其の17「毒舌少女と香里」
「一之瀬さま。」
微笑ましい三人の語り合いの場面に声が掛かる。
ここまで黙って傍観していた老人、淡路三太夫の声である。
「……なんでしょう?」
「今しがた語られていた婚約の件についてですが……旦那さまから手紙を預かってきております。」
そう告げると三太夫は立ち上がり、着物の懐から封筒を取り出す。
先程までの"この老人大丈夫か?"という雰囲気がウソのように真面目な表情を浮かべながら、三太夫は席に座る真紀のもとに歩み寄ると、封筒を差し出した。
「…………旦那さまから……」
真紀は差し出された封筒を受け取らず、呆然と見つめる。
「…………じいや。
まきねえへのてがみをうけとってるなんてきいてないぞ。」
その光景を見たアイが不機嫌そうに三太夫に告げる。
「昨夜、旦那さまに呼び出されましてな。
藍華お嬢様についてゆくときに一緒に渡すよう頼まれました。」
三太夫はアイの方に顔を向け、淡々と応える。
「………そうか。」
アイはそれを聞き、不機嫌そうな表情は崩さないまま、しかし何かを口にするコトはなく、ただ一言呟くに留めた。
三太夫は顔を真紀の方に戻し、未だ封筒を見つめるに留まる彼女を見ながら発言をする。
「……コレを預かった際に言伝ても承っております。内容を確認して頂いてから話したいのですが…………」
と、ここまで口にした三太夫は、そこで話を区切り、チラリ……と香里を見る。
暗に"席を外して欲しい"と告げる視線だ。
内容がどんなものかは想像がつかないが、安易に聞かれたくないものだろうと察するに難くない。
が、香里は一瞬躊躇する。
ボケが入っているこの人と真紀を二人っきりにして、果たして大丈夫なものなのだろうか、と。
そんな香里の逡巡の内容を察してとある人物が彼女に声を掛ける。
「いこう、かおり。」
アイだった。
アイは自身の席から降りると、椅子に座る香里の袖をクイッと引っ張り、場を離れるよう提案してきた。
わずか五歳の少女が場の空気を読んで席を外すように促したのだった。
「…………ですけど…………」
賛同したいのは山々だったが、大いに後ろ髪を引かれる思い。果たして本当にこの場を離れて大丈夫なのだろうか、という心配が香里を躊躇させる。
それをも察したアイが香里に告げる。
「だいじょうぶ。たしかにじいやはボケがきてるけど、いまはもんだいない。」
とアイは苦笑しながら言った。
香里には違いが分からなかったが、付き合いの長いアイにはボケてるときと、しっかりしているときの区別がつくようだ。
そしてどうやらそれは真紀も同じようだった。
「……大丈夫です、香里さん。
今の三太夫さんなら話が通じますから。」
ご心配なく……と淡く微笑みながら真紀は香里に告げた。
「心外ですな? この淡路三太夫、物分かりも人当たりもいいと自負しているつもりですが。」
「……そういういみじゃない。つかれるじいさんだ、まったく。」
正気なハズなのに何やらトンチンカンな回答を返す三太夫に、アイが溜め息交じりに毒を吐く。
香里はそのやり取りにどうコメントすればよいのか分からず困ってしまい、アハハ……と乾いた笑いをするのが精一杯。
アイに引っ張られるように席を立ち、香里はアイとふたり、この場を離れるのであった。
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しばらく席を外すコトにした香里はアイと連れ立って河原を歩く。参加者の家族や子供たちがワイワイとはしゃぐ姿とすれ違いつつふたりは世間話に興じていた。
「……かおりはにんきものだな?」
「? 突然、どうしたんですか?」
横をちょこちょこ歩くアイがふいにそんなコトを口にしたものだから、香里が首を傾げる。
「さっきからすれちがったものたちが、かおりにてをふったり、あいさつをしてる。」
そう話をしている最中にも香里に手を振るものがおり、香里は手を挙げながらアイに応える。
「顔見知りに挨拶するのは普通だと思いましたが……」
何かおかしかっただろうか? と田舎者を自負する少女は不安に駆られながら答える。
「ふつうといえばふつうだが……
まだこのオエドタウンにきて、ひがあさいはずだろ?」
香里と初めて会ったのは木から降りられなくなっていた猫を助けたあのときだったはずだ。あれは確か二週間前かそこらだったはず。一ヶ月は経ってない、とアイは思い出していた。
「このたんきかんにたいしたもんだ。」
アイは素直に感心していた。
というのも、自身が人付き合いが苦手だからと自認しているからである。
大店の商会の家に生まれ、その身分から他人は基本、自分に接するときに萎縮してしまい、壁を作ってしまう。
「彩谷のご令嬢に粗相をしてしまったらどうしよう」と距離を取る。
或いはゴマをするためにすり寄ってくる。
アイ自身には興味はなく、彼女の後ろにいる父や商会のコトしか眼に映らず、アイ自身には関心を示さない。
”彩谷藍華”ではなく、ただの五歳の少女”アイ”として自身と接してくれる者は少ない。
余談だがゲンタたちいつもつるんでる仲間はそんなアイの環境において大変稀有な存在であり、毒舌は吐くものの、彼女自身彼らの存在はかけがえのないものと理解していた。
そんな人付き合いを苦手としているアイにとって、短期間に顔見知りをたくさん作っている香里の行動は驚きだったのだ。
自身には出来ないコトをさらっとやってのけた香里に、アイは含みなく素直に誉め言葉を贈った。
「ありがとうございます。ですけど……」
香里はその言葉を受け、礼を告げるのだが、
「これは私の手柄ではなく、オエドタウンの皆さんが気のいい方々だからだと思います。
田舎者の私なんかにもよく接してくれる方ばかりで……」
と続けた。
謙遜か? とアイは思ったが、どうやら目の前の少女は本気でそう思っているようだと悟る。
「……オエドタウンのじゅうにんは、なにものでもうけいれるけど、そんなにおひとよしばかりのまちじゃない。」
アイはふいに立ち止まる。
「すんでるじゅうにんぜんいん、だれもかれもが、しんざんものや、あるいはたにんをてばなしにかわいがるような、そんなまちではない。」
数歩先んじて歩いてしまった形をとってしまった香里は振り返る。
アイはまだ五歳だが身に染みて知っていた。
この町の住人は無条件に優しいわけじゃない。
かといって極端に他人に無関心だったり、険悪だったりもしない。
もし自分が”この町はいい町だ”と述べられるのなら、それは自身の行ないの結果だ。
自分自身が頑張り、自分自身がよいコトを行なってきた結果、還ってきたものが温かいものなのだ。
香里が振り返って立ち止まったアイの顔を見る。
アイはわずかに口角を上げながら香里を見ていた。
「かおりがこのまちを”いいまち”とおもえるのなら、それはかおりがいいやつだからだ。
かおりががんばったけっかついてきたものだ。ほこっていいぞ。」
それは毒舌を吐くことでしか大人に感情を吐露出来ない不器用な少女が告げた珍しい称賛の言葉。
毒を含めず述べた素直な感想。
まあ十以上歳の離れた相手に上から目線の発言で生意気だ、という毒はあるとも言えるが、これはご愛敬だろう。
「ありがとうございます。アイさん。」
まあ言葉を頂戴した当の香里は、そんなレアな発言だとは知らなかったため、いつも通りの素直な笑顔で、いつも通り素直にその感想を受け取ったのだった。
で、この次の話が3幕で書きたかったポイントのひとつになります。
これまで影が薄かった香里が語ります。
続きをお待ちくださいませm(_ _)m




