其の5「第一印象」
ヒロイン登場です。
「天下の往来で何やってんだい。」
不機嫌なトーンの声で皐月は男に向かって声を掛ける。
「あん? うるせえな、今 大事なトコロ……
げえ!! 岡っ引き小町!!!」
どうやらこのナンパ男、皐月の顔を知っていたようだ。
声を掛けてきたのが、ケンカを売ってはならない人間だと途中で気づき、慌てて掴んでいた少女の手を離すと、
交戦の意思はありません。
とばかりに、そのまま両手を肩の位置まで挙げ、両掌を皐月に向けてきた。
降参ポーズである。
”アタシをなんだと思ってるんだい”
顔を見れば誰彼構わず殴りかかる、暴力女とでも思っているのか……
あるいは、自分にやましい心があった、と自覚しているコトから取った自衛行動なのか……
願わくば後者であって欲しい、
と、皐月がやや呆れたように考え込んでいると、
黙りこんでいる皐月を、自分をどう料理しようか考え込んでいるとでも勘違いしたか、
男は勝手に慌てて言い訳を口にし始めた。
「いや、違うんだって!
このお嬢さんが泊まれる宿を探してる、ってんだから案内してやろうと親切心で声 掛けただけなんだって!!
別に俺にやましい気持ちとか下心なんか……」
「あー……もう分かったから、とりあえず落ち着け。」
早口でまくしたてるように喋る男の姿に、
”こいつは犯罪とか起こせる度量はねえわ”
と、察した皐月は、男の必死の言い訳を中断させて溜め息をつく。
「あのな、ナンパ男。
親切心は大いに結構だが、強引に、ってのは良くないね。
ましてや相手はオエドタウンの右も左も分かってない余所からのお客さんだ。
対応ひとつで、このオエドタウンの印象が変わっちまうだろうが。」
こめかみに指を当て、もう一度溜め息をつく皐月。
「ナンパ男。 アンタ、名前は?」
男の顔を見据え、男の眼を見て問いかける。
「……末吉。」
少女をナンパしていた時の元気は完全に失せている。
消え入りそうな声で、名乗る男。
「末吉、覚えておきな?
余所から来たお客さんはな、その土地で最初に出会った住んでいる人間で、その町の印象を決める。
親切な人間に声を掛けられれば、そこは温かい土地だ、って思ってくれるし、
乱暴に振る舞われれば、暴力的な、粗野な土地だと思っちまう。
アンタの振る舞いひとつで、彼女のこのオエドタウンに対する印象が変わっちまうんだ。」
諭すように話しかける皐月。
皐月の口にする言葉を聞こう、聞こうとする姿勢を見せるこの男は、根は悪い人間ではないのだろう。
「アンタはこのオエドタウンが、自分勝手なヤツの巣窟だって宣伝したいのかい?」
「いや、俺はそんなつもりは…」
どうやら悪いコトをしたかも、という自覚はわいたようだ。
ならこの男は解放して問題なかろう。
けど、時期が時期だ。
自分も一瞬勘違いしかけたコトもある。
少し釘を刺しておこう。
「余所からのお客さん相手だから、ってだけじゃなく、普段から誰相手でも立ち振舞いに気を付けな。
女性のお客さんの前で言いたくないが、今 この町では女性の誘拐事件が起こってる。
アタシゃ、アンタがその犯人かと疑いそうになったからね。」
「げ!! 違う、違う! 違う!!」
慌てて首も両手も振り否定するナンパ男。
この反応なら間違いなくシロだろう、きっと。
「気を付けな、って話さ。
疑われる態度を取ってみな?
アタシは勿論、奉行所のこわーい女同心が引っ立てにくるからね、肝に銘じな。」
「う……分かったよ。」
思わぬトコロで話題に出された笹野。
今ごろ何処かでくしゃみでもしているだろうか。
「親切心で声を掛けた、っていうアンタの言葉を信じる。
迷惑掛けて怖い思いさせたんだ、そこのお嬢さんに謝罪しな。
きちんと頭下げたら行っていいよ。」
男、末吉は反省したようだ。
相手のお嬢さんにきちんと”悪かった、すまない”と頭を下げていた。
相手の少女も”いえ、もう分かりましたから。”と末吉を許したようである。
男は何度も頭を下げ、その場を去っていった。
話せば分かってくれるヤツもいる。
が、しかしそれは、心根が悪くないヤツに限られるだろう。
自分が追うトカゲ案件も、笹野が追う誘拐事件も恐らく話し合いで解決出来る事象ではあるまい。
綺麗事では済まないコトがある。
そして時には暴力で解決しなければならないコトがある。
分かってはいるが、遣りきれない、割り切れないものだ。
願わくば、”オエドタウンは、トラブルが全て話し合いで解決出来る。”
そんな人物で成り立つ町になって欲しいものだ。
そんな夢物語に思いを馳せ、
………叶わぬ理想である、と皐月は苦笑するのだった。
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「あの。」
その声は空想の世界に浸っていた皐月を、現実の世界に引き戻す。
「助けてくれて、ありがとうございます。
ごめんなさい、お手を煩わせてしまって…」
皐月に声を掛けてきたのは、ナンパ男、末吉が絡んでいた相手の少女だった。
「いや、気にしなくていいよ。
これも仕事のうち………」
仕事のうちだから………
そう口にしようとした皐月だったが、ふとやめる。
岡っ引きの業務だから助けた。
仕事だから、事務的に助けた。
この言葉だと、こんな冷たい印象で伝わってしまう。
自分の行動は、思いっきり感情が入った行為だ。
機械的に処理しようとしたワケじゃない。
自分は機械ではなく、人なのだから。
だが、同時にあることに気づく。
”自分はこの少女を助けたのか?”と。
少女を助けるため、というよりも、
オエドタウンの土地の者、身内が余所者に恥を晒さないように諭そうとした…
困っている少女のためでなく、オエドタウンの風評のため、
……言ってみれば、自分のための行動だったのではなかろうか。
現に自分は、話しかけられるまで、この少女を意識して見ていなかった。
末吉の背景のようにしか感じていなかった。
そのことに気づき、皐月は自分が恥ずかしくなり、
と同時に、少女に申し訳ない気持ちでいっぱいとなり、
謝罪を口にした。
「……ごめん。」
少女からすれば、突然相手から謝られた形となる。
何か自分は頭を下げられるようなコトをされただろうか。
むしろたった今、助けられたばかりではないか。
何に対する謝罪なのか分からない少女は首をかしげる。
「どうしたんですか?」
「……アタシ、アンタを助けたわけじゃなかった。
結果としてはそうなったけど、アンタを助けるために間に入ったわけじゃない、って気づいた。
だから謝った。」
どういうことだろう、と少女は皐月の言葉の続きを待つ。
「……ちょっといろいろあってさ、
アタシはこのオエドタウン、って町が嫌な町だ、って思われたくなかったんだ。
仕事柄、悪意を持つ人間と相対するコトが多いんだけどさ、今日はそれが立て続けだったもんで、ちょっと凹んでたみたいだ。
気のいい人間がたくさんいる町なのに、何故悪に走る輩が沢山存在するんだろう、って。
で、そこに追い討ちを掛けるように、余所様に迷惑を掛けんとするバカが現れた。
だからそれを止めたくて間に入ったんだ。
”この町は悪いヤツが蔓延してるわけじゃないんだよ”って。
”こんなバカのために、せっかく沢山存在しているいい人間が見られずに、イヤな人間しかいないって誤解されたくない”って。
”このオエドタウンは、いい町なんだ”って……
それが伝わらずに誤解されるのがイヤで、間に入った。」
皐月はうつむき、少女から眼を逸らす。
「そんな自分勝手な理由だった。
アタシは自分のエゴで動いた。
だからアンタに感謝されると苦しい。
……申し訳なかった。」
結果として困っている少女を助ける、という形にはなったが、皐月の行動はある意味、ナンパ男の末吉が取ったものと同じだった。
相手の事情や思惑を考えないで、自分の欲求を相手に押し付ける行動だった。
オエドタウンの人間は、自分のコトしか考えない人間ばかりの町……
そう思われても仕方がないな、
と、皐月は自嘲した。
「正直な方ですね。」
少女が口を開く。
「黙っていれば分からないのに、わざわざ考えてたコトを話してくださって、
さらにはそれを悔いて頭を下げる……
すごく正直でまっすぐです。」
皐月の視線は地面に向けられたままだ。
少女の顔を見る勇気がない。
彼女は一体、どんな表情をアタシに向けているのだろうか。
「でもそれは恥ずべきコトではないと私は思いますよ?」
その言葉に、皐月は驚き眼を見開く。
気づいたら、自然と少女の顔を見ていた。
「自分が住む土地を、町を誤解されたくないから、
間違った行動を取る仲間がいれば、それは注意をするものでしょう。
私は田舎者ですから、土地を愛する気持ちはよくわかります。
自分の故郷を愛して、自分の故郷に誇りをもって、自分の故郷の良いところを自慢したい。
ミズホ人なんですから、至極 当たり前の感情です。」
とても優しく、かつ、強い意思を宿した眼だ。
一本芯のようなものを持って生きている人間の眼だ。
皐月が持った、
少女の―――
香里への第一印象はこれだった。
「私を助けたことは結果論だった、って言いましたけど、それでもいいんじゃないですか?
大事なのは、何故動いたかよりも、どういう結果になったか……
…まあ理由が大事な時もありますけど、
今回は、結果として、一人の田舎者の女が助けられた。
貴女の思惑はともかく、貴女の行動で助かったんです。
儲けものじゃないですか。私からすればね。」
のちに皐月はこう語る。
初めて会ったときの、香里のこの表情は決して忘れない、と。
「伝わりましたよ、貴女のこの町への愛が。
”自分の町を誇りにしている人間がいる町”
それがこのオエドタウンなんですね。」
―――少女は優しく微笑んでいた。
続きである「其の6」は、昼13時頃に投稿致します。