其の6「先崎香里という少女」
「良い風に言って貰えて大変喜ばしいが、それでもアタシの気が治まらない。 挽回させて欲しい。」と、皐月は少女に願う。
申し出たのは、宿への案内。
ナンパ男も口にしていたが、この少女、今日、このオエドタウンに着いたばかりで滞在する宿を探している、とのこと。
宿なら良い宿を知っている。
と、皐月は少女に案内を買って出たのであった。
「岡っ引きさんは、仕事 大丈夫なんですか?」
「困っている人間がいたら助ける、
これがアタシの仕事さ。」
この少女を送り届けるのも、間違いなく岡っ引きとしての自分の仕事だろう。
と、自分に言い聞かせる。
無論、焦る気持ちも持ち合わせている。
こうしている間にも、もしかしたらこの町に危険が迫っているのかもしれない、と。
笹野にあんな宣言したくせに、現在自分は捜査をほっぽりだして、道案内中という事実。
”笹野さんごめん、これが済んだらすぐに捜査に戻るから……”
心の中で、笹野に詫びを入れ、皐月は少女の道案内に勤しむのであった。
「まったく、皐月はしょうがないですねえ……。
感情に振り回されたあげく、捜査をほっぽりだすとは…
まあ、ある意味喜ばしいコトなんでしょうがね。
あの皐月が任務よりも私情に走っているんですから。
ここは兄の私がフォローしますか……」
影ながら皐月を見守る姿がひとつ。
皐月はその呟きはおろか、その存在にすら気づかず少女と目的地に歩いていく。
影は二人の背を見送りながら、その場を音もなく去るのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「そういや名前言ってなかったね。
アタシ、皐月、ってんだ。
アンタは?」
宿へ向かう道すがら、少女の名前を知らないコトに気づき、皐月は自己紹介に入る。
「香里です。
先崎香里。」
少女、香里は皐月に笑顔で答える。
「結構大荷物だよね?
オエドタウンへは観光かい?」
だったらオエドタウンの観光名所は是非見て欲しい。
事件が落ち着いたら自分が案内してやってもいいな、なんて考えていると、
少し予想と違った回答が帰ってきた。
「いえ、ここへは兄を捜しに来たんです。」
少し込み入った事情があるようだ。
香里の笑顔に少し陰りが差す。
「兄貴を捜しに?
アタシ知ってるかな? 名前は?」
伊達にこの町で岡っ引きはしていない。
顔の広さには少々自信がある。
そう自負していた皐月は香里に問いかけ、
「松吉、って言います。
先崎松吉。心当たり、ありますか?」
香里は少し期待して兄の名を口にして、
「……ごめん、心当たりないわ。」
該当人物がいないことに二人してガックリするのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
香里曰く、このオエドタウンへは移住しに来たらしい。
先日、唯一の肉親である父親が病気で他界し、田舎を出たとのコト。
田舎には他に身内もおらず、唯一の家族である兄を頼って、兄の住むこのオエドタウンにやって来たとの話だ。
「親戚がいなくったって、仲が良い知り合いや友達もいただろうに……
一人暮らしは考えなかったの?」
皐月の疑問は真っ当なものだった。
というのも、松吉という男。まだ香里が幼かった頃に、父親と大喧嘩して家を飛び出したのだという。
数年は香里に手紙を出していた、というコトだが、それも途絶え、現在は行方が分からなくなっているらしい。
そんな、何処にいるのかも分からない兄を頼って上京し、一緒に暮らすよりも、田舎で知り合いを頼って暮らす方が建設的ではなかろうか。
「それが父には私にも隠してた借金があったらしく、
それを返済するためには家も土地も手離さなければならなかったんです。
結果、身 一つになってしまって……」
困ったものです、と締める香里。
困ってはいると口にはしたものの、どうやら亡き父親を恨んではいないようだ。
語る言葉に、恨みのトーンは混じっているように聞こえない。
「それに、」
もうひとつ理由があるようだ。
苦笑混じりの表情が、哀しげなものに変わってゆく。
「父はいまわの際、兄のコトをスゴく気にしていました。
”松吉のヤツ、今頃 何をしているんだろう”、って。
父は喧嘩別れしたコトをひどく気にしていたみたいなんです。
最期の言葉の中に、兄に向けた物もありまして……。」
足を止める香里。
皐月は数歩、先んじた形になってしまい、振り返る。
「兄は遺言はおろか、まず、父が亡くなったコトすら知りません。
ですから、兄に伝えなければならないんです。
父が亡くなったコトを。
亡くなった父が、兄を本当はどう思っていたのかを。
……兄に向けた、父の最期の言葉を。」
家族というものがもう、一人もいない皐月には、眩しく感じられる言葉だった。
よほど大事な言葉、想いなのだろう。
絶対に捜しだして伝える、という熱意がその瞳に宿っている。
根性がすわった良い眼だ、と皐月は思った。
力になりたい。
そう思わせる、皐月の好きなタイプの娘だ、と思った。
自分の”身内”たちのように。
あるいは自分の上司である笹野のように。
そしてまたあるいは、いまは亡き、在りし日のおっかさんのように……
「……このオエドタウンも広いからな。一人で捜すのは大変だろう。
力になるよ。」
「ありがとうございます、けど……」
香里は多忙な皐月に患わせるコトに遠慮を覚えた。
が、皐月は笑顔で返す。
「遠慮するな、って。
アタシが力になりたいんだ。
捜査の案件が二個だろうが、三個だろうが、一緒のコトさ。
アタシが皆の、力になる。」
まあ身体は一つなのだから、順番に、にはなるだろう。
だが必ず力になって見せる。
そう決意し、まずは彼女を宿に案内しよう。
そこがしばらくの間、彼女の兄貴が見つかるまでの彼女の活動拠点となる。
宿の女将さんに事情を説明して宜しく伝え、
トカゲ案件の捜査に戻り、なんだったら笹野の手伝いを……
と、頭の中でこれからのスケジュールを組む皐月。
「じゃあまずは宿にいこうぜ。
もうそこだよ、”月見亭”っていう………」
香里に話し掛けながら先へと進むが、
ふと、香里からの反応が返ってこないコトに気づき、足をとめる。
踵を返し、香里を眼で探すと、
彼女は道の真ん中で立ち止まり、宿とは検討違いの明後日の方向を見ていた。
香里に近づき、どうしたのかと声を掛ける皐月。
「どうしたんだい?」
「……あれ、あの子たち。
一体どうしたんでしょう。」
香里が指を差す。
その指の先には、一本の木に集まる子供たちの姿が見えた。
見知ってる子たちだ。
子供たちは皆が皆、揃って木の上の方を見上げている。
賑やかに楽しげな光景、という雰囲気には感じ取れない。
「……何かあったかな。」
皐月は香里を連れだって、子供たちの方へ歩き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ようお前ら、どうした。」
皐月は子供たちに声を掛ける。
子供たちは皐月に気づき、上げた頭をそれぞれ皐月に向けた。
「あ、さつきだ。」
「さつきがきた。」
その場に居合わせた子供は四人。
いつも一緒にいる仲の良い四人組だ。
男の子がふたり、女の子がふたりの組み合わせ。
「……”皐月お姉さんって言え”っていつも言ってんだろ。」
どうやら毎度のやりとりのようだ。
幼稚園児くらいの子供四人、
”これくらいの歳の子はこんな感じで生意気なんですよね”、と、香里は苦笑いを浮かべる。
「さつきはさつきだろー。」
「ゲンタお前な、リーダーだったら率先して悪口を口にするんじゃないの。むしろ止める側になれ。」
リーダー格なのがこの少年、ツンツン頭で三白眼のやんちゃ少年ゲンタ。
「名まえはわるくちじゃねーし。」
ああ言えばこう言う……実に生意気な子供である。
「で、どうした。こんなトコに集まって。
この木になんかあんのか?」
皐月は当初の疑問を投げ掛ける。
「……みてわからないなんてぐのこっちょう。
どうやらその目はかざりか、ふしあなみたいね。」
女の子の一人が毒舌をはく。この子はいつもこんな感じだ。
名前はアイ。オカッパ頭で色白の少女。
身形はよく、黙っていれば何処ぞのお嬢様で通る。
……黙ってれば、と条件がつくが。
「……あのなアイ、歳上の人間にそういう言い方するもんじゃないの。もっと大人に敬意を払いな。」
「……だったらもっと、けいいをはらってもいいと思えるたいどを、ふだんからこころがけるべき。
としじゃなくてたいどで人はあいてをみてはんだんする。」
上から目線で注意したら子供とは思えないスゴい意見が返ってきた。本当に子供か、こいつは。
「……アタシの何処が軽薄な態度取ってる人間に見える、ってんだい。」
「……こどもでもわかるこのじょうきょうをりかいできない、そのちゅういりょくのなさ。」
……本当に歳を誤魔化しているのではなかろうか、この少女は。
「……ほんとうにわからないの? みみもかざりね。
もしくはなにかつまってるんじゃないの?」
怒りが勝っている皐月は冷静な判断が出来ないのか、周りよりもこの毒舌少女にばかりに気をとられてしまう。
「……ほんとうにこまったら、あいてが子どもでもあたまをさげるべき、おしえてください、って。
それがほんとうのおとな。」
「……はいはい、アタシが悪うございました。偉そうな態度を取りつつ、何も気づけない愚か者です。
そのアタシに何が起こっているのか、お教え願いませんでしょうか。」
半ばキレ気味に頭を下げる皐月。
そんな彼女に少女は一言、
「……こんな子どもにポンポンあたまを下げるなんてプライドないのね。」
「いや、てめえが頭下げろって言ったんじゃねえか!!!」
追い討ちを掛けるのであった。
「其の7」14時頃投稿致します。