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其の19「わたしはしりたい」

ご無沙汰しております。

投稿させて頂きますm(_ _)m

 アイこと彩谷 藍華(さいたに あいか)は彩谷家現当主 商一郎(しょういちろう)の長女として生を受ける。


 七つ歳の離れた兄、翔平(しょうへい)がおり、二人兄妹の妹。

 母は藍華が二歳の折に病で倒れ既に他界、現在は父と兄の三人の家族構成である。


 藍華の家はミズホ国の首都、オエドタウンの中でも五本の指に入る大商家「彩谷商会」であり、食料品から生活雑貨まで手広く扱う大店(おおだな)として人々に知られる存在だった。多くの支店を出し、オエドタウンは勿論、ナゴヤタウン、アカシタウン、エゾタウンとミズホ国内にも店を置く大企業。


 生まれたときから用意されていたこの環境に、藍華が物心ついたときに得ていた感情は、

 自分は選ばれた立場の人間だという「優越感」でも、人々の上に立つ存在として下々の者を導かなくてはならないという「使命感」でもなく......


「孤独」だった。


 父は跡取りとなる兄にばかり構い、自分にはほとんど時間は割いてくれはしない。かといって父は決して兄を溺愛しているワケではなく、自らの跡取りとしての技術を叩き込むべく、厳しく接しており、その姿を見れば兄に抱くのは「自分ばかり父に構って貰ってズルい」という「嫉妬」ではなく、「何故長男というだけであそこまで厳しくされなければならない」という「かわいそう」という同情心、そして「自分でなくて良かった」という安堵感だった。


 父は(じぶん)には無関心。交わす会話は最低限のものだけ。

「調子はどうだ。」「大丈夫か。」「最近はどうだ。」というとりあえず聞いてみたという定型文。

 あれこれと多くを告げても、あるいは「へいきです」と一言だけでも、返ってくる答えは変わらない。


 ただ一言、「そうか。」のみ。


 父は自分には無関心。


 それが藍華の中にある、父 商一郎が娘に抱く評価だと思っている。


 自分はいてもいなくても父にとっては変わらない存在。

 あるいは自分が男だったら、兄の補佐として鍛えられたのだろうか。

 または兄に何かあったときのための予備として、商業のいろはを叩き込まれていたのだろうか。


 父の一番の関心ごとは「商売」。

 物事を決める基準は、”自分に得があるか、損をするか”、の二択。

 兄 翔平は得があるから育てる。妹である私は得ではないから育てない。


 ただ育てるコトが損をするワケではないから放置。つまり無関心を決め込む。

 これが”損をする”という結果だと判断されてないから放置されているだけ。


 私の存在は、父にとっては損でも得でもない”ただそこにあるだけ”の存在。


 ”......いるコトが自分にとって損だと、彼に判断されれば?”

 そう考えた夜は怖くて眠れなかった。


 父の機嫌を損ね、彼にとって損な存在だと判断されるコトだけは避けたかった。

 どんなに強がっても自分はまだまだ子供。

 独りで生きて行けるほどの生活力は身に着けていない。

 見捨てられ、放り出されても生きて行ける自信は全くない。

 父の前では大人しい態度を貫いていた。


 それは恐らく兄も同じなのだろうと見てとれた。

 七つ歳の離れた兄。父に跡取りとしてしごかれる兄。

 兄もまた、父の価値観に怯え、父に見捨てられるコトを恐れ、

 それに従う存在なのだろうと思う。


 そんな兄だが...






 ...果たして、兄は妹である自分をどう思っているのだろうか。







 自分が兄を”父に厳しくしごかれる可哀そうな存在”だと評価するように、

 兄もまた自分を”父に構って貰えない可哀そうな存在”だと評価しているのだろうか。


 兄は自分をどう評価しているのだろうか。

 彼の中で妹 藍華はどういう存在なのだろうか......




ーーーーーーーーーーーー




「わたしもあにが、どういうそんざいなのかをしらない...。」

 悟った表情で口を開くアイ。香里の言葉で気づかされた。


「わたしはずっと、あにはわたしのコトをどうおもっているのか、なんてかんがえたコトなんてなかった。

 あにはちちうえのこうけいしゃ。あととりとしてすべてをたたきこまれているひと。


 ちちはわたしを”ただのそえもの”、”そこにいるだけのそんざい”としかみていないから、

 あにもとうぜん、わたしのコトをそうみているんだとおもいこんでいた。


 ...きめつけていた。」


 香里は黙ってアイの語りを聞くに徹していた。

 たかが五歳ほどの子どもが語るコト、と侮ったりせずに、真剣に聞き届けようと、

 アイの顔を見ながら黙って耳を傾けていた。


「わたしたちきょうだいもかおりとおなじだ。

 いっしょにくらしているのに、たがいのコトをなにもしらない。


 きっとアイツはこうだろう、とか、こういうかんがえなんだ、とか、

 かってにイメージをきめつけて、しったようなきになっていた。」


 地面を見ながら、ゆっくりと語るアイ。

 香里の語りで気付かされたのは、自分は実の兄のコトを何も知らなかったという事実。


「それはあにもおなじだとおもう。

 あには、わたしがふだん、なにをかんがえ、なにがすきで、なにがいやなのかとか、

 そういったわたしにとっての、あたりまえのコトをしらないとおもう。」


 そこまで口にして、アイは香里の顔を見た。



「なぜなら、わたしがそうだから。」



 香里が伺ったアイの表情は、困ったような笑みを浮かべていた。

 


「あにはきっと、”いもうと(アイツ)はこういうヤツだろう”、”いもうと(アイツ)はいるだけでなんにもやくにたたない”、”いてもいなくてもかわらない”とわたしにたいしておもってる、


 と、いままでわたしはおもいこんでいた。

 ぜったいそうだとわたしはきめつけて、しんじこんでいた。


 だが、それはあってるかどうかなんてわからないよな。



 


 だって、これまで、はなしてたしかめたコトがないんだから。」


 知った気になっていたコトは、全て思い込みだった。


 兄はいもうと(自身)に関心がない。

 その証拠に、一つ屋根の下に暮らしていようと、兄が自分に話し掛けてくるというコトがなかった。

 だからこのときまで、兄は父と同様に、藍華という妹の存在はいないものとして扱っている、

 と思っていた。アイは思い込んでいた。


 だが、そんなコトは証拠にはなりえない。





 何故なら、自分も同じだったのだから。


 知ろうとして来なかった。確かめようとして来なかった。

 自分から兄に話し掛けようという発想を持ったコトがなかったのだ。



 血の繋がりは水より濃い、という言葉はあるが、

 それはイコール「口に出さなくても相手は解ってくれている」というコトにはならない。

「家族だから、言わなくても解ってくれている」というのは危険な思い込みであり、幻想だ。


 血の繋がりがある家族であろうとも、話し、聞き、知らなければ、解り合えはしない。

 相手が何を想い、何を感じ、どう考え、何に喜びを感じ、何に怒りを感じるのか、


 それは知ろうという気持ちを抱かなければ理解出来ない。

 それは家族というカテゴリの中にあっても決して例外ではないのだ。

 知りたいという気持ちを芽生えさせなければ始められない。


 相手に”関心を持っている”、と、

 知りたい、と伝えなければ、そのために動き出さなければ、何も知りえるコトなど叶わないのだ。





「かおりはすごいな。」

「え...」



 唐突に褒められ、香里は戸惑った。


「ふつう、ひとは、おもいこみや、きめつけをしてしまういきものだ。

 わずかにみみにしたコト、ちょっとしたいんしょう、あるいはまわりからのひょうばん。


 そういったよういんで、ひととなりをきめつけてしまう。


 けど、かおりはちがう。」


 香里は「兄を知りたい」と言った。

 兄が「どういう人間なのかを知らない」し、「現在(いま)をどう生きているのかを知りたい」と。

 

 端から軽く聞いただけでも、香里の兄というのは良い印象を抱かない。

 けれど香里は、それを信じ込まず、「自分で確かめる」と決めている。


 先崎松吉という人物について解っていないから、どういう人物か知ろうとしている。

 決してこういう男だろうと決めつけずに、自らの目で確かめようとしている。



「じぶんじしんでみきわめようとがんばっている。だからスゴイ。」



 

 自身が凄いとは欠片も思っていない香里は、困ったように笑い、頬をかく。


「私は自分で自分を凄いなんて全く思いませんけど...」


「ホントにスゴイヤツは、じぶんがいかにスゴイコトをやってるかなんてかんがえないものだ。」


「あ、ありがとうございます。」


 よく分かっていない香里は、自信なさげに礼を口にしながら頭を下げる。


「(おもしろいヤツだ。)」


 アイはそう思うと、それが面白くなり、思わずフフッと微笑んだ。



「わたしもおまえをみならいたくなった。 かおり、わたしもうごくよ。」



 いい笑顔で香里にそう告げたアイは、笑みを浮かべながら視線を空に向ける。







「わたしはしりたい。

 あにが、どういうにんげんなのかを。 あにが、わたしをどうおもっているのかを。」







続きます。m(_ _)m

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