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其の41「もうひとつの決着」

ついに彼女が駆けつけます。

そしてかの男に天誅を...!!

 場面は少し戻る。

 皐月が空を舞い、アレストアローからの一撃を放ち、矢車砲を破壊したあとだった。


 その光景を半壊したお堂の裏手、影から見つめる存在がいた。



「……矢車党はもうダメですね。

 やはり逃げるしかありません。逃げるしか……」



 オールバックにし、後ろで束ねた髪型。

 切れ長の目を眼鏡で覆う猫背の男。


 

 北町奉行、岩尾省吾である。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 岩尾は長らく腰を抜かし、呆然自失にかられていたが、矢車党の手下が全員、皐月に倒された時点で我に返っており、ボス自らが出陣した折りに、皆の意識から自身の存在が忘れ去られているコトを悟り、これ幸いと、戦場から身を隠していた。


 当初は隙を見てすぐに消えるつもりだったのだが、香里の思わぬ登場に驚き、加えてこの山間に囲まれた閉鎖空間からの唯一の脱出口である大鳥居にアヤメとともに居座られてしまったため、こっそりと逃げ出すコトが出来なくなった岩尾は、一先ずお堂の建物の裏手に息を殺して隠れるコトにした。



 他に脱出口はないかを考え、それがないコトを悟ると、香里とアヤメのいる大鳥居を強行突破するべきか、と悩む岩尾。


 どのタイミングで抜け出すか思案に入り、機会を窺っていた。


 だが、ボスが銛による攻防、突き合戦に負けたあと、少々風向きが変わる。


 

 あの腹立たしい香里(おんな)(と西洋服に身を包んだ女)にナイフを投擲し、生意気なヒーローにいっぱい喰わせ、自身が身を隠すお堂に駆け寄ってきたボス。


 ボスは建物の裏に隠れる岩尾には気づかず、そのまま建物の中に入っていってしまった。



 岩尾は矢車砲については何も聞いてはおらず、「籠城か」と内心ボスを蔑みながら、舌打ちをしたが、その後考えを改める。




 後を追って駆けつけたヒーローの小娘の呼び掛けを合図に、甲高い音と共にお堂の建物は揺れ、直後、内部から発せられた凄まじい衝撃でお堂は半壊した。


 岩尾は何が起きたか分からぬ恐怖で情けない悲鳴を上げながらその場にうずくまったが、幸いなことに岩尾の声は矢車砲のやかましい駆動音に掻き消され、ボスは勿論ヒーローの耳には届いていなかった。


 さらに言えば、半壊したお堂は、主に真正面と左右の壁の一部が吹っ飛ぶに留まり、岩尾が身を潜める裏手はさほど壊れずにいたため、岩尾は怪我を負わずに済んでいた。



 そして始まるボスの矢車砲による、ヒーロー相手の一方的な蹂躙劇。



 それまで逃げ出すコトばかり考えていた岩尾だったが、その光景に考えを一変。





    ”もしや勝てるのでは……?”




 圧倒的な矢車砲の威力に笑みを浮かべ、期待を寄せ始める岩尾。


 勝てばなんとでもなる。


 あのヒーローを材料に、奴隷商人にコンタクトを取り直し、手土産に香里(生意気女)アヤメ(西洋服女)を付け、交渉をする。


 失いかけた信用をなんとか上手い交渉で繋ぎ、矢車党に再び働いて貰い、場を納めれば、再び甘い汁を吸う生活を取り戻せる。


 逃げた女たちから岩尾(自身)と矢車党の悪事について訴えが出るかもしれないが、そんな物は登城している叔父上(後ろ楯)に泣きつけばどうとでも出来るし、最悪、矢車党に罪を全て擦り付けて矢車党を切ればいい。



 全てはここであのヒーローの小娘さえ倒せれば……


 そんな想像に走り、見えてきた自身の再生プランにほくそ笑む岩尾。







ーーーーーーーーーーーーーーーー




 全てはとらぬ狸の皮算用。


 絵に描いたモチ。




 ヒーローが放った光線で矢車砲が破壊され、頼みの綱であるボスが膝を折ったのを目にした岩尾は、敗北を悟り逆転を断念。


 逃げる主旨の台詞を口走り、ボスの立ち上がり(意地)を見届けずに、お堂をこっそりと離れた。



 ヒーローとボスの最後のやり取りに目もくれず、一目散に大鳥居を目指し駆けていく。



「(まだだ! まだ終わらん!!!

 私には叔父上という後ろ楯があるんだ!


 矢車党は破れ、奴隷商人とのパイプが切れても、北町奉行の地位は崩れん!!



 今までの美味しい思いは出来なくなるが、それもちょっとの間のこと!!!


 すぐに新しい旨味を手に入れ、悠々自適の生活に――――)」




 そんなコトを考えながら、額に汗をたらしつつ必死に駆ける岩尾。



 やがて息を切らせながら大鳥居に近づくと、


「! あなたは!!」


 その荒い息づかいを聞き取った香里が、岩尾の存在に気づき、表情を険しくしながら声をあげた。



 

 香里は柱から身をのりだし、両腕を大きく広げ、岩尾の進行を妨げるべく立ち塞がった。


 突然の香里の挙動に驚いたアヤメは、何事かと香里の視線の先に眼をやると、驚いた声を上げる。


「げっ!! 北町奉行!!!」


 岩尾は立ち塞がる香里の少し手前で立ち止まり、香里を睨み付ける。



「………どきなさい!! 小娘!!!」



 息を切らせながら岩尾は香里に怒鳴り付ける。

 鬼のようなその形相も相まって迫力は充分。アヤメは怯え、怯んでしまっていた。



 が、真正面で相対する香里は全く臆することなく、微動だにせず堂々としていた。



「どきません!」


 

 香里は怯まず、岩尾に叫ぶ。


 この男を逃がせば、ここまで頑張った皐月の頑張りが全て水泡に帰してしまうかもしれない。

 せっかく矢車党(悪党)を壊滅まで追い詰めたのだ、一点の曇りも、憂いも残したくなかった。


 ましてやこの男は元凶だ。逃がせばまたどんな悪事を働くことになるか分からない。また多くの女性をバカにし、道具のように扱い、多くの人間に涙を流させるコトになるかもしれない。



 香里はそう想いを込め、立ち塞がった。



「くっ!! 女が(わたし)の邪魔をするな!!!!


 ……どけええええええええ!!!!」



 岩尾が眼を血走らせながら叫び、大きく腕を振りかぶった。


 が、香里は岩尾がパンチを繰り出すモーションに入っても、それでも顔を背けたりせずに、険しい表情を崩さないまま岩尾を怒鳴り付けた。


「田舎者を舐めないでください!!!


 こんな拳!!

 山の熊の爪より貧弱です!!」






 








「ふむ。別に田舎の者を侮る気もないし、

 冬眠明けの凶暴な熊の爪に劣るというのは言う通りだがな――」



 岩尾のパンチが彼の者の上げる雄叫びとともに迫る中、香里の耳に第三者の声が届いた。

 

 それは女性の声。


 聞き覚えがあるその声に、誰の声だったか頭の中で記憶を照会し始めた香里だったが、思い出す前に自らの脇を素早く後ろから追い越す存在を感じた瞬間、現れたその長い黒髪と見覚えがある着物姿で声の正体に辿りついてしまった。


「あっ。」


 思わず声が香里の口から漏れる。



 刹那、現れた女性はパンチを放つ岩尾の右手首を素早く掴み、勢いを殺さず岩尾の身体の方向を巧みに変え、彼の足を払うと、掴んでいた手を離した。


「!? ……ぎゃん!!」


 岩尾は何が起こったか理解できないまま、気づけば空中を一回転して背中から地面に身体を叩きつけ、情けない声をあげた。


 

 一連の動作を一瞬で華麗に行なった人物。


 顔に掛かった長い髪を優雅に後ろに払い、後ろに顔を傾け、笑みを浮かべながら香里に語り掛ける。



「――香里くんだったな。心意気は買うが、こんなもののために君が傷を作るのは偲びないぞ。


 危ない真似は控えなさい。」



 その顔に、香里は笑顔で声を掛ける。


 

「同心さん!」



 現れたのは女同心、笹野兵衛 その人だった。



「つぅ……。同心ですって……?」


 受け身も取れず、もろに地面に叩きつけられ、強く背中を打った岩尾は、痛みに顔を歪ませながら、なんとか上半身を起こし、現れた人物の姿を確認する。



「南町奉行、大岡 備前上 勘助が配下。


 同心 笹野兵衛。」



 地面に仰向けに横たわる岩尾を見下ろしながら名乗る笹野。


「ちっ、あの偽善者の手駒か。

 しかもまた女………」


 不機嫌そうに呟く岩尾。

 その言葉に、笹野の眉がピクッと動く。



「……勘助さまが偽善者なら、さしずめ貴殿は名奉行なんでしょうなあ。

 多くの女を食い物にする事件の黒幕、脛かじりの北町奉行、岩尾 典人上 省吾殿。」


 その発言を受け、今度は岩尾の眉が動いた。


「笹野とか言ったな? ずいぶんな口を叩くじゃないか。たかが同心が。

 しかも女のくせに。」


 「…………。」



 笹野は今度は無表情でその発言を受ける。


 痛みに声をあげながら、岩尾は立ち上がると、邪悪な笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「いつつ……

 分かってるのか? お前は命令違反を犯してるんだぞ?


 いいか? 捜査中止命令が出てるのにノコノコお前はここに駆けつけた。

 大方あのヒーローの小娘辺りに聞いてこの場所を知ったんだろうが、それは失敗だ。

  


 お前は命令違反で解任だ!!!」

 



 尚も無表情で聞く笹野の態度に、岩尾は「終わった」と絶望を抱いてるんだろうと勝手に思い込み、へへへと愉快そうに笑った。



「女のくせにでしゃばるからクビを切られるんだよ!!!

 お前だけじゃなく、大岡も! 南町奉行所も!!



 お前のせいで壊滅だ!!!! ハハハハハ!!!!!!」



  声を出して笑い出す岩尾。






「……壊滅するのは北町奉行所だ、岩尾省吾。」



 笹野が溜め息混じりに言葉を投じた。

 それを聞き、岩尾がピタリと笑い声を止めた。



「……なんですって?」



 岩尾が笹野の顔を見る。その表情は、哀れなものを見る同情の眼だった。



「哀れだな、岩尾省吾。真実を知らずに踊る者はここまで道化に映るものなのか……


 無知は罪だ……。」


 額に手をやり、ゆっくり左右に首を振る笹野。

 呆れたときに行なう、彼女のクセだ。



 笹野のその態度にムッと来たのだろう、岩尾は苛立った表情を浮かべ、口を開く。








「……捜査中止命令が撤回されている。


 岩尾省吾、お前を守る楯は何もないぞ…」










「…………………………………………は?」







 が、実際に響いたのは笹野の声だった。そのあまりにも唐突な内容に、岩尾は出そうとした言葉を忘れ、間抜けな一言を発するに留まった。



「捜査中止命令はとっくに撤回されている。

 ヒーロー殿が働きかけ、圧力を掛けていた有力者が撤回を飲んだんだ。



 ……お前を守る後ろ楯(たて)は消え失せてしまったよ。」



 岩尾はその言葉を受け、先程までの笑みを消え失せさせ、無表情になる。


 彼の頭の中は混乱していた。



 嘘だ。ウソだ。うそだ。

 だって叔父上はオエド城で力を持つ権力者。

 岩尾の一族の者である甥っ子の私をいつも助けてくれる有力者。

 いつも困ったことがあっても叔父上に泣きつけばなんとかしてくれた。なんとかなった。問題も問題じゃなくなった。


 やりたいコトをやりたいように出来た。黒い物でも私が白と言えば白くなった。出来ないコトはなかった。何もなかった。


 なのに盾はない? 守ってくれない?? 中止が撤回された??? だってそうすれば私が捕まっちゃうじゃないか。私が破滅しちゃうじゃないか。叔父上が助けてくれなきゃ私の人生が終わっちゃうじゃないか。


 そんなコト分かることじゃないか。なのに叔父上は捜査の中止を撤回した? 私が捕まってしまうのに? 捕まってしまうのに???




 ………………それはつまり…………?












「……お前は切られたんだよ。」

 笹野がとどめの言葉をさした。



 



 


 岩尾が絶対的な物と思い込んでいた切り札はとっくの昔に効力を失っていたガラクタだった。

 まだ取り戻せると描いていた再生プランは絵に描いたモチだった。



 そう突きつけられたタイミング、それは奇しくもヒーローが武器でボスを地面に叩きつけたタイミングだった。



 皐月の豪快な餅つき(攻撃)は、意図せず岩尾(この男)の状況にも同調していたのだ。


 まるで岩尾が描いた黄金のモチを叩き潰すかのように。


 絵に描いたモチを破くように。



 




 岩尾のアイデンティティを破壊するかのように。













「……嘘だ。うそだああああああああ!!!」




 







 頭を乱暴にかきむしり、岩尾は大声で叫ぶと、とち狂ったように笹野に向かい襲いかかった。




 笹野は左腰に帯びた日本刀に手を掛け、素早く抜刀すると、


「……ふっ!!!」


その刀の峰で、襲い掛かる岩尾の胴を薙ぎ払った。



「がっ………!!」



 峰とはいえ、金属の塊で思いきり叩きつけられたのだ。岩尾はダメージで白目を向く。


「……殺しはしない。お前にはまだこれまでの罪を洗いざらい吐いてもらう必要があるからな。」


 振り抜いた刀を残身しながら、笹野がそう岩尾に告げる。



「……女のくせに……

 ……たかが……おんなが………」



 うわ言のようにそう呟きつつ、白目を向いた岩尾はそのまま地面に倒れこむ。




 倒れこんだ岩尾の背中を一瞥すると、笹野は顔を上げ、遠くを見る。



 


「お前は負けたんだ。バカにしてきたその女という存在にな。」





 そう呟いた笹野の眼には、こちらを見て微笑む皐月(女ヒーロー)の姿が映っていたのだった。










皐月がボスを倒す裏で、笹野も岩尾とやりあってました。


さて、悪は倒れ、次回は....

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