」


 「わかった」


 ナップザックを受け取る。一体、何が入ったらこんな重くなるんだ?


 ポーラが門に手をかけた。重厚な門が低い唸りを上げてゆっくりと開く。


 「じゃ、行くか!」


 「うん!」  


 そう意気込んで門を出た瞬間、何かに突撃されたような凄まじい衝撃を感じた。


 目に映る世界が逆転する。弾き飛ばされたと気づいたのはポーラの叫び声が耳に届いてからだった。


 「っ!! ポーラ! 外にでちゃダメだ!」


 呆然とした眼差しをこちらに向けるポーラへ必死に呼びかける。


 なんだ!? 一体何が起きたんだ!?


 ポーラが駆け寄ってきた。良かった、俺と同じ目には遭っていないようだ。


 見えない攻撃から守るようにポーラを匿う。まずは敵を見つけないと。


 「『グラスアイ』」


 やらないよりマシだ。ほんの僅かでも視力を上げて足掻いてやる。


 ……? よく目を凝らすと門の外に薄い幕が貼ってあった。稲妻のような青い閃光が走っている。


 「防衛術の一種だよ、フェイト、ポーラ」


 振り返るとそこにいたのは神父だった。







 「……、あの学校には行くべきではない。フェイトには特に言い聞かせたつもりだったがね」


 「神父様!? 何で!?」


 「何故と言われたら簡単だよ。エリスの入学試験は明日、いやもう今日か。念のため数日前から君たちが抜け出さないよう、裏門に悪戯を仕掛けておいたんだ。さあ、早くお戻りなさい」


 くそ、やはり一筋縄では行かないか。


 あのバリアを突破するには何の魔法が有効なんだ? 魔法には対抗魔法が必ず存在する。俺ならきっと使えるはずなんだ。


 「対抗魔法は危険度4(フォース)以上の爆裂魔法を打つだけだよ。氷属性と共に発動できるなら1(ファースト)でもやり方次第では突破できるはずだ」


 神父がこちらの心を見透かしたように呟く。4(フォース)を打つだけ? どれだけ上手くいったとしても2(セカンド)が限界なのに。


 「わかっただろうフェイト。あの程度、蜘蛛の糸を払い除けるくらいに対処出来ないとエリスではやっていけない。私は君たちを大事に思っている。辛い思いはさせたくない」


 「それでも俺は行きたいんです神父様! エリスで魔法を磨きたいんです! 馬鹿にされることは分かっています。でも別に構わない! 俺には夢があるから!」


 「騎士団にでも所属したいのかい?」


 「いえ、俺は」




 


 「勇者になりたいんです」





 一陣の風が両者の間を通り抜けた。

 

 『勇者になりたい』


 馬鹿げた戯言だと笑われるか怒られるか、そう構えていたが神父はこちらをじっと見つめるばかりだった。


 「……なるほど。ではポーラ、君は? 何故ここにいる。君はエリスに行く気は無いと言っていたじゃないか」


 「勇者は1人で旅に出ることはありません。仲間がいます」


 「はっきり言おう。君では力不足だ」


 「わたしにだって出来ることはあります!」


 「バックすら1人で持てないじゃないか」


 ポーラが神父を睨みつける。彼女がここまで躍起になるのは珍しいことだった。


 神父が手を叩いた。


 「よし、ではこうしよう。今回はこれで手打ちにして、来年また考えよう。お互い3(サード)以上の魔法を身に付けるんだ。そうしたら入学を認める」


 「いいえ、神父様」




 「今から行きます」




 バリアの破壊には4(フォース)の爆裂魔法の他に氷属性を加えた別の突破法が存在すると言う。


 ポーラと手を合わせれば……。


 「……仕方ないね。私を恨みなさい。2、3日で身体の痛みは引く。しかし心の傷はそうはいかない」


 「何を言っているんです?」


 「『αフレイム=ナーガ』」


 神父がそう唱えた途端、澄んだ春の空気に熱が宿り始めた。


 次第に神父の周りに熱気が集まって行く。吸い寄せられるような空気の渦が空間をねじ曲げる。酷く歪んだ陽炎が形を帯びてきた。


 陽炎は血のような炎を体現化し、灼熱の大蛇に変化した。


 「神父様! 一体何を!」


 「具現化に炎を融合させた初歩的な魔法だ。エリスなら2年次に習うはずだよ」


 そう言うことを聞いてるんじゃない!


 「この程度で引けているようでは、やはりエリスは君たちには早かったみたいだ」


 ……そうだ。


 エリスに入学したらこんなこときっと日常の出来事なのだろう。


 怖気付いている場合じゃない!


 「『近眼の診断』!」


 まずは敵を詳細を把握しなければ! なになに……


 名称:フレイム=ナーガα型

 特徴:強い


 「っ! ポーラ! 身を守れ! 相手が炎なら氷は対抗として悪くないはずだ!」


 「やってみる! 『スノウベール』!」


 ポーラの前に霧のような霜が下りる。しかしそれは水鉄砲ですら貫通してしまうような脆弱なバリアだった。


 大蛇の口が大きく開いた。岩のような巨大な火球が轟音と共に形成されていく。


 空間を抉り取るかのような速度で火球はポーラへ放たれた。


 「ポーラ!!」


 咄嗟にポーラを突き飛ばす。同時に可能な限りの最大の防壁を作り出す。


 「『コットンバリア』!」


 綿で出来た貧弱な障壁はいとも簡単に崩された。そのまま後方へ大きく吹き飛ばされる。


 「くそ! 『クールダウン』!」


 火傷の痛みを和らげるための足掻きは案外効果を発揮した。焦げたはずの衣服がするすると元の形を取り戻していく。


 その様子を神父が訝しげに見ていた。


 「……?」


 「フェイト!」


 「大丈夫だ! ポーラは隠れていろ!」


 「それじゃダメ! フェイトは私が守る!」


 無茶だ! と叫ぶ声は大蛇の業火に掻き消された。


 ポーラの目に涙が浮かんでいた。想像を超える恐怖がポーラを襲っていた。


 「『スノウベール』!」


 「やめろ! それじゃあいつは防げない!」


 ポーラの前にまたもや霧が現れる。しかし先程とは違う、強固で分厚い氷の塊が現れた。


 「フェイトは私が……!」


 氷のカーテンは離れたフェイトの所までオーロラのように広がった。


 美しい光景だった。本の世界でしか見たことがない、見事なまでの防衛術。


 


 一体何が起きているんだ! ポーラがあんな魔法を使えるはずがない!


 


 大蛇がまた大きく口を開けた。今度は蒼の豪炎が2人に降り注ぐ。


 初撃を防いだものの、氷壁はじわりと削られていく。


 「フェイト! 今のうちに逃げて!」


 「ポーラ……? これは一体……」


 「わからない! でも今しかチャンスはない!」




 ――オレを召喚しろ




 「え?」


 ポーラの快進撃に戸惑っているのも束の間、脳内で声が響いた。




 ――早くしろ




 「誰だ!? 召喚って何のことだよ!」




 ――リヴだ ただそう言えばいい




 ダメだ、頭が混乱している。


 眼前に繰り広げられる激戦に加え、正体不明の囁き声。何もかもが異常だった。


 戸惑っていると鋭い音がフェイトの耳を貫いた。。ポーラの氷壁が突破されたのだ。


 「フェイト! 逃げて!」


 ポーラが叫んだ。熱線が目の前まで近づいていた。




 ……ああ、わかったよ。




 だからそんな泣きそうな顔するな。




 「召喚! 『リヴ』!」


 告げられたまま唱える。


 召喚魔法など使ったことはない。ただ、ナニモノかが現れる確信がフェイトにはあった。


 フェイトの魔法を気にもせず、大蛇の無慈悲な炎の渦はフェイトを包みこもうとしていた。


 その刹那、爆音が鳴り響いた。


 見上げると上空に大穴が空いていた。そこから魂を揺さぶるような唸りをあげ、瑠璃色の龍が飛び出した。


 「馬鹿な、召喚獣だと! フェイト! いつからこの術を!?」


 神父の疑問は龍の叫びに打ち消される。


 月すら塗りつぶす巨龍がフェイトの前に君臨した。


 


 ――何を求める




 驚きのあまり声を失うフェイト。この巨龍に比べると大蛇が赤子のように思えた。




 ――急げ この姿は須臾(しゅゆ)しか持たぬ


 


 ポーラを振り返る。彼女は力尽きたかのように古木にもたれかかっていた。


 ……ありがとう、ポーラ。頑張ってくれて。


 


 今度は俺の番だ。




 「リヴ! あの大蛇を倒してこい!」


 命ずると大儀そうに龍は尻尾を振り上げた。次にはその体躯から繰り出されるとは思えない俊敏な速さで炎の蛇をなぎ倒した。


 


 あっけない勝利だった。







 地平の向こうから橙色が滲み出ている。朝日を迎え入れるかの様に、通りに咲いたマリーゴールドが嬉しそうに揺れた。


 「おっとっと、危ない。ポーラが軽くて良かったよ」


 背中からずり落ちそうなポーラを咄嗟に支える。もうすぐ町が見える。抜ければエリス魔法科学校はすぐそこだ。


 「随分な逆転劇だったな」


 「それを言うならお前は随分な変わり様だよ」


 髪の毛にしがみつく小さな龍が語りかけてきた。




 神父の蛇を倒した後、すぐにリヴは手のひらサイズにまで小さくなってしまった。自由に姿を変えられるのかと聞いてみてもリヴもよくわかっていないらしい。火事場の馬鹿力というものなのかもしれない。


 神父は戦いの後、2人がエリスに行くことを許可した。ただその顔は何か得体の知らぬモノを見る様だった。


 無理もない。俺自身何が起きたのかさっぱりわかっていないのだ。


 ポーラの防衛魔法についても、あれから気を失ったきりなので何も聞けていない。ただ目が覚めた後でもまともな話は期待できないだろう。


 「なぁ、リヴ」


 「なんだ」


 「俺、『勇者』になれるかな」


 「知るか」


 フェイトは笑った。


 そうだよな。まだ会って数時間も経ってないのに。


 「ただ」


 「うん?」


 「オマエは1人ではない」


 「……ああ!」






 こうして2人と1匹の奇妙な冒険が始まった。


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