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其の14「心の距離が近い人々」

香里サイドの話が続きます。

 明るい雰囲気を取り戻した香里が加わる席。

 洋子を筆頭に笑い声が飛び交うようになる。


 上機嫌に戻った洋子は、近くのテーブルの者や、元々の顔見知りを自身の座る席に呼び寄せ、会話に興じていた。


「でもみんなはいいよな。こうして友達を伴っての出席だろ?

 アタシやお恵はボッチだよ?」


「……洋子さん、その言い方は誤解を招くッスよ。」


 他の参加者を羨む洋子は、隣席のショートカットの髪の娘を巻き込んで自虐的に発言をする。


 ショート髪=お恵こと恵子は、ジト眼で洋子にツッコミを入れる。


「八百正の旦那も女将さんも”二人で楽しんでこい”って送り出してくれただけで、友達いないワケじゃないッスよ。

 旦那や女将は勿論、友達みんな今日も働いてるから来られなかっただけで……」


「みんな薄情なんだよお~。

 アタシら貞操の危機だったのに、それよりも商売の方が大事なんてさあ~。」


 洋子はわざとらしく”よよよ……”と泣き真似をする。無論本当に泣いてるわけではなく、冗談なのだが。


「……皆、日々の生活を送るのに必死なのです。働かねばご飯が食べられませんから。

 ……決してお二人をないがしろにしているのではないのですよ。」


 と、簪の女こと一之瀬真紀が洋子の発言に真面目にフォローを入れる。


「……あの、一之瀬さん。

 洋子さん分かってて言ってるだけッスから。

 周りのみんなも心配してくれてたんで。」


 恵子の発言に、真紀はあまり表情を変えずに恵子を一瞥してから洋子の方に向き直す。


「…………洋子さんは酔ってるんですね。」


 …………今更である。



「……むしろ”なんで今日仕事なんじゃ!”、

 ”仕事サボってパーティー行きたい!”

 って、自分達羨ましがられたんスからね。」


「……洋子さんはいじわるです。」

「てへっ。」


 恵子と真紀の二人からジトー……っとした視線を向けられ、当の洋子はわざとらしく、手でポンッと自身の頭を軽く叩く。


 

「洋子さんと恵子さんのお二人は、同じ職場なんですか?」


 香里が洋子とお恵に尋ねる。

 以前アヤメの案内で町を回った折、洋子とは顔を会わせていたのだが、恵子と呼ばれたこの女性とは会っていなかったのだ。


「そうッスよ。自分も八百正で働いてるッス。」

「先輩、後輩だな。」


 洋子がドヤ顔で補足する。


「……仲のいい関係ですね。いい職場のようです。」


 それを聞き、真紀がうっすら笑みを浮かべながらそう呟く。


「うん。八百正は旦那と女将さんもいい人だからね。


 新鮮な野菜も豊富! そこらのスーパーには負けない品質! そして何より可愛らしい従業員の笑顔のサービス!!


 八百正を宜しく!!」


 と、上機嫌で宣伝を口走った洋子の口上に、聞いていた他の参加者から拍手が沸き起こる。


「……自分で”可愛らしい従業員”って言うのはどうなんスか。」


 ボソッと恵子が突っ込む。


「なんか言ったか! お恵!!」

「ギブ! ギブアップっス! 洋子さん!!」


 しっかり聞こえていた洋子が恵子の首をアームロックで絞めに入る。たまらず洋子の腕をタップするのは恵子。


「…………職場の同僚とはいえ、暴力は…」


 この光景に真紀は眼を丸くする。


 周りの者たちは慌てるでも、止めるでもなく、むしろクスクスと笑い、あるいはもっとやれ、と囃し立てていた。


 戸惑っている真紀の様子に気づいた外野が笑顔で教える。


「あの二人はいつもこうなんですよ。」

「そうそう。八百正の名物。」


 冗談が通じにくい性格なのだろう。真紀は驚いていたが、”市井を生きる町人”とはこういうものなのか、と考える。


「…………町人とは皆、こうなんですか?」


 真紀は近くにいた香里に尋ねる。


「まあそうだと思います。

 私は田舎の人間でまだ上京して日が浅いから、オエドタウンの普通かは分からないですけど。

 少なくとも私の田舎でもこんな感じでしたから。」


 香里も戸惑いながらも笑顔でそう答えた。


 真紀はそれを耳にしつつ、戸惑いながらも不思議とその光景に嫌悪感は抱いていなかった。

 むしろ微笑ましい光景に思えていた。 


「……町人はなんというか……」


 真紀はそう口にしかけ、この感じをどう表現していいのか、それを表す単語が思い付かず戸惑った。


 すると、それを察した外野が補足を入れた。


「”気心知れてる”っていうか。

 ”気安い”っていうか……


 言ってみればそう、”心の距離が近い”のがオエドっ子なんだよ。」


 それを聞き、「ああ。」と納得する真紀。


「まあ、あの二人は同僚というよりも以前(まえ)からの仲だから、余計に気心知れてるんだろうよ。」


「働き始める以前(まえ)から同じ長屋に住んでた友達同士だからね。洋子ちゃんとお恵ちゃんは。幼馴染み、っていうのかな?」

「姉妹みたいなもんだよね、あの二人は。」


 外野が微笑ましく解説を入れる。


 それを耳にして今度は香里が納得する。


「……やっぱり付き合いの長さが態度に出るんですねえ。」


 ただ同じ職場だから、という理由ではなく、”昔から知っている”というコトがこの気安さを生んでいるんだなあ、と香里は感じていた。


 まだ上京して一月(ひとつき)経っていない自分には羨ましい光景だな、と思う。


「何言ってんの、香里ちゃん!

 これからこれから!!」


 香里の呟きを拾った外野が笑顔でフォローを入れる。


「香里ちゃんのファンももう出来てるんだぜ? ”月見亭の香里ちゃん”って。

 アヤメちゃん派だったヤツもさぁ……」


「おいおい抜け駆けすんなよ。

 俺も香里さんと話がしたい!」


「聞いたぜ? 今回の事件で香里ちゃんも頑張ったって。

 ウチの姪っ子の恩人の一人ってコトじゃねえか、香里ちゃん。」


 急に自身が話題の中心になってしまい、戸惑う香里。

 主に話しかけてくるのは男。

 おそらく事件の当事者の知人友人、家族なんだろうが、純粋な感謝の他に下心もうっすら浮かんでいる。


 本日、仕事のためどうしても参加出来なかった金物屋の末吉は、後に大変悔しがったというのは余談である。


 

 女たちも「男ってヤツは」という呆れた眼の者と、「香里さんありがとう」という気持ちを抱いた者に分かれたものの、香里に話の中心を持っていく。


 で、その結果何が起こったか。



「ちょ! 誰か助けてッス!!

 ヘルプ! ヘルプ!!」


「大丈夫、大丈夫。

 おじさん、洋子ちゃんの可愛らしさ、ちゃあんと分かってるから。」


「あ、そう? やっぱり?」


「うん、うん。

 あ、お恵ちゃんも可愛いよ。」


「洋子さん! 照れるならこの腕ほどいてからに!!

 ……っていうか、ついでに褒められても全っ然嬉しくないッス!!」


  


 一人のおっさんを除いて、洋子と恵子のやり取りは忘却の彼方に忘れ去られていたのだった。



「誰か止めてぇぇぇぇ!!!」



 哀れ、恵子の叫びは外野のガヤに掻き消され、人々の耳に届かなかったのであった。




話が進まないなあ(汗)

次回、ようやく第3幕キーキャラが登場します。

...二つ前の話のラストや、予告で言っちゃってるから「誰?」とはならないんですけどね(笑)

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