其の31「気づかないフリと知らないフリ」
ご無沙汰致しました。
大変お待たせいたしました。
投稿致します。
響いた声に皐月は驚く。朱色のゴーグルモニターの下、皐月の両眼は大きく見開かれていた。
「(あの子、なんでココに?)」
最初に考えたコトはこれだった。香里には他の女性たちの避難の先導を任せ、そのまま笹野に合流するよう頼んでいたのだ。戻ってくるとは露とも思っていなかった皐月は大いに驚いた。
「香里さん……?……なんで……ここに……?」
息も絶え絶え、そう口にするのは、皐月の足元で縮こまるアヤメ。見ればアヤメもまた思いがけない香里の登場に驚いている様子だ。
アヤメが呟いたコトを受け、皐月はピンと思い当たった。
「(……そうか。逃げる途中でアヤメがいないコトに気がついたんだ。だからアヤメを助けに単身引き返してきたか……)」
顔を上げ、アヤメの顔から、再び鳥居の柱の傍に位置する香里の顔に眼をやる皐月。
それはイコール、ゴーグルモニターから送られてくる映像を頼りに状況を確認する弥生と卯月の視界もまた、アヤメの顔から、香里の顔を見るというコトを意味する。
「”あの子確か……、ひとつ以前のトカゲの事件でも現場にいたな。”」
そう口にするのは弥生。
「香里、ってんだ。今回は変身前、被害女性たちの避難に尽力してもらってた。先に避難してたはずなんだがな。」
弥生の言葉を受け、皐月は頷きながら答える。
「……アヤメがいないコトに多分気づいたんだろ。心配して戻ってきちゃったな。」
そう呟く皐月の顔は少し微笑んでいた。
「……香里さん。」
消耗していたアヤメだったが、香里の姿を見て嬉しかったか、その表情に僅かながら笑顔が戻っていた。
「……戻ってこられたのはビックリしたが、これは好都合かもな。アヤメ。」
「は、はい……」
皐月は眼線だけアヤメを見て呼び掛ける。急に呼ばれたアヤメは驚いて皐月を見上げた。
「これからアタシはあのちょんまげ男と戦りあうけど、さっきより確実に派手な戦いになる。アンタに気遣いながら戦りあえるほど容易い相手じゃなさそうだ。」
と、ここまで口にして、皐月はアヤメの方をきちんと見た。
「香里と合流してくれ。ここから離れてあの子がいるあの鳥居のところで隠れてて欲しい。」
と提案。
だが、アヤメは驚きながらも首を激しく左右に振った。
「避難するのは分かりました。でも小町さん、あそこまで動けそうに………」
情けないんですが、とアヤメは呟く。
が、皐月は笑顔で答える。
「大丈夫。アタシが抱えてあそこまで飛ぶから。合図したらアンタを抱き上げて一気に行くからね。暴れたりしないでおくれよ。」
それを受け、アヤメは「へ?」と間抜けな表情になった。
「ああ、香里と合流したら動かないでその場で二人そこにいてくれ。ここまで来たらもう逃げるよりも笹野さんが来るのを待った方が確実だろう。
それと、香里は勿論、笹野さんにもヒーローがアタシだってコト、黙っててくれよな?」
皐月は呆けているアヤメに構わず言葉を続けた。が、ここまで聞いてアヤメは我に返ったのだろう。大きな声で答えた。
「い、言いません、言いません!! 誰にも言いませんから!!」
それだけは絶対に守る!とアヤメは大声で誓った。その様子を受け、皐月は穏やかな笑顔でアヤメに礼の言葉を告げる。
「ありがとうアヤメ。そう言ってくれるアンタを信じる。」
そう口にした皐月は、顔を上げ、香里を見た。
少し離れた距離だ。今の会話が聞こえているワケはない。アヤメの今の大声はともかく、皐月は少し控えめに話していたのだ。
皐月は香里に大声で呼び掛け、アヤメを引き取ってもらう経緯を説明しようとする。
「!……………」
が、香里の表情を見て、思い留まる。
”分かってます。アヤメさんは引き受けますから、いつでもどうぞ。”
真剣な表情を浮かべ、香里の眼は皐月にそう訴えていた。言葉はいらない、大丈夫、分かってるから、と。
本来はそんなことが出来るワケはないのだ。皐月も香里も超能力者なんかではない。言葉も交わさず、相手に意思を伝えることなど叶うはずもない。
が、皐月には香里の言いたいことが分かった、伝わった。
何故だかは分からないが、それが出来、それが検討外れの間違いや、思い込みではない、と確信していた。
”……今から動くよ!”
皐月は香里にそう無言で目線を送る。
すると、香里も無言で頷いた。
”分かりました。どうぞ!”
そう言っているように聞こえた。皐月はそれを受け、香里から眼を離す。
時間にすれば三十秒にも満たないやりとりだ。端から見れば無言で立ち尽くしていたようにしか見えない皐月。
現にアヤメはそのやりとりに全く気づかず、普通に皐月に話しかけていた。
「でも小町さん。抱き抱えるって、私その……そこそこ体重が、と、いうか、重いというか……抱き抱えら―――」
「行くよ……!」
アヤメが呟いていたが皐月はそれを遮り、構わず動き出す。
それは本当に素早い行動だった。
まず皐月はすぐにアヤメを抱えるコトはせず、最初にノビている雑魚集団の塊に走って近づき、地面に突き刺さったままになっていたアレストカッターを回収、拾い上げたそれをそのまま投擲する。
投げた先、狙いは矢車党のボス。
地面に座り込んだままの岩尾省吾を庇って盾となり立っていたボスは、動いてそれをかわすわけにはいかない。
「ぬうぅぅん!!!」
テクターを纏った両腕を胸の前でX字にクロスさせ、向かってくるアレストカッターを身体で受け止めるボス。
"高速自動回転"を発動させているワケではなかったため、カッターの刃はさして脅威にはなりえない。
「……でぇぇぇぇい!!!」
気合いの雄叫びと共に、ボスは身体を捻りながら右手を払うように振るうと、その動作に伴ってアレストカッターは明後日の方向に飛んでいった。
ボスのこの回避アクションの最中、皐月は次の行動を起こしていた。
アレストカッターを投擲した皐月はそのまま踵を返し、アヤメの元に戻ってくると、走ったまま掬い上げるようにアヤメを抱き上げ、
「きゃっ!!!」
お姫様抱っこをしたまま大きく跳躍。
「……軽いじゃないか。」
驚くアヤメに空中で、笑顔でそう口にするのは皐月。
アレストテクターの機能により身体能力を大きく向上させたそのジャンプ力を遺憾なく発揮し、なんと離れた箇所だったはずの香里の待つ大鳥居の柱までひとっ跳びでたどり着いた。
軽やかに着地した皐月は、そのまま抱き抱えたアヤメを香里に託す。アヤメは地に足を下ろしたが、ふらふらと覚束なかった。香里はアヤメの背中を受け止め、しっかりと抱き締めた。
「……その子を頼む。」
短く一言、皐月は香里にそう告げる。
皐月は香里に変身を見られたことに気づいていない。香里はヒーローの正体が皐月だと知らないと思っているのだ。バレる心配は極力避けたいと考え、口にする言葉は短く済ませた。
「はい、任されました。
………お気をつけて。」
「?」
香里の発言に……正確には発言と共に浮かべた彼女の表情に若干の違和感を覚えつつ、皐月は深く考えずに再びその場を大ジャンプで離れたのだった。
咄嗟に呑み込めたが、香里はこう口にしそうだったのだ。
「皐月さん、お気をつけて。」
と。
香里は、皐月が香里に正体がバレたと気づいていないと分かっていた。ならば正体を隠そうと振る舞う彼女に「変身を見てしまいました」とバラすのはなんとなく憚れたのだった。
"正体を明かしてくれた"のではなく、"偶然知ってしまった"のだ。
香里を信頼し、打ち明けてくれたのならまだしも、意図せず盗み見てしまった形だ。
人知れず巨悪と戦う彼女の信念を傷つけてしまうかもしれない。
皐月は言っていた。
"アヤメは付き合いが長いし、言っていいコトと悪いコトの分別がつくから大丈夫だ"、と。
だからアヤメには正体を明かしたのだ、と。
ならば自分は? と香里は思う。
確かに避難誘導は任されはしたものの、それは成り行きだろう。会ってまだ日も浅い。皐月と自分の間に果たして信頼と呼べるものはあるのか。
更級リンに尋ねられた言葉が頭を過る。
"皐月と友なのか?"と尋ねられた言葉が。
自分と皐月の関係、一体なんなのだろうか。一言で表すにはまだ自分は皐月のコトを知らなすぎる。
少なくとも、皐月が世間相手に隠そうとしているヒーローの正体を打ち明けてくれるほどまだ気安い関係ではないはずだ。
彼女が心置きなくこの場で戦えるためには、動揺を与えるべきではない。そしてなによりも皐月を傷つけたくはない。誰かのために、称賛の声を受けずとも懸命に戦う、頑張る皐月を香里は傷つけたくなかった。
だからこそ香里は、皐月のためにここは気づかないフリをしたのだった。
力になりたいとこの場に戻ってきた香里。
現場に戻ってきて最初に目撃したものは思いがけず皐月の変身だったわけだが、ことの成り行きを見届ける内に、皐月がアヤメを庇って戦うために大きく動けないコトを悟る。
有象無象はなんとか蹴散らせたが、残ったあのボスの男は格が違う。それは戦いには素人の香里にも分かった。
ならば自分の役割はアヤメを引き受けるコトだとすぐに理解したのだ。
彼女が全力で、憂いなく悪を叩きのめすコトが出来るように。
「皐月さん……」
遠く離れた皐月の背中を見つめ、無意識に呟く香里。頑張って欲しいという想いを籠めた呟き。
それは抱き締めていたアヤメの耳にも届いた。
「! か、香里さん……?」
アヤメは動揺した。彼女からしたら突然香里が皐月の名を呟いたように見えたのだ。心なしか香里を呼ぶ声も、どもってしまっていた。
呼び掛けられたコトによって、香里はハッと我に返り、慌てて言葉を取り繕う。
「あ、いえ……
……そうですアヤメさん。皐月さんはどうしたんですか? ここに戻ってきたとき、アヤメさんとヒーローさんしかいなかったようですけど……」
アヤメの両肩を掴み、密着していた彼女の身体を自らの身体から引き離し、アヤメの顔を見て尋ねる香里。
コトの成り行きをずっと見ていた香里は、今飛んでいったヒーローが皐月だと知っている。
無論これは先程皐月の名を呟いてしまったコトを誤魔化す方便だ。
「え!? あー……そのー……」
が、質問を受け、アヤメは困ってしまった。皐月に香里や同心にヒーローは皐月だと言わないで欲しいと頼まれたアヤメ。無論口にするつもりは毛頭ないが、どう誤魔化せばいいものか迷ってしまい、眼が泳ぐのみに留まる。
しどろもどろになるアヤメの姿を見て、香里は”少し意地悪な質問をしてしまったかも”と反省し、自らアヤメに助け船を出すことにした。
「……もしかしてここを離れたとか?
逃げ出した他の部下を追っていった、とか。」
香里がそう発言すると、アヤメは「あ。」と一言呟き、ブンブンと首が折れるのでは、という勢いで勢いよく何度も頷いた。
「そう! そうなんです!!
あいつら駆けつけたヒーローさんがバッタバッタと悪人たちをなぎ倒し始めたら、何人か仲間を見捨てて逃げたんですよ!
それに気づいた皐月さんが、この場をヒーローさんに任せて、そいつらを追いかけていったんです!!
…………みたいな。」
最後の”みたいな”は眼を逸らしながら、ボソッと呟いたアヤメ。
自信を持って言い切って欲しいものである。
恐る恐る逸らした視線を香里に向けると、そこには真面目な表情を浮かべた香里の顔。
”この言い訳じゃダメ?”という困惑した顔色を浮かべるアヤメだったが、香里は納得したように頷いた。
「……そうだったんですね。
少し心配ですが皐月さんなら大丈夫でしょう。だったらアヤメさん、あとはあの悪党の頭領をヒーローさんが倒すのを見守るだけですね。」
香里がそう口にすると、アヤメは笑顔になり、再びうんうん、と頷いた。
「はい!」
アヤメからすればこれでヒーローに頼まれた”香里相手に誤魔化しておいてくれ”という任務をなんとか達成出来た形だ。一つ肩の荷が降りた心境だろう。
……冷静に考えれば、皐月が戦場を離れたのに、何故アヤメを一緒に脱出させなかったのか、とかいろいろ穴がある言い訳だったが、まあそこは突っ込むまい。
アヤメも香里も、互いを気遣い、そして皐月を思いやり、
互いが互いに、ヒーローの正体について、気づかないフリと知らないフリを貫き通すコトにしたのだった。
コロナウィルスで世間が大変なコトになってますが、ドラッグストアで勤務しているので忙しさが半端なくなっております(泣)マスク騒動が一刻も早く落ち着いてくれるコトを切に願います。




