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恋愛記録ファイル(学生時代編)

隣の席に恋

作者: 涼

私が中学校に入学して間もない頃の話である。7歳~12歳までの6年間という小学生時代はものすごく長い時間に感じた。中学は3年間という短い期間でありながら濃い期間であると思える。思春期への突入も含めて心と身体の成長ともに大人への階段への登りはじめる最初の時期なのかもしれない。


私の通っていた中学校では2つの小学校で卒業した生徒が1つの中学校へ集まるので新しい友達が出来たりする。私のクラスはその二つの小学校の生徒がまるで真っ二つに割れたかのように小学校が同じだった生徒と別の小学校の生徒がいた。私の隣の席に座っていた安里陽子は私とは別の小学校から来た生徒であった。安里陽子は身長が低く、特に可愛らしいという感じでもない普通の女の子であった。そして私はこの安里陽子と休み時間になってはよく話をするようになっていった。


安里陽子と話をするキッカケになったのが、私が間違えて持ってきた妹のゲンジというアイドルの下敷きであった。当時、ゲンジといえば当時は大ブームになっていて、踊りを真似する人も多かった。私の妹はゲンジの熱狂的ファンであったのだが、なぜか私のノートに下敷きが挟んであったのだ。陽子は「ゲンジの下敷きだ」と私に声をかけてきた。私は恥ずかし気に妹のものを間違えて持ってきてしまったことを説明すると、どうやら陽子もゲンジのファンだったらしい。


「その下敷きいいな」

「どういうわけかノートに挟まってたんだよ」

「本当は自分の下敷きじゃないの?」


陽子は冗談っぽく笑みを浮かべながらそう言った。


「こんな下敷き持ってるの恥ずかしいよ。俺はアイドルなんか興味ないから」

「でも男の子だってゲンジに憧れてる人いるんだよ」

「俺はビートルズが好きなんだよ。マジでこんなのに興味ない」

「だったら、この下敷き欲しい」


陽子とまた冗談っぽく言った。


このゲンジの話こそが陽子との最初の会話であった。どういうわけか、これがきっかけで休み時間によく2人で話をするようになった。


家に帰宅して間違えて持っていった下敷きを妹に返そうとした時、私は妹に陽子の話をした。すると妹は「その下敷きはもういらないから隣の席の人にあげてもいい」と言ったのだ。妹はゲンジの下敷きをたくさん持っていたらしく、この下敷きにはもう興味がなくなっていたらしい。そして「隣の席の女の子と仲良くなるきっかけを作ったから感謝してほしい」と妹に言われた。たしかにその通りだけど、仲良くなったといえるのだろうか。そして次の日、その下敷きを学校に持っていった。


次の日、私は陽子に話しかけた。


「俺の妹がこの下敷きを捨てるつもりらしいから、これあげるよ」

「え?本当にいいの?ありがとう。遠慮せずもらうね」


その後、隣の席であったこともあり、ゲンジの話だけではなく、お互いのプライベートのことや小学校での出来事なども陽子と話をするようになった。あまりにも仲良く話をしている姿は周囲に見えていたようで、次第にクラス内で「あの二人はできている」と噂が広まっていたようだ。私も陽子もそんな噂を知らず休み時間には必ずといっていいほど話をし続けていた。陽子に恋愛感情という意識はなかったが、私は毎日学校に行くのが楽しくなっていた。何かわからない感情だけど、陽子と会話があっての楽しさだったと思う。浅井陽子は小柄で黒髪のセミロング、少し細い目で、外見的には理想のタイプでなかった。しかし、これも一つの恋心であると気づいたのはこれから数年後のことである。


ある日の放課後、私は掃除当番で残ることになった。その日の掃除当番に榎波京子という女の子がいた。榎波京子とは小学校と中学校で同じクラスになったのだ。私は小学生の頃からときどき榎波京子と話をすることがあった。ある日、榎波京子に話しかけられた。


「あなた、陽子のこと好きなんでしょ?」

「そんなことないよ。どうして?

「いつも二人で楽しそうに話しているじゃない?あやしいよ」

「陽子と話してると楽しいけど、好きとかじゃないよ」

「へえ、でもクラス内でも二人はできてるって噂になっているよ。この際、正直に言いなよ!」


その時、私は噂のことについて初めて知ることになった。しかし、私にはよくわからない感情はあるものの、陽子に恋愛を意識しているわけではない。すると榎波京子は陽子の悪口を言ってきた。


「いっとくけど陽子は性格が悪いよ。一部で女子の間で嫌われてるからね」


榎波京子は陽子がぶりっ子であること、先生や人前でいい顔をしているのが気に入らなかったようだ。とても私には陽子がそんな風に見えなかったが、この話を聞いてショックを受けたのは今でもよく覚えている。


榎波京子の話は信じられなかったが陽子が仮面をかぶって私と話をしているのではないかという疑いを持ち始めた。まさか陽子本人にそんなことを聞くこともできないし、確かめるわけにもいかない。それからというもの、私は陽子といつものように話をしていたが、榎波京子の話がどうしても頭から離れずに自分の中で一歩引いた違和感のある話し方になってしまっていた。そんな表情に気づいたのか、陽子は次第に私との会話をすぐに打ち切るような感じになった。人の噂も七十五日というが、ちょうど中学校に入学して二ヶ月が過ぎた6月に席替えになり、私は陽子と離れた席になってしまった。こうして二人で会話することが無くなってしまった。


それから夏休みに入る少し前のこと。帰宅中に、一人で帰っていた私は偶然、陽子が一人で前を歩いているが見えた。実は陽子の家は私の帰り道の途中にあったのだが、今まで一度も偶然に帰りが同じになることはなかった。私は何かを話したいという衝動にかられて、陽子のもとへ走っていった。特に何を話したいと言うわけでもないのだが、席替え後、話をしていなかったのが淋しく思っていたのかもしれない。


「あら、どうしたの?」

「いや、席替えしてから全然話してないなあって思ってね」

「あなた、なんとなくワタシと会話するときの態度変わったから嫌われちゃったのかなって思ってた」

「嫌ったりしてないよ」

「それになんか噂になってたみたいだしね」

「俺も噂のことが気になって、ちょっと話をするのをためらってたんだけどね。でも嫌ってなんてないから!」

「それならよかった!そうそう、もらった下敷き、今でも使ってるよ」


少し話をしていると榎波京子の話になった。陽子は私がときどき榎波京子と話しているのを知っていたらしい。ここで陽子と榎波京子の関係が明らかになる。実は入学して少しした時、陽子は榎波京子に数学のノートを見せてほしいとお願いされたようだ。ところが陽子は自分の字が汚いと思っていたこと、ノートには他の事も書いてあったので断ったようだ。そのことで、ちょっとした口論となって陽子と榎波京子は話さなくなったという。私はこれで二人の関係について謎が解けた感じがした。


陽子は真面目でどちらかと言えば優等生タイプであり、ちょっと細かいことでも気にするようなタイプである。それに対して榎波京子は逆で細かいことは気にせず、何でもハッキリと言うキツイ感じの性格でわいわい騒いだりするタイプである。この二人の性格が合わないことは言うまでもない。私はどちらかと言えばその中間点みたいなタイプだった。あの放課後に榎波京子が私に言った陽子の性格とは、あくまで彼女から見た視点であって、私自身の視点からみた性格とは全く異なっていた。どちらが正しいというわけではないが、やはり他人の言葉より、自分の目で確かめることが一番大切なんだと改めて思った。それ以来、陽子と話をすることは無くなり2年生になったが、陽子とは別のクラスとなった。3年生になり再び陽子と同じクラスになって話してみたが、陽子は1年生の時と変わらない気がした。


今考えると1年生のあの頃、私はおそらく陽子に恋心を抱いていたのだろう。しかし、当時の私にとってそれが恋心だとは思わなかった。いつも一目惚れのようなものが恋心だと思っていたからだ。ただ、陽子と話していて楽しかったし、毎日学校に行くのが楽しくなっていたのは事実である。恋心とは色んな形があって人それぞれで、それがこれだという決まりはないのであろう。それが自然で自分らしい恋愛感情であると思える。そしてこれが外見やトキメキからの恋愛ではなく、相手との会話から恋心を抱いていくという人生初めての経験だったと思う。

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