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其の16「毒舌少女とおねえさん」

お待たせしました、投稿します。

「アイさん……!」


 アイ(顔見知り)との思いがけない再会に香里は眼を丸くした。






 現れた三太夫とアイを空いてる席に座らせ、香里は飲み物を用意する。


 その間ふたりの相手は顔見知りであるらしい真紀が行なっていた。


「……藍華(あいか)さん。わざわざ顔を見せに来てくれてありがとう。」


「……まきねえのぶじなかおをたしかめにきた。やばんなおとこどものどくがにかかりそうになった、ときいたが、げんきそうでなにより。」


「……大変な目には遭いましたが、幸いにして()()()()にはなりませんでしたし―――」


 そこまで口にして、真紀は顔を上げ、立っている香里を見た。その視線に気づき、香里はキョトンとする。


「――騒動を経て、良き友が増えましたから……」


 ついてないコトばかりではなかった、むしろ良いコトが訪れ御の字だ、と言わんばかりに真紀は笑みを浮かべた。


 真紀の笑みの意味を理解し、香里も笑みを浮かべる。


「……まきねえとかおりはともだちになったのか。」


「……ええ。藍華(あなた)以外の稀有な町人の友人ですよ。」


 真紀はそう告げると、香里に向けた笑みをそのままアイに向ける。


 それを受けたアイが、「そうか」と呟いた。

 彼女の口許も淡く上がっていた。


 

「お二人はお知り合いなんですか?」



 三太夫にお茶を注ぎ終えた香里がアイの隣の席に腰掛けながら話し掛ける。


「……ええ。一之瀬家(わがや)と藍華さんの家、彩谷(さいたに)家は家ぐるみの付き合いなんです。その縁で……」


 真紀のその説明に香里は首を傾げる。


「失礼ですけど、武家の方(真紀さんのおうち)町人(アイさんのおうち)と……?」


 先程、当の真紀の口から”武家と町人の身分には溝がある”と聞いたばかりだ。”一之瀬家(真紀のいえ)には偏見はない”とは言っていたが、それでも”損得感情抜きで付き合ってる者も皆無だろう”とも口にしていた。


 香里はアイの前であるため、言葉を濁して尋ねたが、真紀は質問の意図を思い当たり、「ああ。」と明るい表情で頷いた。


「……まあ家同士の関係には思惑はあります。武家ですので。」


「……たがいのうちにりえきがあるつながり。」


 真紀が口にした言葉に、アイが補足を付け足す。


「……利益…………ですか?」


 が、香里にはまだピンとこない。町人であるであろうアイの家と武家である真紀の実家が結び付いて、何か益があるというのか。

 アイの家は一之瀬家という武家の後ろ楯が出来るが、真紀の家に得がある話には到底思えない。


「……もしや香里さん、ご存じない?

 藍華さんの家のコトを…………」


 困惑する香里の様子を察した真紀が尋ねる。


「アイさんの家……」


 と、ここで香里は思い出す。


「…………あ。」


 それは以前、アヤメが話していた内容。


 アイの本名が”藍華”であるコト。

 そして――――


「そう言えばアヤメさんから聞きました。

 確かアイさんの実家は大店(おおだな)の商会とか……」


 名は確か…………


「……”彩谷(さいたに)商会”。藍華さんの家は、このオエドタウンでも五本の指に入る大店です。」

「うちがやってる。」


 改めて耳にして香里は驚く。

 そういえばあの騒動で忘れてしまっていたが、アヤメに教えてもらったときも驚いた記憶がある。


 なるほど……

 正確には”武家”と”商家”の婚約、という話だったのか、と香里は納得した。


 と、ここでアイこと藍華がこれだけでは飽きたらず、更に驚くべきコトを口にした。


「……まきねえはわたしのおねえさん。」

「…………はい?」


 どういう意味だろうか、と香里は考えを巡らせる。

 従兄弟とか親戚のお姉さんという意味なのだろうか。あるいは”お姉さんのような存在”という揶揄的な意味合いなのか。


 真紀を伺うと、苦笑していた。


「……将来的には、という意味ですが。

 ……()()()、ですけど。」


 真紀の発言に、香里は”もしや”と気づく。


「……藍華さんには兄上がいらっしゃいます。一応その方と…………」


「そうだったんですか。」


 やはり、と香里は納得した。

 真紀には将来を決めた相手がいる。で、その人がアイの兄ならば、確かにアイは真紀にとって義理の妹になるワケだ。


 






「………まだ十二歳なんですけどね。」








 え、と香里が固まる。


 真紀曰く、


「親同士が決めた婚姻なので……。

 翔平(しょうへい)さん…………と仰るんですが、商会の跡取りとはいえまだ十二、と成人も迎えていないので、まだ話だけ、というか、形だけの婚約者なんです……。」


 とのこと。


 道理で真紀の表情が微妙なワケだ、と香里は納得した。

 そんな少年を恋愛の対象として見るのは普通は少し辛いものがある。


 

「…………わたしは、まきねえにおねえさんになってほしい。いやなのか?」


 コップのジュースに口をつけながらアイが尋ねる。


「…………私も藍華さんが義妹(いもうと)になってくれたら嬉しいですよ。

 …………ですけど……」


 笑顔で答えていた真紀だったが、最後になり表情に影がともった。



「…………藍華さん。此度の件。

 旦那さまはどう…………?」


 真顔でアイを見つめて問い掛ける真紀。


「…………びみょうなところ。

 まきねえのところにこんかい、じぶんがかおをだすでもなく、あにをやるわけでもなく、わたしをはけんしたあたりでおしはかれる……。」


「……でしょうね。」


「……でもそくこんやくかいしょう(えんぎり)、ではないな。

 ほんとうに”なかったコト”にするなら、わたしすらおくりこまない、とおもう。」


「……迷っておられるのでしょうね。」


「たぶん……

 ぶじだったから、わたしはもんだいない、とおもうんだが、ちちはとにかく”せけんてい”と”ふうひょう”をきにするひとだから……」 


 「……私を”切る”コトが、益になるか、不利益か…………迷ってらっしゃる……」

 

 アイはコクッ、っと頷く。


 横で聞いていた香里が思わず口を挟んでしまう。


「なんですか、それ。

 真紀さんは被害者じゃないですか。

 何も悪くないのに、婚約解消、って……」


 香里が発言したコトで、真紀とアイは揃って彼女を見る。


「…………そういう方なのです。」


 真紀は弱々しく笑いながら呟いた。


「…………ちちは”とく”か、”そん”か、でしかはんだんしない。


 まきねえがこんかいじけんにまきこまれたコトで、”そんなぶけのものをよめにむかえて、みせのひょうばんをおとすコトにつながらないか”、というかんがえと、


 ”ぶじにたすかってよし、とわりきり、かねてからのいちのせのいえとのえんをとるか”


 というふたつのかんがえでまよってるとおもわれる……」


 そう語るアイの表情は無表情だった。

 ただ淡々と事実を報告する人形のように、一切の感情を込めるコトなく告げた。


「……真紀さん。真紀さん自身はどうお思いなんですか?

 そんなほぼ因縁に近い判断で婚約破棄をされてしまったら…………」


 困惑した香里は真紀に確かめる。

 理由があまりにも馬鹿げている。世間体やら損得やらばかりに眼を取られ、真紀の事情や当人同士の感情を一切無視した暴論だ。

 もし婚約を一方的に解消されても、彼女は平気なのだろうか。

 

「…………面白くはないですが。

 ですが、持っている権力(じつりょく)の差で見ると、決定権は一之瀬家(うち)よりも、圧倒的に彩谷家(あちら)にあります……


 ……私には発言力はないのです。」


「そういうコトを聞いているのではありません。」


 弱々しく語った真紀の発言を、香里が険しい表情で、ピシャリ!、と遮る。



 武家の人間である自分にとって当たり前だと思う事情を素直に口にしたハズだが、目の前の友人にとってはどうやら的外れな意見だったようだ、と真紀は悟り口をつむぐ。


 この少女は自分に何を尋ねたかったのだろうか。 





「真紀さん。貴女の気持ちはどうなんですか?」




 香里の質問に真紀は困惑する。

 これまで自分にこんな質問を投げ掛けてくる存在は、自身の回りには皆無だった。

 



「翔平さん、でしたか?

 その方と貴女との婚約なんですよ。

 当人同士の気持ちが全く無視されてます。


 貴女たちの気持ちはどうなんですか?」



 目の前の少女の表情は堅いままだ。

 真剣に考えてくれているのだろう、と真紀は感じていた。


 

「…………彩谷家は商人の家柄と言えど、有力者。扱いとしてはコレは”武家の婚姻”に近いでしょう。」


「というと?」


「……結婚とは、家と家の結び付き。

 互いの家に利益をもたらし、より発展させるための手段なのであって、そこに”愛”だの”恋”だのといった感情は一切不要なもの……」


 政略結婚だと真紀は告げる。

 自身のコレもまた、(たが)うコトなく”政略結婚(武家のしきたり)”だ、と。


「…………真紀さんは仕方がない、と?」


「……翔平さんに対し、私に恋愛の感情があるのかも、そもそも分かりませんし、ね。」


 考えたコトもなかった。


 真紀にとって結婚とは家同士の結び付きを意味し、その手段の一つであり、自身もそれが当たり前だと考えていた。

 そこに自身の感情や思惑など要らぬものであり、それが普通だと疑いもしてこなかった。



 翔平(あいて)に対して嫌悪感はない。

 恋愛感情は抱いたコトはない、と思うが、別にかといって嫌々結婚するという物でもない。



 ただ”知り合い”、”友人”から、その関係の名前を”夫”に変えるだけ……



 真紀にとってはそれくらいの認識だった。






「…………思うコトはない、と?」




 香里が真紀を真っ直ぐ見据えて尋ねる。

 が、その声には心なしか残念そうなトーンが混じっている。


 ”貴女にとって「結婚」とはそんなモノなんですか?”とでも言わんばかりの口調だ。


 ”本当にそれでいいんですね?”と聞く口調だ。



「…………”恋愛”に関しては、ですけどね。」



 香里に告げた言葉は嘘ではない。

 言い方は悪いが、正直真紀は翔平相手にさほど思い入れがないのだ。


 婚約解消と言われれば「そうですか」と思い、受け入れられる程度の感情だ。


 家同士の繋がりだとか、事情だとか、利権とかを抜きにして考えればコレが答えだ。




 が……………、





「…………思うコトはありますよ、香里さん。」

 真紀は一度眼を閉じ、そう口にした。



 間を置き、眼を開いた真紀は笑みを浮かべ、香里を見たのち、視線をずらす。


 

 そこには眉を潜めて心配そうに二人のやり取りを見守る幼き少女の顔。



「……私も貴女に義妹になって欲しいですからね。

 それが叶わないのは辛いですよ、藍華さん。」



 好いた惚れたは分からない。

 熱い恋も、全てを捧げられる愛も、婚約相手には持ち合わせていない。


 あるのは一つ。

 目の前の幼き少女との繋がり。


 それが濃く深くなるのか、或いは薄く縁遠くなってしまうのか、その懸念のみ。


 もしこの婚約が破棄されて「悲しい」、「辛い」と自身が感じる要素が存在するのであれば、この一点のみだ、と真紀は思った。



 もしかしたらそう感じているのは自分だけかもしれない、という不安は微塵もなかった。


 目の前の、将来の義妹はうっすら笑みを浮かべ呟く。






「……まきねえはおねえさん。」








 微笑みあう義理の姉妹の様子に、香里は何故か自分自身にも分からない嬉しさを感じ、自然と笑みを浮かべるのだった。








アイの前回登場回は「第2幕其の5」、

彩谷商会について語っているのは「第2幕其の16」です。

(※6月13日、あとがき修正しました。)

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