其の9「六の月、水無月」
書き上がりました、投稿しますm(_ _)m
さて、皐月の浮かない表情には誰も気づかず。一見その場は笹野と水無月が笑顔で握手を交わし、平和な光景に映っていたのだった。
だが、この光景に変化が訪れる。
切っ掛けはその場にひとり、別の人物が割り入ったからだ。
「笹野さん、ちょっといいですか?」
声を掛けてきたのはまあ名もなきひとりの女だ。
いや、世の中に名もなき者など存在しない。ひとりひとりに名があり、物語があり、人生がある。それは百も承知である。
こう述べたのはようするにここに現れた女はこれからのやりとりに全く関わりがない、言ってみればただの”その他A”であり、”モブ”だからである。
閑話休題。
名もなき女は笹野を呼ぶ。
「どうした?」
ちょっと失礼、と笹野は水無月に一言告げ、握手をしていた彼女の手を離すと、声を掛けてきた女に歩み寄る。
ひとことふたこと、何かを話したかと思ったら、笹野は話していた女を待機させ、こちらに戻ってきた。
まあその顔は笑顔のままだったため、問題が起こったというワケではなかろうコトは容易に読み取れた。
「すまない。少し呼ばれてしまった。そちらに顔を出さなくては。」
「ご指名? 笹野さんモテモテだね。」
皐月がうっすら笑みを浮かべて笹野に軽口を叩く。
「馬鹿者。妙な言い方をするんじゃない。」
「同心さんがモテたい相手は街奉行さまひとりですもんね♪」
笹野が皐月の軽口に笑顔でツッコむと、思わぬところから追い討ちが掛かった。
アヤメのからかいに、笹野はボッと赤くなる。
「アヤメくん!」
「きゃー♪」
笹野の怒鳴り声には迫力も威厳もなく、アヤメははしゃぐ。
笹野は顔を赤くしたまま必死に取り繕って水無月に声を掛けた。
「すまない水無月くん。この場を離れる。このあと時間に余裕があるのなら是非パーティーに参加していってくれ。」
「ありがとうございます。」
水無月が笹野に頭を下げる。
「自分、皐月とちょっと話がありますよって、もう少しお邪魔してますわ。」
「お。」と皐月は声を出さずに反応する。
ちょうど話したいと皐月も考えていたところだった。聞きたいコトがある。
ある意味笹野が離れてくれたのはいいタイミングだった。
「そうか。では私は行く。
皆、ゆっくりと楽しんでくれ。」
そう言い残し、笹野は待っていた女と共にこの場を後にした。
「(さて……)」
と、笹野を見送った皐月は水無月と話をしようと振り返ると、当の水無月はアヤメと話をしていた。
「あんさんの格好、エウロパ仕様の給仕服のようでんな。よう出来とるわあ。」
「分かりますか!?」
「丁寧な仕上がりや。着る人の良さを引き立てて、けど決して服自体が主張しすぎひんよう、ようバランス取れとる……”白鷺屋”の仕立てやな? うん、よう似合うとるで、自分。」
「わあ、嬉しい♪ ありがとうございます!」
水無月はアヤメのメイド服を褒めていた。
流石は水無月。
エウロパ風と見抜いた知識の豊富さは勿論のコト、得意のその眼で誰が仕立てたのかを見抜き、そしてお得意の相手に取り入る(=煽てて気分を良くさせ、相手の心の懐に入る)十八番の話術でアヤメに近づいている……
と、皐月は感心していた。
「私、アヤメ、って言います。志賀アヤメです。」
「ウチは水無月純や。同い年くらいやろ?
アヤメはん、ウチとも仲良うしたってや。」
「はい、喜んで♪」
「おおきに。」
あっという間に打ち解けたようで、水無月は笑顔でアヤメと握手を交わしていた。
「(……この子、か。)」
顔は笑みを浮かべつつ、内心水無月は全く別のコトを考えていた。
相手に悟られぬように顔を作り、目的のために計算出来る女、水無月。
表面上はニコニコとしながらアヤメの話に合わせ、その実、水無月は今回の目的のため、対象であるアヤメを自然な仕草で観察していく……。
皐月も交え、何気ない談笑でアヤメと仲を深めていく水無月。何も知らないアヤメは水無月を全く疑わず、その言動を信じこみ、”友達がひとり増えた”くらいの気持ちで接していく。
尚、皐月は水無月の観察モードの際の特有の仕草、視線を知っているため、すぐに「何か目的があってアヤメを観察してるな」と悟り、敢えて静観に徹した。
場の雰囲気に合わせ、水無月に口出しをしない。
”皐月に話がある。”
と水無月は口にした。何か理由があるのだ。そしてタイミングを見て告げるつもりなのだろうと察する。
それを待ち、皐月は今はアヤメを交えた三人の団らんに付き合う。
「良かったら水無月さんもどうですか?」
「こらおおきに。ありがとさんですう。」
アヤメは焼けたエビを水無月に差し出す。水無月は礼を告げながらそれを受けとる。
と、こんなやり取りをしているときだった。
望んでいたタイミングが訪れる。
「アヤメさん、ちょっといい?」
アヤメが余所から呼ばれる。
声を掛けてきたのは言わば”その他B”、とでも呼ぼうか。
第二の”名もなき女”の登場に、炭火コンロで焼いていたナスをトングで引っくり返していたアヤメも、箸でエビを食べていた水無月も、そしてジュースを飲んでいた皐月も声を掛けてきた女性を見る。
「はーい?」
「ごめんなさい、ちょっと手ぇ貸して貰っていい?」
モブBはちょっと困った顔でアヤメを呼ぶ。料理のヘルプに入って欲しいようだ。
「こっちゃええからアヤメはん、行ったってや。」
頬張っていた口許を隠すように手をかざしながら水無月はアヤメに自然に告げる。
「いいんですか?」
「こっちゃかまへん、かまへん。
適当にやっとくさかい。」
口に含んでいた物を飲み込むと、水無月は笑顔でアヤメに告げる。
「料理上手なアヤメはんをウチらだけで独占しとくんは心苦しわあ。
他の人にも腕ぇ奮ったってや。」
水無月の言葉に、そんなあ、とアヤメは照れながら微笑む。
「ごめんなさい、アヤメさん、借りますね。」
モブBが水無月(と皐月)に頭を下げる。
「じゃあ水無月さん、小町さん。
私ちょっと行ってきますね。」
「おお、気張りやす~。」
「行っといで~。」
この場を離れるアヤメに、水無月と皐月が声を掛ける。
「で、どうしたんですかあ?」
「あのね、洋子さんのいるテーブルなんだけど………」
アヤメがモブBと話ながら去っていく。
「……で? どうしてアヤメを観察してたんだ?」
アヤメが充分離れたコトを確かめ、皐月はジト眼で水無月に問いかける。ただし、視線はアヤメが去った方角を見たままで。
が、肝心の水無月は皐月の問いには答えず、エビを食べ続ける。
自分に話し掛けていると気づかないかのように。
「……つーか、今回、お前がわざわざ出張って来た理由は?」
皐月は再度問いかける。
今度はしっかり水無月の方を見て、だ。
「…うん。やっぱアカシタウンから廻してもろただけあるな? 旨いわ、これ。」
しかし、やはり水無月は皐月の問いを無視。エビの感想を独り言で呟く。
「……ドケチのお前がわざわざ理由もなく安く商品を卸すワケないよな?
なんだ? あの”妹分が世話になってるから”、”自分とも仲良くして欲しい”なんて笹野さんが好みそうな美談は??
絶対思わないだろ、お前。」
水無月の人柄をしっかり熟知している皐月だからこそ言える台詞。
そう、水無月が笹野に対して告げたあの場面。ひとり浮かない表情をしていたのは知っていたからだ。彼女の言う言葉が演技だと。
十二月暦衆六の月、”水無月”。
彼女は自他共に認める「ドケチ」である。
損をするコトを何より嫌い、一両どころか一分、いやさ一厘であっても金を減らすコトを嫌う(本人含め)メンバー全員が周知している性格。
笹野が想像していた典型的な質の悪い商人象、実は結構的を射ていたのだ。
まあ水無月は「そう考え、警戒してるんだろうな」と予想し、警戒心を解くためにあんな演技をし、笹野好みの理由をでっち上げたワケだったのだが……。
まあともかく、ワケもなく安く商品を卸す、なんてコトは天地がひっくり返ってもしないのがこの女だ。
「……あの子やろ? 今回皐月の秘密知った娘は。」
水無月の突然の回答に皐月は戸惑いの反応を見せた。
次回に続きます。




