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其の4「皐月の愛と覚悟の有無」

お待たせしました、投稿致します。

今回は香里視点の話。



「(一体どうすればいいんだろう……)」



 少女、香里は暗い表情で溜め息を溢しながら落ち込んでいた。


 明るく賑わう楽しい川原でのBBQ。

 その会場で、人の輪から少し離れた位置の椅子に腰掛け、香里は一人その場にそぐわないブルーなオーラを醸し出していた。




ーーーーーーーーーーーー




 きっかけは些細なコトだった。


 ふと気づいたとき、それまでコンロの傍で食事をしていた皐月とアヤメが、食事の皿をテーブルに置いたまま何処かに消えてしまっていたのだ。


 トイレか何かかと最初は思ったのだが、目を向けると、少し離れた所で二人が話している姿を見つける香里。


 飲み物でも差し入れしようと思い立った彼女は、お盆にコップをふたつ載せ、二人の元へと歩み出したのだった。


 近づくにつれ、聞き取り辛いが二人の声が耳に届く。


 声を掛けようと口を開いた香里だったが、聞こえてきた皐月の言葉に声を呑み込んでしまった。






 

「アヤメの側からすれば、突然に心の準備とか覚悟もなしに大きな秘密を、アタシから一方的に押し付けられたんだ。


 大きな秘密をある日突然抱え込ませられたら不安になる可能性がある……


 アタシはその可能性を全く考えてなかった。」



 


 真剣な声でアヤメに話しかける皐月の言葉。

 香里はすぐ、内容にピンと来て、慌てて背を向ける。



  ――ヒーローについての話をしている。



 先日の誘拐事件の折、思いがけず皐月が有名なヒーローであると知ってしまった香里だったが、皐月が隠すことに何か事情があるのだろうと思った香里は、この二週間、アヤメにも「知ってしまった」という事実を話せずにおり、表向き何も知らないフリを装っていた。


 聞いては不味い、と思った香里は、その場を離れようとしたのだが、




「だからそれをアヤメに謝りたかったんだ。」




 皐月がアヤメに対し、謝罪を口にしていたコトを不思議に感じた香里は無意識に立ち止まってしまった。


 てっきり改めて説明を兼ねて口止めをしている場面なのかと思ったのだが、どうやら想像とは違うようである。


 何故皐月は謝っているのか。

 何を皐月は謝っているのか。


 香里はそれに興味を覚えてしまった。


 その意味を知りたい、と思ってしまった。



 幸い、皐月の座る位置は香里に背を向ける角度であったし、相対して話を聞いていたアヤメからも皐月の身体が壁代わりとなっていたため、ふたりは香里に気がついていなかった。


 まあ本来の皐月の気配察知力なら気づいて然るべきだったのだが、このとき皐月はアヤメに嫌われる覚悟で話をするのでいっぱいいっぱいであったため、香里の存在には気づけなかったワケである。



 香里は二人に気づかれぬよう、かつ二人の話が聞こえるように、何処か物陰を探す。


 ここが河原だったコトが幸いだった。

乗り上げられた小舟があり、香里はその船体の陰に身を隠すように近づいた。


 よおく見れば小舟の船体から香里の頭が出ていたのだが、話に集中していた皐月もアヤメも香里に気づくコトはなかった。


 飲み物を入れたコップをお盆ごと地面に下ろすと、香里は皐月の言葉に耳を傾ける。



「ごめんアヤメ……。


 弱い立場にいる市井の人間の心の在り方までアタシは配慮してなかった。


 アタシの行動は考え足らずだった。


 もし、これからの生活に不安を抱えるのなら、遠慮なくアタシと距離を取ってくれ。


 怖いのならアタシは極力近づかないように気を付ける。


 でも……


 それでもアタシはアヤメの身の大事を優先するからね。」



「(……この人は………)」


 話に耳を傾けていた香里はショックを隠せなかった。


 頭の中でアヤメに告げた皐月の言葉を反芻し、その意味に言葉を失っていた。


「(この人は……本当に心の底から、”誰かの幸せ”を願って、それを第一に考えているんですね。誰かの幸せのためなら、自分の現在(いま)の生活を手放すコトすら厭わない……)」



 ヒーローの事情は知らない。


 何故皐月はヒーローとして戦っているのか。



 何故正体を隠しているのか。




 何故そこまでして人々を守ろうとしているのか。


 

 正体を明かせば人々から今以上にチヤホヤされるであろうに。

 ヒーローであることを明かせば、今以上の権力を得て、地位を得て、富を得て、名声を得る……、そんなコトが可能なハズなのに、この人はそうしない。


 誘拐事件の折、権力を笠に着た北町奉行相手に、この人は「権力を振りかざすときは、使いどころを見極めなければ、いつの日かその権力に溺れ、やがて身を滅ぼすコトになる。」と語っていた。


 

 

 この人は……皐月というこの岡っ引きは、持っている権力で横暴に振る舞うコトも出来るのに、そうはしない。


 それこそこの場面、”ヒーローの権力を持って、強制的に秘密を守らせる”という強行策も行なえるであろうに、この人はそれをしない。


 それどころか、一方的に秘密を明かしてしまい、それを不安に、重荷に感じてしまうのなら、自ら身を引く、と告げた。頭を下げた。





 彼女の行動の底にあるのは”街の人への愛”。


 何よりも市井の民の笑顔と平和を第一に考え、それを守るために動いている。


 例え称賛の声が皐月自身が浴びなくとも。

 例えヒーローの手柄を皐月自身が得られなくとも。



 例え、自分の平和(日常)を失うコトを引き換えにしてでも……




「(それがこの人の……皐月さんの”愛”……)」

 



 おいそれと真似が出来ないものだ。


 母親が自身の子供に注ぐような、身の破滅と引き換えにしてでも貫くような”愛”を、この人は赤の他人のためにやれてしまっている。


 トカゲの事件の折も、先の誘拐事件の折も、この人は誰かの危機に颯爽と駆けつけ、ケガも怖れず、自らの命の危険も厭わず戦いに身を投じていた。


 ”誰かのために頑張れる人”とは思っていた。


 でもそれは、申し訳ないが、”岡っ引き”という職業に身を置き、”ヒーロー”という肩書きを背負っているからやれているところもあるのだと、僅かながら思っているところもあった。



 肩書きや職業に責任を持ち、誇りを持つ……



 それはそれで偉いコトだ。



 だが彼女は違う。皐月というこの人間は逆なのだ。



 ”誰かの幸せを守る”という根幹を元に動くのに、岡っ引きという職が適していて、ヒーローというチカラが役に立っている――



 この人は、ヒーローという生き方を貫いているのだ。



 凄いと思った。何故そこまで出来るのか、と思った。


 果たしてただの田舎者の自分にそんなコトが真似出来るのか、と香里は思った。



 

 が、同時に香里は思う。




 街の幸せは皐月が守っているけど、皐月の平和は誰が守るのだろう……と。


 この人の平穏は誰が守ってくれるのだろうか。


 誰かの平和を守り、誰かを笑顔にするために戦うこの人の笑顔は、誰が守っているのだろうか。



「……………小町さん。」


 アヤメが口を開いた。




 香里はここまで考えて、怖くなってしまった。



 もしアヤメが皐月を拒絶してしまったら?



 皐月はそれで構わない、とアヤメに告げた。それでアヤメが笑顔で生活出来るのなら、皐月は身を引くと告げていた。


 けれどそうなってしまったら、皐月の笑顔は失われてしまうのではないだろうか。



 月見亭であの日、自身を交えた三人で、食堂で笑顔で恋愛を語ったあの光景は、もう二度と訪れなくなってしまうだろう。


 

「(アヤメさん……)」



 香里は目を閉じ、祈ってしまう。


 願わくば皐月を拒絶しないで欲しい。


 誰かの平和を願うこの人から、笑顔を奪わないで欲しい。



 そう祈りながら、香里はアヤメの言葉を目を固く閉じながら待った。











       「重いです。」









 全く予想外なアヤメの回答に、香里は思わずズッコケてしまう。


 こっそり伺ったアヤメの表情は呆れ顔だった。



「話が重いですよぉ。なんで小町さんの秘密をひとつ知っちゃったくらいで、私が小町さんと一生縁を切るような話になっちゃうんですかあ。」


 いつもと変わらぬ態度、表情、口調で話すアヤメの態度に、身構えていた香里は面食らい、動揺してしまう。


「あ……いや、ダイアレスターはだな……」


 それはアヤメと面と向かって話していた皐月も同様のようで、背を向けていた彼女の表情は伺い知れなかったが、声でそれは判断出来た。


「この町のヒーローで、私の友達……でしょ?」


 アヤメがあっさりと皐月に告げていた。


 その様子に、香里は笑みを溢す。



 皐月の、ヒーローの笑顔はこれで失われない。


 何年来の友なのかは聞いてはいないが、長い付き合いの心許す友が、そう、それこそ”ヒーローの正体(自らの重要な秘密)”を打ち明けても構わないと思えるくらい皐月が心を許す友が、変わらず友達だと笑顔で宣言したのだ。


 昨日今日の浅い付き合いの自分なんかの言葉よりも、皐月にはよっぽど効果がある。と香里は胸を撫で下ろした。







「……命、狙われる可能性が生まれたんだぞ。」

「(……え?)」


 アヤメの回答にホッとしたのも束の間、


 皐月の真面目な雰囲気で紡ぎ出される言葉に、香里の心に動揺が走る。



「(……命?

 命の危険………?)」


 考えていなかった可能性を突きつけられ、香里は身体中からドッと汗が吹き上がるのを感じる。






「普段、私が黙ってて、秘密を知ってる、って気づかれなければ、狙われないですよぉ。」


「……それでも、何処からか思いもかけないトコロから悪党は情報を手に入れて、アヤメを人質にするかもしれない……」


「それはヒーローの友達だからですか?


 だったら秘密を知ってようが知ってまいが、元から狙われる可能性があるコトに変わりはありません。」


 

 単純に正体を知ってしまった云々の話だけではなかったのか、と香里は改めて悟る。


 ヒーローの正体を知るコトは、世に蔓延る悪党に命が狙われる危険性がある、というコトだったのか、と香里は気づく。



 そしてその可能性をも加味して、それでも”自分は皐月の友達だ”とアヤメは宣言したのか、と香里は改めて驚かされた。






「私は元から小町さん……」


 見ればアヤメは笑顔で皐月を見据え、彼女に手を差し伸べていた。



「ヒーローではなく、

 岡っ引き小町、皐月さんの友達だからです。」


 

 友達……。

 アヤメが口にしたこの言葉が香里の耳に強く残る。



「……アタシと付き合ってたら、危険に身を置く場面も味わうコトになるかもしれないんだぞ……。」


 皐月は差し伸べられたアヤメの手を取ろうとせず、躊躇しているように見受けられた。


「何も知らずに付き合うコトと、知ってからも付き合うのはやっぱり違う……」


 皐月の躊躇いも解る。


「うーん……」


 アヤメは一度、差し伸べた手を引っ込め、その手を自らの頬に当てると、わざとらしく視線を空に向け、眉をしかめながら、唸り声を上げていた。


「小町さんは人と友達付き合いをするとき、損得で相手や付き合い方を選ぶんですか?」


「……いや。」


「私もですよ。

 私は小町さんと友達でいたいです。

 今までも、現在(いま)も、そしてこれからも……」


 ふふっ、とアヤメは嬉しそうに笑っている。




 

 後にして思えば、このあとアヤメが口にしたこの言葉――――






 この言葉を受けたコトが少女、先崎香里の運命を決めたのかもしれない―――








「たしかに”()()”とか、”()()()”とかはなかったですし、ないまま秘密を知っちゃいましたけど――」


 アヤメの言葉を聞いた香里の眼が見開かれる。



「(……覚悟……………)」



 ”覚悟”と”心構え”……


 思いがけず重大な秘密を知ってしまった香里だったが、確かにこうしていろいろ考えてしまっているのは、自身に”皐月の秘密を知る”という心構えと、秘密を共有する覚悟がなかったせいだ、と納得していた。


 自身にはそれが欠けていたと気づかされた。



「ひとつだけ間違いないコトがあります。」


 アヤメが言葉を続ける。


「それは秘密を知る以前(まえ)以後(あと)でも変わらないコト……







 私が小町さんを信じている、っていうコトです。」



 ああ……自分とアヤメは違う、と香里は思った。


 そもそも培ってきた時間、友情を育んできた時間が違うのだ。


 自身とアヤメでは、皐月と接してきて、共有してきた絆が違う。


 たしかにアヤメには、秘密を知った当初、”心構え”も”覚悟”もなかったであろう。

 しかしそれらがなくても、アヤメにはひとつ揺るがない物があった。


 それは皐月への信頼。


 皐月が相手であれば間違いはない、という強い信頼。何も怖くはない、という皐月の人柄を知った上で彼女を頼れる強い信頼……。



 長い時間を掛けて育んできたであろう信頼(それ)が、”覚悟”を補って余りある力となってアヤメを支えていた。






 香里も皐月のコトは信じている。

 皐月が紡ぎ出す言葉、考え、そして滲み出る人間性……何故かは分からないが、彼女の醸し出すものは香里を惹き付け、そして納得させる。


 けれどそれはほぼ直感に等しい。


 皐月の人と成りをまだ何も詳しく知らない香里は、彼女に全てを委ねるコトが出来るほど皐月のコトを知らない。



 そう、香里はまだ、皐月を知らない。


 皐月のコトを知らない。



 そんな自分が”覚悟”もなく、”心構え”もせずに彼女の秘密を知った。


 これらを補えるほどの絆も培わぬうちに、だ。



 また、皐月も香里のコトを知らない。


 まだよく知らない相手に皐月はどう心を開く?


 自分が皐月にしてやれるコトは少ないし、また皐月のコトを詳しく知らない自分がやれるコトが、果たしてどれほど皐月の心に影響力をあたえられるのか。


 


 

「貴女が私の友達で、貴女が私を信じてくれてるように、私も貴女のコトを信じている、というコトです。」


 先崎香里は皐月にとってなんなのか、どういう存在なのか。


 友? 知人? 知り合い? ただの顔見知り?



 視線を巡らせれば、再びアヤメは座ったままの皐月に向け、手を差し伸べていた。



 現在(いま)、もし仮に、アヤメと同じ状況に置かれ、自分がアヤメと同様の台詞を口にしたとして、それは果たして、アヤメと同じくらいの重さで意味を伝えられるのか、皐月は同じくらいの気持ちで受け止めてくれるのか。



「なにかあったら、助けてくれるんですよね?」


 と良い笑顔で皐月に尋ねるアヤメ。


「勿論さ。」


「良かった。だったら何も不安はありませんよ?何も変わりません。」


「……そうか。」


「はい。変わりません。」


「…………そっか。」


 そう口にした皐月はようやくアヤメの手を取り、そのまま立ち上がった。


「ありがとうアヤメ。」



 そこまで見届けた香里は、やがてその場を音を立てないようにこっそりと立ち去った。



「(覚悟……

 知る覚悟……受け入れる覚悟……か。)」




 覚悟もなくヒーローの秘密を知ってしまい、秘密の話を盗み聞きしてしまった。



 それら自体に後悔はない。


 それらは全て、香里自身が自ら決断して、自らが行動して行なったコトだ。納得しているコトだ。


 やらなければ良かった、とか知らなければ良かった、といった感情は浮かびはしない。



 彼女は思う。


 

 彼女の頭を現在(いま)占める事柄は後悔ではなく迷いだ。


 現在(いま)、自分はどうすればいいのか。

 ここまで頑張る皐月のために、自分はどうすればいいのか。

 彼女に何をしてやれるのか、どうすれば力になれるのか。



 自分は現在(いま)、どういう行動を、態度をとればいいのか……


「(……一体どうすればいいのだろう。)」



 秘密を知ってしまった彼女は、誰かに気軽に相談も出来ず、ただただ重い溜め息を溢すのが精一杯だった。






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