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其の18「私は知りたい」

香里が語ります。

「かおりはなんでオエドタウンにきたんだ?」


 何ともなしに歩いていた香里とアイだったが、気づくと人気(ひとけ)が薄れた辺りまで歩いていたため、腰を下ろすコトにした。


 適当な岩に腰を下ろし、話を始める。


 口火を切ったのはアイ。

 香里が田舎からきたのは聞いていたが、観光目的ではなく、この町に住み着くつもりなのだとこれまでの世間話から察したアイは、何故この町を選んだのかを聞いてみたかった。


「兄を捜しているんです。」


 穏やかな笑みを浮かべながら香里はアイに答える。



「あに……かおりにもあにがいるのか。」


「ええ。兄がこのオエドタウンにいるハズなので、それを追ってこの町に……」



 兄がいる……それを追って田舎を出てきたという香里の動機に、アイは思わず尋ねる。


「……なかはいいのか?」


 兄妹仲はいいのか、という問い。


 アイ自身、何故そんな問いをしたのか解らなかった。ただ自然と口から出た言葉だった。



 一方の香里は、まさか五歳の幼い少女からよもやそんな問いが来るとは予想だにしていなかったため、面食らっていた。


 どう返せばいいのだろう、と一瞬悩んだ香里だったが、変に取り繕ったり、曖昧な回答を返すのは止め、素直に答えるコトに決めた。






 「……分かりません。」


 それが香里の素直な回答だった。





「……兄は私がまだ幼いときに父と喧嘩して家を飛び出してしまったんです。

 もう九年か十年になりますか。


 ”オエドタウンで一旗上げて見返してやる”って飛び出してしまって……」


「そんなむかしにか。もうオエドタウンにいないんじゃないのか?」


「手紙を貰ってたんです。父には内緒で。

 飛び出してからちょくちょくと。

 ”オエドタウンで生活している”と。」


「さいきんまでか?」


「いえ……ここ二年ほど手紙は貰ってません。」


 香里の兄は、飛び出した当初は三ヶ月に一回ほどのペースで手紙を香里に送っていたが、元々筆無精だったコトもあってか、次第に送るペースが開いていき、半年に一回、年に一回となり、やがて手紙は途絶えてしまって現在に到っていた。


「……まちをはなれたか、あるいは……」 


 ”野垂れ死にでもしたか”と喉元まで出掛かったアイだったが、寸でのところでその言葉を飲み込む。


 香里もその可能性を考えてないワケではないだろう。諦めないために、心を折らないためにその可能性(それ)を見ないだけなのだ、と察した。




 香里の表情がそう物語っていたのだ。


 ”行方を掴むまでは諦めない”と。




「……なかがいいのかわるいのかわからない、というのは?」


 アイは空気を読んで話題を変える、というか戻すコトにした。


 喧嘩別れした父親に内緒で、香里にだけ手紙を送るというコトは、兄妹仲は悪くないのではないのだろうか、とアイは思ったのだ。


 が、コトはそう単純ではないようだ。



「…………手紙は貰っていましたが、いつも内容は短かったんです。”コレコレこういう仕事に就いた”、”こういう実績を持った”、或いは”仕事で上手くいった”といった内容で……


 いつも一方的な中身な上に仕事の自慢話、あとは上手くいってるから心配するな、というものでした。」


 苦笑して答える香里。


「……決まって手紙に書いてあったのは、


 ”親父を見返してやる”、”バカにした周りの人たちを見返してやる”、”成功したら香里(おまえ)もこっちに呼んでやる”といった言葉でしたね。


 父はどうしてる? 香里(おまえ)はどうしてる?

 村は? 周りは? 友達たちはどうしてる?

 ……そういった心配の類いの言葉は一度としてありませんでした。」


 あったのは”成功して周りを見返してやる”という感情のみ。手紙は香里を気遣って送っていたのか、或いは自身の成功を報告するコトで自らの優越感を満たす道具として使っていたのか。


「……でも”かおりをよんでやる”ってかいて(いって)たんだろ?」


「ええ。それはよく書いて(言って)ましたね。」


「だったらすくなくともあにはかおりをきにしてたんだろう。

 てがみをかおりにおくりつづけてたのもかおりをきづかってたからだ。

 なかはわるくないんじゃないのか。」


 端から聞いているとこの”兄”という男、ロクな男じゃない印象を受ける。

 よく聞く典型的な”田舎者が上京して一旗上げてやる”という根拠のない夢見がちなサクセスストーリーを思い描いて打ちのめされるダメ男の印象を受ける。


 …………これが赤の他人の話ならばアイも毒を吐いて終わるだけなのだが、現実は知り合いの兄の話なのだ、いたたまれない。


 流石の毒舌少女もフォローに入るのだった。



「……どうなんでしょうね。」



 果たして兄は本当はどういうつもりで香里に手紙を送っていたのか、その真意は兄本人にしか分からない。


 香里には真意は推し量れず、ただただ想像するしかないのである。




 

 そう。



「私は兄を知りたいです。」



 これが結論だった。






「仲がいいのか、或いは悪いのか……

 それを語れるほど私たち兄妹は互いを知らないんです。」


 家族だから無条件に仲がいい、というコトにはならない。何も口にしなくても解りあえる、考えが通じ合う、というのは幻想だ。


 家族というカテゴリーにあっても、人間は話し、接し、触れ合わなければ互いの考えを知り合えない。


 例え血の繋がりがあったとしても、ときにはぶつかりあい、ときに分かり合うといったプロセスをこなしていかなければ理解しあえない。




「別れた当時、私はまだ子供でした。

 兄の性格とか、言動とか、私の覚えている兄の姿はおぼろ気で……

 父や他の人から聞いた兄の印象しか知りません。


 どんな物が好きで、何が嫌いで、

 どんな声をしていて、どんな表情をしていて……


 そんな兄の簡単なコトすら私は知らないんです。」


 香里は兄、”先崎松吉”という人物がどういう人物なのかを知らない。


 おぼろ気に覚えている記憶はある。

 一緒に遊んだ記憶や、共に畑や田んぼ仕事に勤しんだ記憶。あるいは共に食卓で食事を囲んだ記憶。


 しかし約十年という月日はそれを色褪せさせる。


 手紙は受け取っていた。この文字の羅列から窺い知れるコトは微々たる物。あとは想像するコトしか出来ない。


 兄はこのオエドタウンの空の下。

 何処で何をして、そして今現在、一体何を考え生きているのか。


 そしてこうも思う。 


「兄も同じです。

 兄の中の私は六歳か七歳の、幼い姿のままで止まっているでしょう。


 私がどういうものが好きで、どういうコトが嫌いで、どういう性格の人間か、


 兄は妹の現在を知りません。」


 自分達兄妹は家族なのに、互いを知らない。

 同じ”先崎”の名を持ち、同じ血を受け継いだ者なのに、互いを知らない。


 だからこそ――――



「私は兄を知りたいんです。

 そして兄に、私を知って貰いたいんです。


 私のコトを、

 亡くなった父の想いを、

 この約十年の、私たちのコトを……」



 だからこそ、香里は田舎を出て、右も左も分からないオエドタウンを訪れた。


 彼を知るために、彼の知らないコトを伝えるために。




 かつて皐月に尋ねられた「田舎に残るコトも出来たのではないか」という質問も的外れではなかった。


 父に借金があって、家も土地も失ったのは事実だが、自分を気にかけてくれる知り合いや友人も多くいたため、残るコトは可能ではあった。



 だが香里は離れる決断をした。


 

 それは今際(いまわ)(きわ)、父が自分に残した言葉、そして兄に向けて残した最期の言葉を伝えたかったからだ。




「伝えなくちゃいけないんです。

 知ってもらわなくてはダメなんです。


 兄に、兄の知らないコトを。

 私のコトを、父の想いを。


 …………私が見届けた、私を含めた家族の想いを。」



 香里は立ち上がり、空を見上げる。

 或いはその瞳は、この空の下の何処かにいるであろう、兄を見ているのだろうか。



「……もし兄妹仲を尋ねられたなら。きっと現在(いま)先崎兄妹(わたしたち)は、良い悪い以前の段階なんだと思います。」


 ここまで口にして、香里は眼を閉じる。

 何処にいるのか分からない想像上の兄から、隣で座る幼き少女へ馳せた心を引き戻す。


「だから分からなくて当然なんだと思います。なのでアイさん……」



 香里はアイを、アイの眼を見て告げた。



「なのでアイさん。いつか私が兄を見つけたそのときは、私にもう一度今の質問をして頂けますか?」



 ―――先崎兄妹(香里は兄と)は、仲がいいのか、と。



 







 香里がそう告げると、アイは息を呑んだ。

 そしてこう口にする。



 それは、香里の提案を了承する言葉ではなかった。



 表情は真面目な物。

 そして何かを悟った物。










「…………わかったコトがある。」






 


皐月との会話は第1幕其の6を参照のコト。

皐月との会話の復習も兼ねてますが、ちょっと兄のコトが踏み込んで語られ始まりました。


そしてアイはこの話を聞いて何が分かったのか?


次回に続きますm(_ _)m

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