其の8「商人の理由」
ちょっと短いですが投稿します。
「ほな、ご注文の品。確かに納品させて頂きましたで。」
口を開いたのは水無月。
笹野に歩み寄り、懐から紙を複数枚とり出すと笹野に渡す。
「受取書ぉにサイン、頂けまっか?」
「うむ。」
これ使って下さい、と水無月が差し出したボールペンを受けとり、笹野が紙に目を通す。
「ん? 納品数が違くないか?
予定より多くなっている……」
笹野が困惑した表情で気づいたコトを口にする。
それを耳にして皐月は「お。」と感心した表情になった。
サインの前にきちんと納品書に眼を通している。……こういうところはきちんとしてるな、と感心したのだ。
この上司、詐欺に引っ掛かりやすいのか、しっかりしてるかが掴みにくい。
契約関連といった書面関係は強いが、コト対人関係が苦手なのだろうか。
情に絆されやすい、と言えばいいのだろうか。
新興宗教の勧誘でそれっぽいトークには引っ掛かるタイプか? それとなく注意しておこう、
と、皐月がくだらない余所事を考えていた間も、頼りになるのか心配になるのか掴みにくい上司は水無月とやりとりを続けていた。
「いえ、納品数は指示通りですわ。」
「しかし……」
「街奉行さまから追加指示、頂いておりましてな……」
と、水無月の口から思いがけず大岡の名が出たコトで笹野の頬がほんのり赤くなる。
「(いちいち反応して可愛いな、笹野さん)」
「(あ、赤くなってる。同心さんウブだな、可愛い。)」
皐月とアヤメがその反応に気づいており、各々「笹野が可愛い」と思って、温かい眼になる。
「……勘助さまが……なんと……?」
たどたどしく笹野が水無月に尋ねる。
「当初の予定数では、追加としても足りないのでは、言いはりましてな。
これくらいの数でよかろう、と数字を足しはりましてん。」
「しかしこれでは逆に多すぎるのでは?」
「”足りないより余る方がええやろ”と言うとりましたな。いやあ豪気なお方ですなあ。」
水無月の言葉を聞いていた笹野は、
「……勘助さまらしい…………」
と、はにかみながら呟いた。
愛しそうに納品書の数字部分を指でなぞる。
と、ここで”皐月とアヤメ”がニヤニヤしながら自分に視線を送っているコトにハッと気づき、気恥ずかしくなった笹野は、わざとらしく咳払いをし、調子を取り戻した。
「だがそうなると、この金額では安すぎないか? 商品量に見合っていない。」
真面目な表情に戻りながら、笹野は水無月に確認する。
「いえ、帆風商会はこの金額で問題ありません。」
「しかし、理由もなく損をさせるわけにはいかない。
もしお役所相手だと気を遣っていたり、賄賂のつもりならそれは見当違いだ。此度の注文は仕事で領収書を切るのではなく、私個人が費用を出している個人的な注文なのだからな。」
と生真面目な笹野は水無月にそう告げた。
もし、そこらの商人がへらへらと、ありもしない皮算用を立て、笹野に、ひいては街奉行に取り入ろうと、余計な企てで安く請求をしていたのだったら、ここでグッと詰まっただろう。焦って言い訳を始める場面だっただろう。
が、水無月は涼しい顔で平静に応えた。
「それは重々承知しとりますわ。街奉行さまにも言われておりますしな。忖度なんてしとりませんで、こっちは。」
「なら何故?」
「まあご挨拶料金とでも言いましょか。」
ん? と笹野が眉を顰めた。
「今後はこの帆風商会をご贔屓に、と。」
と水無月はさらっと言った。
「……さっきも言ったが念推ししておこう。此度の注文は町方の仕事としてではないぞ?」
「分かっとります。」
「では媚を売ってどうする?」
笹野が厳しい表情で水無月を見据える。
それを受け、水無月は笑みを浮かべ笹野に右手を開いて突きだした。言ってみれば五指全部で笹野を指差したのだ。
「あんさん個人に挨拶しとりますねん。」
「私に?」
笹野は首を捻る。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、とあるが、街奉行所御用達になるべく、まずは一役人から落とそうという算段の意だろうか。
と考えていた笹野だったが、目の前の商人の次の言葉は予想外だった。
水無月は笑みを浮かべながら首を動かす。笹野はそれに気づき、彼女の視線を追った。
「妹分が世話になっとる方や。姉貴分も仲良くしたい言うんは図々しいですか?」
水無月は皐月を見ながらそう口にした。
「……」
笹野は同様に皐月を見ながら驚いた感情を抱いた。
商人とは何を置いても打算で動くものだという思い込みがあった。何か動いたとしても、その裏には必ず金や利益といった得を得る為の目的が隠されている。そう思っていた。
だからこそ、「皐月が理由だ」という彼女の言葉に大変驚かされた。
”皐月が世話になっている、いつもありがとう”
”私も貴女と仲良くなりたい。”
まさかそんな感情的な理由だとは思いもしなかった。
ショックから舞い戻った笹野は水無月に向き合い、発言する。
「個人的には大変好ましい理由だ。」
「ほなら良かったわ。」
笹野は笑みを浮かべ、水無月も釣られて笑みを濃くする。
笹野は納得したため、借りたボールペンで受取書にサインを入れ、それを水無月に手渡した。
「確かに。」
水無月は受け取った紙を丁寧に畳んで懐にしまうと、笹野に右手を差し出す。握手だ。
「ウチとも仲良くしてくれますか?」
笹野は笑みのまま、その手を取る。
「勿論だ。」
ギュッと握手を交わすふたり。
「おおきに同心さん。今後ともご贔屓に!」
「こちらこそ宜しく頼む。」
その様子を見守っていたアヤメが笑顔で発言する。
「水無月さんいい人ですねえ! 良かったです♪」
が、そう口にするアヤメの隣、
皐月は浮かない表情でその光景を見守っていた。
「(やっぱり心配だな笹野さん。
あんなコロッと騙されちゃって……)」
さて、皐月の言葉(独白)の真意は...?




