其の3「皐月の謝罪とアヤメの宣言」
大変お待たせ致しましたm(_ _;)m
ようやく書き上がりましたので投稿させていただきます。
「聞いてくれるかい? アタシの謝罪を……」
そう切り出した皐月の表情は少し暗い。
笑って見せてはいるが、見ようによっては今にも泣き出しそうな顔にも見えた。
アヤメはどうしたんだろう、と少しばかり動揺しながらも、黙って皐月の顔を凝視する。
「…………まずはアヤメ。約束、守ってくれてありがとうな。香里にもお美代さんにも……誰にも喋らないでいてくれて。」
主語がなかったのは周りの人間に内容を悟らせないためだろう。アヤメはすぐに皐月が何に対する礼の言葉を述べているのかを察した。
ヒーローの正体を隠しているコトに対する礼を皐月は述べているのだと分かったのだ。
「……当たり前ですよ。命の恩人の願いなんですから。黙っててくれ、と頼まれたら、この志賀アヤメ、秘密は墓まで持っていく所存です。」
アヤメはドヤ顔を浮かべ、トングを持った手でトンッと自身の胸を叩いて見せた。
えっへん! っと得意気になるアヤメの様子を目の当たりにして、しかし皐月の表情の影が濃くなる。
翁からあのお説教を受ける以前の、能天気な心持ちでいた皐月なら、今の言葉に何も考えずに喜んでいられただろう。
だが、現在の皐月は、アヤメのこの発言を受け、辛くなってしまう。
「……アヤメ。秘密を抱えて辛くはないかい?」
「え……?」
自身の秘密順守宣言を受け、てっきり喜んでくれると思っていたアヤメは、皐月の思わぬ反応に困惑してしまう。
「ヒーローの上司に怒られたんだよ。安易に正体を一般人にバラすな、って。」
皐月の言葉にアヤメは小首を捻る。
「でもそれは小町さんが私を信用してくれたからですよね? 秘密をバラさないヤツだ、って。」
私、小町さんに信じて貰えたんだ、って嬉しかったんですよ~。とアヤメは続ける。
笑顔で答えるアヤメの顔をやはり笑顔で見つめる皐月。
が、ともに”笑顔”という単語で表せる表情でありはしたが、同じ”笑顔”と名のつくふたりの顔色は温度差が激しい。
片や照れも含まれる心からの満面の”笑顔”。
片や口角は上がってはいるものの、眉は潜み、憂いを見せる”苦笑”。
苦く、苦しい思いを内に見せ、それでもなんとか笑って見せる取り繕った表情。
皐月はそんな顔で、笑顔を浮かべるアヤメ相手に言葉を紡ぐ。
「ああ。アヤメのコトは信用してるし、信頼してる。信じてるから秘密を明かしたよ。
けど同時に考えが足りなかった、って後になって気づかされてね……」
「……どういうコトですか?」
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皐月の言葉の真意を詳しく聞くため、アヤメは人が集まり談笑を続けるコンロから離れ、皐月を誘い人の輪から少し離れた位置にやって来た。
ここなら込み入ったヒーローの話を口にしても他人の耳には入らないだろう。
ちょうどいい大きさの岩にふたりはそれぞれ腰掛け、向かい合うようにして座った皐月とアヤメは話を再開する。
先に口を開いたのは皐月。
「……アヤメ。自分を思い詰めたり、必要以上に物事を重く受け止めないでくれよ?」
そう口火を切った皐月は、アヤメに自身の上司である”翁”という人物から貰ったお説教の内容を端的に説明する。
覚悟もなしにアヤメに、一方的に機密事項を教えてしまったコト。その秘密の重さにアヤメが心を病んでしまったらどうするんだ、と叱られたコト―――
それらをアヤメに伝え、皐月は改めて「自分が浅慮だった、申し訳ない」と謝罪を口にした。
「……確かにヒーローの正体は隠すべきモンだ。ヒーローのチカラや秘密を狙ってくる悪いヤツは存在してるからね。
アヤメは秘密を言いふらすようなコトはしない、って知ってるし、信じてるけど……」
皐月はここで一度区切り、アヤメの顔を見て続きを口にした。
「……本当に自分の身がヤバイ、と思ったらバラしてくれていいからな。」
ダイアレスターの正体よりも、アヤメの身と心の平穏が優先だ、と皐月は口にした。
「悪いヤツに捕まって、言わなきゃ殺される、とか、貞操の危機に晒される、とか……
……もっと言えば、ただ秘密を抱えてるのが辛くなった、っていうそんな理由でもいいさ。
アタシの秘密よりも、まず自分の身を優先させてくれ。」
「小町さん……」
誰にも言わないでくれ、とアヤメにお願いしたのは自分だ。だが、そのためにアヤメの身に危険が迫るコトも、秘密を抱え、黙っているコトで心が病んでしまうコトも皐月の本意ではない。
確かにヒーローの正体は迂闊にバラされては困るが、”命より大事”なモノではないのだ。何よりも優先されるべきは人の命だ。
命と天秤にかけて、命よりも優先されるモノなどではない。
だから最悪の場合はバラしてしまって構わない、と皐月はアヤメに告げる。
「アヤメの側からすれば、突然に心の準備とか覚悟もなしに大きな秘密を、アタシから一方的に押し付けられたんだ。
大きな秘密をある日突然抱え込ませられたら不安になる可能性がある……
アタシはその可能性を全く考えてなかった。」
本来ヒーローとはチカラ無き市井の民の希望であり、生きる糧。その存在があるから生きてゆける、自分達にはヒーローがいてくれる。と思わせる存在でなくてはならない。
皐月はそう思っているし、そう振る舞うべきだと心掛けている。
第1幕において皐月が敵の忍者の唐丸に”名乗りの意味”を説いた折にそういった旨を口にしたが、
「見ている者に希望と安心感を与える存在」であるべきヒーローが、「不安と恐怖を与え」てはいけない、と翁に気づかされた。
「だからそれをアヤメに謝りたかったんだ。」
だから皐月は謝罪を口にしたのだった。
「ごめんアヤメ……。
弱い立場にいる市井の人間の心の在り方までアタシは配慮してなかった。
アタシの行動は考え足らずだった。
もし、これからの生活に不安を抱えるのなら、遠慮なくアタシと距離を取ってくれ。
怖いのならアタシは極力近づかないように気を付ける。」
アヤメの身が、心が最優先だと、皐月は考え、アヤメが望むのなら距離を取る、と宣言した。
本当はアヤメとは離れたくない。
しかしヒーローの存在が彼女に取って負担になってしまうのなら。
皐月がいるコトで、アヤメの生活、人生に支障が出てしまうのなら……。
皐月は身を引こう、と口にした。
「でも……」
皐月は最後にこう続ける。
「それでもアタシはアヤメの身の大事を優先するからね。」
例え嫌われても、自分はアヤメを守るから、と、その意思を口にしたのだった。
黙って皐月の言葉をずっと真剣に聞いていたアヤメ。
「……」
最後は俯き、アヤメは地面を見ていたため、皐月からは彼女の表情は窺い知れなかった。
怒っているのか、不安な表情を抱いているのか。
あるいはアヤメはここまで深く考えていなかった可能性も高い。皐月が、あるいは弥生がそこまで深刻に捉えていなかったように。
もしや皐月に説明され、初めてアヤメもコトの重大さ、秘密の深刻さに気づき、顔を青くしているのかもしれない……。
絶交されても文句は言えないな……
皐月は内心自嘲し、それでもアヤメを守る決意は変えない、と強く思う。
「……………小町さん。」
アヤメが口を開いた。
どんな言葉が彼女の口から飛び出すか、身構える皐月。
「重いです。」
そう喋りながらこちらに見せたアヤメの表情は呆れ顔だった。
「話が重いですよぉ。なんで小町さんの秘密をひとつ知っちゃったくらいで、私が小町さんと一生縁を切るような話になっちゃうんですかあ。」
いつもと変わらぬ態度、表情、口調で話すアヤメの態度に、身構えていた皐月は面食らい、動揺してしまう。
「あ……いや、ダイアレスターはだな……」
「この町のヒーローで、私の友達……でしょ?」
アワアワと焦りを見せる皐月に、アヤメは何でもないコトのように話してみせる。
「……命、狙われる可能性が生まれたんだぞ。」
「普段、私が黙ってて、秘密を知ってる、って気づかれなければ、狙われないですよぉ。」
「……それでも、何処からか思いもかけないトコロから悪党は情報を手に入れて、アヤメを人質にするかもしれない……」
「それはヒーローの友達だからですか?」
真剣に問いかける皐月の口調に対しても、アヤメは変わらない普通の態度で淡々と言葉を返していく。
「だったら秘密を知ってようが知ってまいが、元から狙われる可能性があるコトに変わりはありません。」
腰かけている岩から立ち上がり、座っている皐月に歩み寄るアヤメ。
「アタシは元から小町さん……」
笑顔で皐月を見据え、手を差し伸べるアヤメ。
「ヒーローではなく、
岡っ引き小町、皐月さんの友達だからです。」
今までと何も変わりません、とアヤメは軽く返す。
皐月は呆然と差し伸べられた手を見つめ、地面に一度視線を落とし、眉をひそめる。
そして顔をしかめながら、アヤメの顔を見る。
「……アタシと付き合ってたら、危険に身を置く場面も味わうコトになるかもしれないんだぞ……。」
ここまで口にした皐月は再び視線をアヤメから逸らす。
「何も知らずに付き合うコトと、知ってからも付き合うのはやっぱり違う……」
「うーん……」
アヤメは一度、差し伸べた手を引っ込め、その手を自らの頬に当てると、わざとらしく視線を空に向け、眉をしかめながら、唸り声を上げた。
「小町さんは人と友達付き合いをするとき、損得で相手や付き合い方を選ぶんですか?」
「……いや。」
「私もですよ。
私は小町さんと友達でいたいです。
今までも、現在も、そしてこれからも……」
ふふっ、とアヤメは嬉しそうに笑う。
「たしかに”覚悟”とか、”心構え”とかはなかったですし、ないまま秘密を知っちゃいましたけど、ひとつだけ間違いないコトがあります。」
それは秘密を知る以前と以後でも変わらないコト、とアヤメは前振りをして続ける。
「私が小町さんを信じている、っていうコトです。
貴女が私の友達で、貴女が私を信じてくれてるように、私も貴女のコトを信じている、というコトです。」
再びアヤメは座ったままの皐月に向け、手を差し伸べる。
「なにかあったら、助けてくれるんですよね?」
と良い笑顔で皐月に尋ねるアヤメ。
「勿論さ。」
「良かった。だったら何も不安はありませんよ?何も変わりません。」
「……そうか。」
「はい。変わりません。」
「…………そっか。」
そう口にした皐月はようやくアヤメの手を取り、そのまま立ち上がった。
「ありがとうアヤメ。」
秘密を知って、もしかしたらいままでと違い、危険に晒される可能性が否めなくなっても、この娘は自身と友達でいてくれる、と宣言してくれた。
皐月はそれが何よりもありがたく感じ、短い言葉ながらも、感謝の言葉を口にする。
どういたしまして、と笑顔で返すアヤメ。
「でもなんかあったらホント助けて下さいね? 私ホント弱いですから。」
皐月が立ち上がった後、手を離しながらそう口にするアヤメ。
その顔の笑顔は若干力なく弱々しい。不安が全くないワケではないのだろう。
「アヤメは充分強いよ。」
「?」
皐月の言葉の意図が解らず首を捻るアヤメ。
「こういう場合は”心が強い”って言った方が正しいな。」
縁を切られても仕方がない、と覚悟していた。だがこの市井の少女は、変わらずに自分と友達だと答えてくれた。
「……まあ、心がタフじゃないと、いい男をゲット出来ませんからね。」
ここで”男”を絡めてくるのが実に彼女らしい、と皐月は思わず笑ってしまう。
「なんだっけ? 心が強い、っていう意味の言葉……
そう、”強か”だったか。」
凄いよアヤメは、という意を込めて、皐月はアヤメを誉めた。
……誉めたつもりだった。
「うーん……」
が、その言葉を受けたアヤメは、眉を顰め、唸る。
「”心が強い女”って言われるのはいいですけど、”強かな女”って言われるのはちょっと……」
「誉め言葉じゃないか。」
「……小町さんはもうちょっと”女心”を学んだ方がいいですね。」
そう呟いたアヤメは足早に、賑わう人々の輪の方へ歩み出していく。
それを聞いた皐月は苦笑を浮かべる。
苦笑と表現されたこの表情だが、先程までとはうって変わり、ここに辛く苦しい意図は含まれない。
この苦い笑みには温かなものが感じ取れた。
「……”心”は全般的に苦手だよ。」
肩をすくめ、皐月は先を歩く”友達”を追って自身も歩き出したのだった。
作者「皐月さん、重いです。」
もっと明るい展開とか熱い展開を書きたい。
まあ構想通りなら、このやり取りが第3幕のクライマックスで活きるハズなので、なんとか...(汗)




