其の25「女たちの逆転劇」
「皐月さん……」
安堵した表情を浮かべ、皐月を見上げる者がいた。
堂々とした啖呵を切った皐月の足元に後ろ手に縛られ、座らされていた少女、香里である。
香里の呼び掛けに気付き、皐月は腰を落とし、香里に優しい表情と共に語り掛ける。
「よお、香里……
思いがけないところであったな。
大丈夫か? ケガとか……」
問い掛けながら、皐月は優しく香里の頬に触れる。
「大丈夫です。」
微笑んで答える香里に、皐月は安心した表情を浮かべる。
どうやら縛られた以上のコトはされてない、と知り、ホッとしたようだ。
「待たせたな、怖かったろ?
もう大丈夫だからな?」
皐月の問いに、香里は首を横に振り答える。
「いいえ、信じてましたから。
必ず貴女が来てくれる、って。」
笑みを浮かべ答える香里に、皐月は嬉しくなる。
月見亭で別れた際、皐月はまだこの場所の具合的なヒントを何も掴んでいなかった。
捜査に煮詰まっているという、ある意味岡っ引きとして情けない姿を見せていただけだったはずだ。
なのにこの少女は、一片の疑いも抱いてなかったという。
゛もしかしたら見つけられないかもしれない゛というコトを考えなかったという。
皐月は香里を抱き締める。
「ありがとう香里、信じてくれて。
間に合って良かった……」
「皐月さん……」
香里もまた、皐月が自分の身を案じ、本気で心配をしてくれた皐月を嬉しく感じた。
と、
「……?」
不意に皐月が強めに抱き締めたと思った直後、皐月の体勢に違和感を感じた香里。
なんだろうと思った瞬間、ふと縛られた手首に解放感を覚え、更に何かを手に握らされたのが分かった。
「(……同心の笹野さんがここに向かってる。
タイミングを見て……)」
皐月が小声で香里に耳打ちをした。
端から見ればそれは、感極まって知り合い同士で抱き締め合っている光景にしか映らないだろう。
が、その実、皐月は次の手を打っていた。
「小町さん!
私も! 私も信じてましたよぉ!」
香里とは反対の位置で寝転んでいたアヤメが、泣きそうな顔でアピールしていた。
それに気付き、皐月は香里から離れアヤメの方を振り向く。
一人では起き上がれないのだろう。アヤメを助け起こすと、座らせる。
「アヤメも怖かったよな?
もう大丈夫だ。安心しなよ。」
それを聞き、ホッとするアヤメ。しかし、それは束の間。アヤメはまた不安な表情を顔に浮かべる。
「……でも小町さん。
この状況を一人でどうやって?
それに私たちを助けても、岡っ引きをクビだって……」
「そうですよ!」
アヤメが心配そうに尋ねたが、皐月がその問いに答える前に口を挟む者がいた。
「随分な啖呵を切ってくれましたが、この状況をどう打開するつもりですか!!」
北町奉行、岩尾省吾だった。
「大層な正義感を振りかざしてくれましたがね! 気合いだけでこの状況は変わりません! いいえ、実質バカな女が一人、自ら虎の穴にノコノコ捕まりに来ただけです!!
我々にとっては、奴隷商人に持っていく商品が一つ増えただけの状況というワケですよ!」
アヤメの横でしゃがみこみながら、黙って岩尾の演説を聞く皐月。ただし、表情は険しく、岩尾を睨み付ける。
「このまま命令違反を背負ったまま逃げ帰り、社会的に死ぬよりもまだマシかもしれませんねえ!
どうです!! このまま我々と一緒に旅立ちますか!
まあ貴女は少々貧相な成りですが、顔立ちは悪くありませんからねえ!
どこぞの好事家が買ってくれるのではありませんか!? それとも私が買いましょうか!!
サンドバッグ代わりになぶり倒す目的なら買ってあげますよ! ハハハ! いかがです!!」
語っている内に気分がよくなったのだろう。或いは岡っ引きを名乗っても、こんな小娘一人なら怖くないと思い直し、冷静さを取り戻したのかもしれない。いずれにせよ、岩尾は自らの発言に酔いながら、笑顔で皐月に語りかけた。
「はい、是非に。
とでも言うと思ったかい?
死んでもごめんだね。
慰みものも、サンドバッグもお断りだし、アタシは逃げ出さないよ。」
皐月はそう言いながら、スッ、と立ち上がる。
尚、その際にアヤメが驚いたような表情を浮かべていたコトに、矢車党のボスが気付き、アヤメの態度に違和感を覚えた。
ちなみに岩尾省吾は全く気づかず、皐月に集中していた。
「では力尽くですね。
本当は貴女の意思などどうでもいいんですよ。
ですが、そんな女の意見も一応聞いてあげよう、という私は優しいでしょう?」
「ふん! どこが優しいんだい?
いずれにせよ、女なんかどうとでもなる、なんて傲慢な考えじゃないかい。」
「事実です。女が男相手に何が出来るんです?
ましてや、貴女のような小娘一人……
一体どうやってこの状況をひっくりかえそうというのですか。」
ふふふ、と余裕の表情を浮かべる岩尾。皐月の苦し紛れの言い訳が返ってくるのを期待したのだろう。果たしてなんと返すのか、どんな強がりを口にしてくれるのか。
岩尾は皐月の次の言葉を待った。
が、皐月の反応は岩尾の予想していた物とは大いに違っていた。
ふう……と皐月は溜め息をついたかと思うと、岩尾に向け、右腕を突き出してきた。
「……? なんの真似です?」
「アンタに指摘したい間違いは四つだ…」
握りこぶしを解き、指を四本出す皐月。
「アンタに言いたいコトが四つある」というサインだと、岩尾をボスも察する。
「ひとつ、女が何も出来ないと決めつけすぎだ。
ふたつ、アタシが非力な小娘だと決めつけたコト。
みっつ、ボケッとしてアタシの動向に気を配らなかった。
いや、正確には、アタシに気をとられ過ぎ、って言った方が正解かな?」
皐月がここまで言ったとき、ボスは気づく。
皐月の本当の意図に。
「そしてよっつ……
アンタ、本当に女という存在を舐めすぎだ。」
「お前ら! 女を抑えろ!!!」
皐月が四つ目を口にし終えたときと同時だった。ボスが突然声を上げた。
が、ボスの発言の真意が伝わらず、部下たちは困惑するに留まった。
ボスの指示の出し方も悪かった。
動こうとした者もいたにはいたのだが、ただ"女"と言われても、どの女を抑えるべきなのかが分からず、
結果、この次の出来事を、ただ呆然と見ているしかなかったのだった。
「行くよみんな!!」
皐月はそう叫び、ボスも岩尾にも眼もくれず、動いたかと思った瞬間、手近にいた部下の男を殴り飛ばした。
「な……!!
!? なんです!!??」
と、皐月の突然の挙動に驚いた岩尾だったが、その直後に更に驚くことになった。
皐月の号令を合図に、動き出す者がいた。
捕まっていた女の集まりの中から、突如何人かが立ち上がり、見張りをしていた男に向かって動き出した。
一瞬の内に襲われた男数名は倒れ、持っていた槍やら刀やらを奪われる。
それを機に次々と捕まっていた女たちが立ち上がり、武器を奪った女たちの元へ駆け出して行く。
「ど、どういうコトです!?
女たちは動けないよう縛っておいたはず!!
何故動けるんですか!!」
もしや皐月の他に仲間が紛れ込んでいた!?と岩尾は焦る。
次々と自由の身になる者を横目で追い、皐月が矢車党の雑魚を相手取りながらも、岩尾に向け、不敵に笑いながら告げる。
「言っておくがな、岩尾の旦那。アタシは間違いなく一人でここに来たよ。
間違いなく一人でね……」
よく見れば矢車党の男たち相手に戦っているのは、元々捕まえていた女たちの何人か。
女だてらに袴を着ている、剣術道場の娘やら、武家から拐った娘やら、だ。
そう、皐月は捕まった女たちの中から、特に戦う術を覚えている者を優先に解放するよう指示を出していた。
「私に悟られない内に女を解放していたのですか……
しかし、どうやって!?
貴女はずっと私と話をしていました!!
貴女にそんな真似が出来るワケがない!!」
「そうさ!!
やったのはアタシじゃあない。
アタシがやったのは、最初の一人の縄を切って、そのままナイフを託しただけ。
ナイフは数本渡したからね。
後は一人助ける毎にナイフを行き渡らせるだけで良かったんだ。」
「!! あのときか!!!」
そう答えたのは岩尾ではなく、後ろにいるボスだった。
ボスはようやく、皐月が誰にそれをしたのかを察した。ちなみに岩尾はまだ分かっていない。
「やってくれたな!!
え!?
香里ちゃんよお!!!!」
そう、香里である。
皐月が香里を抱き締めたときだ。
皐月は敵に気づかれないよう、こっそり香里の縛られた縄を切り、そのまま香里にナイフを託し、指示を出していた。
出した指示は、
”アタシが敵の注意を惹き付けるから、バレないよう他の人の縄を切っていってくれ。”
”なるべく道場の娘さんや武家のお嬢さんから優先で解放していくんだ。合図を出すから、時が来たら見張りから武器を奪うように頼んでくれ。
時がくるまで、彼女たちにも手伝ってもらって、一人でも多く解放していくんだ。”
そしてもうひとつ……
「お前ら、何ボヤボヤしてやがる!!
早く女どもを追いかけろ!!!」
解放された者たちは、戦えない者から優先に鳥居の方に走り出していた。
いや、正確には鳥居も通り越し、森の方へ続く道へ逃げ出していたのである。
「こっちです!! 皆さんこっちへ!!」
先導しているのは香里だった。
彼女が先頭となって解放された女たちを誘導していた。
戦える女たちが男を相手に時間を稼ぎ、縛られたままの女性を、リレーのバトンのようにナイフを託された他の娘が解放し、次々と香里の誘導する方へ行かせる。
「(そろそろ苦しいか……)」
皐月が男相手に奮闘する娘たちの元へ駆け出す。
「舐めるなああ!!!」
雑魚の一人が叫びながら袴姿の女性に刀を振り下ろすところだった。
「ふっ!!!!」
間一髪皐月が男の背に飛び蹴りをお見舞いし、やられそうになった女を助ける。
男は吹っ飛ばされ、皐月たちから距離を置いて倒れこんだ。
「立てるかい!?」
「ああ、助かった!!」
皐月は尻餅を付いていた袴姿の女に手を貸し、起き上がらせる。
「もう十分だ、加勢ありがとう!
アンタもみんなと一緒に逃げて!!」
袴の女の背に触れ、鳥居の方へ促す。
「いや! 私も残って貴女の手伝いを!!」
「気持ちはありがたいがここはアタシに任せてくれ。
アンタたちには逃げる人たちの護衛を頼みたい!」
皐月は残留を申し出る女の提案を断り、逃亡するものたちの護衛、殿を頼んだ。
「あと少し! あの子たちのために力を貸してくれ!!」
周りのまだ戦っていた女たちにも聞こえるよう、最後の言葉は大声で言う。
その真意は、
矢車党相手に、これから変身する自分の姿を彼女たちに見せない、という意図も込めていたのである。
「……大丈夫なんだな? 岡っ引き殿。」
袴の女に尋ねられ、皐月は頷く。
「あの女の敵たちに、間違いなく鉄槌を喰らわせてやる!!
みんなの分まで絶対にね!!!」
皐月は袴の女にそう告げ、「今度こそ行って!」と促す。
袴の女は頷くと、そのまま駆け出し、他の戦っている女の加勢に入ると、戦っている女たちに声を掛け、彼女たちを引き連れ、そのまま走り去っていく。
「岡っ引き殿! ご武運を!!!」
袴の女が一瞬振り向きながら、後方の皐月にそう叫び、先を行く集団に追い付こうと駆けていった。
皐月は彼女らを行かせるため、追おうとして次々に鳥居に駆け出す男たちを相手取り、殴り飛ばしていく。
「(あとは香里が笹野さんに合流してくれれば……!!)」
そう、皐月が香里に出した最後の指示、それは、
”同心の笹野さんがこっちに向かっている。
合図をしたら、助けた女たちを連れて、脱出してくれ。
アタシはこいつらを足止めするから誘導出来ないんだ。アンタにしか頼めない。”
「(すまない香里、アンタを使ってしまって!!)」
ーーーーーーーーーーーーーー
”力を貸してくれ………!!”
「(皐月さん!!)」
香里は女性たちを先導しながら走っていた。
一番近い歓楽エリアを目指す一行。神授の森に繋がるまでの、岩に両脇を囲まれた谷間を駆けていく。
「ね、ねえ!! 本当に大丈夫なの!?
このまま逃げられるの!??」
香里のすぐ後ろを走っていた女性の一人が不安そうに香里に尋ねる。
大半が戦闘訓練などしていない一般女性だ。足はそこまで速くない。加えて十人以上の人数がいた。この集団が一塊で移動しているのだ。すぐに追っ手に捕まってしまうやも、という不安はついて回る。
が、香里は強気な笑顔で、尋ねてきた女性に、いやその周りの女性たちにも聞こえるように告げる。
「大丈夫です! 皐月さんが……あの岡っ引きさんが言ってくれました! こちらに向けて同心さんが私たちを助けるために向かってきてくれてると!!」
「でも、本当に来るの!?
なんか来たらクビみたいなコトを言ってなかったっけ!?」
さっきとは別の女性が香里に疑問を投げ掛ける。
「それも大丈夫です!
その同心さん、私も会いましたがとても良い方でした!! 皐月さんの上司です!!
絶対に来てくれます!!!」
トカゲ案件の折に、香里は笹野と会い話をしていた。避難した先で会話をしたのみだが、ヒーローについて話をしたあとも少し話をしていたのだ。皐月の上司であることも、笹野も事件を追っていて、トカゲのせいで中断したが、落ち着いたら捜査に戻るコトもそのときに話をしていた。
なんの事件なのか笹野は口にはしなかったが、今は分かる。
笹野は恐らく、この事件を追っていたのだろう、と。だから皐月もこの事件の捜査をしていたに違いない、と香里は納得していた。
だからこそ、皐月が駆けつけた現在、笹野も絶対に駆けつけてくれる。
香里は皐月を、皐月の言葉を、
そして皐月の上司である笹野という存在を信じた。だからこそ全く疑わず、笑顔で答えた。
「おーい!!」
そのとき、後ろから声が届く。
振り向けば解放に協力してくれた袴姿の女たちが奪った武器を片手に走ってきていた。香里たちに追い付いたのである。
「みなさん!! 無事でしたか!!」
香里が足を止め、追い付いてきた者たちを待つ。
「ああ。岡っ引き殿が”ここは任せて先を行く者たちの護衛を頼む”と我々を行かせてくれたのだ。
ここからは我々が護衛を担当しよう。先を行くぞ。」
ありがとうございます、と香里は答え頭を下げる。
「皐月さんの上司の同心さんがこちらに向かってます。私たちはその方に合流します。」
「心得た。
私は更科流剣術道場、師範代の 更科リン だ。
色違いの袴を着ている後の二人は、私の道場の門下生たち。
殿は私が勤める。先を急ごう。」
袴の女が名乗る。堂々とした名乗りに、香里も再び頭を下げ、名乗ることにした。
「私は先崎香里と言います。
あの岡っ引きさん……皐月さんの知り合いです。」
「友か。」
うっすらと微笑みながら香里に尋ねるリン。
が、その問いに若干の戸惑いを覚えてしまう香里だった。
「あー……どう、なんでしょう? まだ二回ほどしか会ってなくて。
友人……と呼んで良いものなのか。」
……果たして自分は皐月にとってなんなのだろうか。第三者に改めて関係を尋ねられ、香里は困惑した。
同じ職場の同僚……あるいは先輩と言える立場のアヤメなら、友人と呼んでしまっていいのかもしれない。少なくとも一緒に働き、共に街を歩き回り、こうして二人一緒に捕まってしまって、中々普通では経験出来ない経験を共にした仲の彼女なら……
と、ここで香里があるコトに気づく。
「……アヤメさん?」
慌てて逃げて来た女性たちの顔を見回す香里。突然焦った表情を浮かべた香里の様子に、リンは戸惑った。
「? どうされた、香里殿。」
「ねえ。早く行きましょうよ。
追っ手が来ない内に。」
先程香里に大丈夫かと尋ねた女性が、まだ行かないのか、というヤキモキした感情を覚え、二人に話しかけた。
「そうだな。先を急がなくては……」
リンは出発を促そうとした、のだが、香里が待ったを掛ける。
「更科さん! 他の方も!
貴女たちが最後ですか!?
他に女性は追って来ませんでしたか!?」
香里がリンと、他の二人の門下生、そして武家の娘だという女性に問いかける。
「いや、我々で最後だったはずだ。
あとはあの岡っ引き殿が残っただけのはず……」
リンが他の三人を見ながら答えた。リンに視線で確認を取られた三人もクビを振りながら「間違いない」と暗に答える。
そしてリンは気づく。香里の反応が意味するコトを。
「香里殿。誰か足りないのだな!?
いない顔に心当たりがあるのだな!!?」
香里が青い顔浮かべ、頷いた。
「アヤメさんが……
私と一緒に捕まった友人がいません!」
この次が変身シーンになります。




