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其の12「いい話とその対価」

「断言する。香里にそれはない。

 あの子はそんな企みを持つ子じゃない。」


 水無月の眼が驚きで見開かれる。


 全く予想だにしない回答が皐月から返ってきた。しかも穏やかな笑顔で、だ。


 そして悟る。売り言葉に買い言葉で興奮してこう口にしているのではない、と。


 ()()で確認しても明白だった。いや、そんなコトをしなくても、表情で察するのは容易だ。


 この子は本心で、心の底から本気でこの発言をしている。



「…………我ながらくどくて嫌なるけど聞きたいわ、皐月。

 どないしてそう言い切れる?」


 ポーカーフェイスを得意としている自分の表情が動揺で崩れている、と水無月は感じていた。


 何故だ? 何がある?

 感情的に突っ走る癖のある妹分が、よく知りもしない相手をここまで堂々と庇える何かが、先崎香里なる人物にはある……? 



「大きな根拠はないな。でも……」


 場の空気が逆転していた。先程までは強気で発言していたのが水無月で、動揺していたのが皐月であったのに対し、現在(いま)は全くの逆。


 間違いなくこの短時間で皐月は”揺るがない何かの存在”を香里に見いだしていた。


「でも……なんや?」


「思い出したんだ。」


「?」


「…………初めて会ったときのコト。」




 

 それは皐月が香里に抱いた第一印象。


「あの子の眼。

 ……あれは悪巧みするような輩は持てないよ。」


 思い出していたのは印象的だった彼女の眼。





 ”とても優しく、かつ、強い意思を宿した眼だ。一本芯のようなものを持って生きている人間の眼だ。”







 皐月は香里の眼にそんな印象を抱いたのをよく覚えていた。



 ときどきあの子のコトを思い出すとき、皐月はあの印象深い眼を思い出す。皐月はあの眼に好印象を持っていた。そして、その持ち主に、そんな眼を宿した少女に不思議と惹かれていた。





 

「…………()ぇのコト言われたら、揺らぐわぁ。」


 水無月がガシガシと頭を掻く。



 その呟きに、皐月は”今気づいた”と言わんばかりに「あ。」と溢した。


「……あざとく狙って言ったワケじゃないよ。」


分か(わぁ)っとるわ。お前がそんな計算高くてたまるかい。」


 だが、偶然とはいえ()()()()()()()水無月が、”眼”を根拠にされてしまったのだ。



 これは一本取られた、と言わざるをえない心持ちだった。



 と、同時に水無月は興味が湧いていた。

 皐月にそう言わせる香里という少女に。


 口には出さなかったが、水無月はこの時点で既に香里に対する警戒心の大部分を解いていた。

 だが、最終的な判断はやはり本人に会って”観察”してからにしよう、と結論付け、水無月は皐月に言葉を綴る。


「まあな、皐月。お前がその子、気に入っとる言うんは伝わったわ。

 けどなあ、ウチは会っ(おう)てへんのや。手放しでは信用でけへん。」


 遠回しに”油断するな”、ひいては”誰彼ポンポン無条件に信じるな”と告げる水無月。




 が、この次の皐月の発言にも、水無月は驚かされるコトとなる。



「うん、いいさ。それでも。」

「!?」


 あっさりと笑顔で姉貴分の発言を肯定した。



「水無月は納得するまで疑ってくれていい。得意の()()をして見極めてやってくれ。」


「……ウチの観察結果を聞かんとも、皐月はあの子ぉを信じる。そう言うとるように聞こえるなあ。」


「ああ、そう言った。」


 皐月……と説教を口にしようとした水無月だったが、皐月当人の発言に遮られる。




「”疑ってる内は確かに敵は見つかるだろうさ。

 傷つきたくなければ、会うヤツ皆、敵だと思って疑って生きていけばいい。

 少なくとも傷つき()せずに生きてゆける。


 でも、信じてみなけりゃ、絶対に仲間は見つけられっこない”…………」




 流暢に紡ぎ出される言葉。けれど水無月にはすぐピンと来た。

 これは皐月の言葉ではない。皐月の口から発せられたが、彼女の言葉ではない。 


「……誰の言葉や…………?」

「じっちゃん。」


 うっすらとした笑みを浮かべ、けれど皐月は自慢げな感情を込めて答える。

 自身の養祖父(そふ)がかつて教えてくれた、大事な言葉だ、と。


「誰彼構わず、って意味じゃないよ。

 より親密になりたいヤツが現れたら、疑って止まるよりも躊躇せず、まずは動け、っていう教えさ。」


「……”偽り”と”虚像”で塗り固めて、”疑い”をまず行動の第一に持ってくるウチにはキツい言葉やな。」


 水無月は苦笑してそう呟く。




「皐月………」


 ワンクッション置いたのち、水無月は皐月に呼び掛けた。


汚れ仕事(疑うん)はウチがやったるわ。

 そこまで言い切ったんや。お前は何があってもあの子を信じ抜いたれや。」


信じ抜く(その)つもりだけど……

 なんか気味わるいな。」


「何がや。」


「ドケチの水無月が、頼んでもいないのに進んで何かをやってやるって言うなんてさ。」


 皐月は戸惑いながらも苦笑して発言した。





「タダやないわ。」

「い!?」


 案の定、このドケチは何か対価を自分から取るつもりなのか、と皐月は嫌そうな表情を浮かべながら身構えた。


「……アタシ、”やってくれ”って頼んでないぞ?」

 暗に”金を取るのか?”と尋ねる皐月。


それを受け、「アホ」と呆れ顔で返す水無月。


「もう貰っ(もろう)たわ。」


「?」


「ウチ、タダ働きはせんねんで。」


 と、ドヤ顔で答える水無月。それを聞いて知ってると言わんばかりに「だから金は払えないぞ」と答える皐月。



「……()()()聞かせて貰っ(もろう)た礼やわ。貰いっぱなしはあかんやろ。前金を貰う(もろ)てしもうたんや。(もろ)うてしもうた以上は動かんとな。


 ()()()()()()()のやから。」


 貰っ(もろ)た分はきちんと返すのが商人(あきんど)や、と水無月は笑顔で答えた。

 それを受け、「ああ。」と皐月は頷く。



「んじゃ、遠慮なく。」

「おう。」


 憂いはない、と悟った皐月は笑みを溢す。


「じっちゃんの話、ありがたいだろ?」

「ん? あー…………せやな。」



 上機嫌の皐月は勘違いをしていた。

 水無月が口にした()()()の中身を。


 水無月が心動かされたのは養祖父の言葉ではなく、”香里を信じる”と言い切った皐月の言葉だったのだが……





 まだまだ心配な妹分だと思っていた皐月の成長に驚かされ、その言動に少し感動した、




 なんてらしくない上に、気恥ずかしすぎて黙っているコトにした、素直じゃない水無月なのであった。




ーーーーーーーーーーーーー




「ん?」


 不意に水無月が声をあげた。

 皐月の肩越しにその後ろを見ている。その自慢の眼が何かに気づいたようだ。


「? どうかしたか?」


 水無月の態度に皐月も反応する。


「あれ、(くだん)の子やないか?」

「え?」


 首を伸ばし、何かを見る水無月のリアクションに、皐月は彼女が自らの後ろを見ているコトに気づき、振り返る。


 見ればこちらに向け近づいてくる二つの人影。一人は間違いなく香里だった。




 と、彼女は誰かと手を繋ぎ、連れだって歩いていた。


 二人の身長差は大きく、遠目には凸凹のシルエットになってしまっている。


 背の高い姿が香里だ。

 そして皐月には背の低い凸凹の凹の顔にも見覚えがあった。



「あれ? なんでいんだ?」


 ()()の顔を認識した皐月がそう思わず口走る。


 オカッパの黒髪少女。

 色白の肌に、ややツリ眼がちな、けれど()()()()()()イイトコの令嬢に見える幼き少女。


 それは自身の歳の離れた友人―――



「アイ。一人だけか? 珍しいな。」



 通称”毒舌少女”。アイだった。


 キョロキョロと皐月は香里とアイ(手を繋いだ二人)の周りを見回すが、ゲンタたち他の子供の姿は見えなかった。


 皐月にとってアイはゲンタたちガキんちょチームとセットの印象だったため、つい視線を巡らして彼らの姿を捜してしまった。


 だが、この場にはどうやらアイ(彼女)一人だけのようだ。


 珍しいコトもあるもんだな、と皐月が考えを巡らせていると、横から思わぬ声が響いた。







「アレ、彩谷(さいたに)商会のお嬢やないか? 思わぬトコで()うたな。」







 商いを営む姉貴分が、自身の預かり知らぬ事実を口にしたのだった。








次回、香里サイドの話になります。

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