其の3「この町に潜むもの」
やや芝居がかった一幕は、皐月が自分よりも体格のいい男をパンチ一発でのしたことで幕を引く。
野次馬たちから拍手と歓声が沸き上がり、その場はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
と、そこに同心と他の岡っ引きが駆けつける。
コレだけの騒ぎだ。役人が出張ってくるのも無理はない。
同心は「なんの騒ぎか」と身構えながら、野次馬の人垣を掻き分けて進んでみる。
と、その中心には見知った岡っ引きと、地面にキスする男の姿。
またド派手に動いたな、と苦笑しつつ、同心は部下たちに命じ、野次馬たちを解散させる。
人垣が散り散りに崩れるのをよそに、同心は騒ぎの元凶に声をかけるのであった。
「また随分と派手に暴れたもんだな、皐月。」
「別に暴れちゃいないよ。アタシは拳を一発お見舞いしただけだからね。」
戦いの中身ではなく、このお祭り騒ぎのコトを述べたのだが…
どうもこの岡っ引きには伝わらなかったようである。
「まあいい、お前が注目集めるような殺陣をやるのはいつものコトだ。
それで? この男、何をやらかした。」
皐月が訳もなく一般人を叩きのめすワケがない、と重々承知しているその同心は、
恐らく何か悪さを働き、返り討ちにあったであろうと想像に難くないこの男を指し、具体的な罪状を皐月に確認する。
「スリの現行犯。
よりによってコイツ、アタシから財布スろうとしやがってさ…
で、財布取り返したら、怒って殴りかかってきた、ってワケ。」
皐月の発言に眼を見開く同心。
「よりにもよって、お前から財布をスろうとしたのか、この男……
命知らずだな。
無知は罪だ……。」
額に手をやり、頭を左右に振る同心。
呆れたときによくやる、彼女の癖である。
「にしても良かったよ笹野さん、ここで会えて。
これから笹野さんに会おうかと、丁度番所に顔出そうかな、って考えてたところだったからさ。
すぐこの騒ぎに駆けつけた、ってコトは見回りしてたんでしょ?
行き違いになるトコロだったからね。」
そう、皐月が会いに行こうかと検討していた、皐月の上司。
それこそまさに、この同心、その人であった。
名を笹野兵衛。
女だてらに同心として立ち振る舞う、
岡っ引きとしての皐月の直属の上司である。
「まあ、結果としてはそうだな。
…………まさかと思うが、私を呼び出すために、わざと騒ぎを起こしたんじゃあるまいな、皐月。」
「そんな計算出来たら、教師にでも転職してるよ。」
「だな。」
女ふたり、面と向かって笑い合う。
「では、この運のないチンピラを番所に引っ立てるか。
調書を取るから皐月、お前も付き合え。用があるのなら、そこで聞こう。
それでいいか?」
「了解ぃ。」
野次馬たちを解散させた他の岡っ引きたちが戻ってくると、笹野は彼らに気絶したスリ男を縄で縛り上げさせ、そのまま番所へ運ぶように命じる。
スリ男の身柄は彼らに任せ、皐月は笹野と連れ立って番所へ歩き出すのであった。
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「そのような申請はどの局からも出てないな。
というより、あの森で何かの撮影をしたい、という申請自体、今年に入ってからは一件も入っていない。」
番所に着き、スリ男の調書を取り終えたところで、皐月は笹野に例の噂話について告げる。
結論は、”撮影許可は出していない”。
まだ”無許可で勝手に何かを撮っていた”、という可能性も残っているが、
それはそれで事件である。
ならばそんな行いをした存在を突き止め、厳重注意なりを示す必要がある。
……のだが、どうもしっくりこない皐月。
「…笹野さんはどう思う? この噂。
どっかの制作会社か撮影マニアの素人か……
ただの無断撮影で、トカゲの化けモンは着ぐるみ、って結論?」
自分の中の何かが”違う”と言っているのだが、それが分からない……
皐月は年も立場も上の存在に、知恵を借りるコトにする。
「………恐らく撮影の類いではないな。」
「根拠は?」
「確実なコトが一つ。
そのトカゲは火を吹いた、という話だったな。
というコトは合成の類いではない。実際にその怪物の口なり身体なりから炎が出たことになる。
そういう生き物にしろ、作り物の類いにしろ、
それだけの物を用意するのに、果たしてどれだけの金と時間と労力を費やしたコトか…
無許可で撮影をするような人種が、そんな潤沢な資金を用意出来るものだろうか?」
”仮に何かで発表して、それによる見返りを期待しているにしたら、管理が杜撰すぎる。これだけ騒ぎになったらどこの局も映像なり、その化け物なりを買ってはくれないだろう”
と、笹野は続けた。
なるほど、上司の考察には説得力があった。
もし噂も宣伝効果として狙っているのだとしたら、そんなものは逆効果だ。
町奉行始め、町方は”無許可での撮影”という法を犯している人物の行為を許すワケがなく、そんな人物の映像は買わないようにTV局に圧力を掛けられる。
逆に泳がせて、売りにきたらそれを追い、その人物をお縄に出来る。
一応金持ちの道楽息子が採算度外視で趣味で作った……なんて推理も可能だが、ならばそんなことが可能な家柄の家を調べればいいだけだ。
該当人物はさほど多くはないだろう。
が、ここまでの考えは、映像目的やら、珍しいものの発表目的やらと、
割りと比較的平和な目的の人物が犯人だった場合の、仮定の話だ。
笹野の考察には続きがあった。
「なあ皐月。
あくまで仮の話だが………
そのトカゲらしき物、
”兵器”
って可能性は考えられないか?」
その場の空気に、緊張が走る。
悪しき思想の人物が犯人だった場合、答えは”人々を傷つけるコトが目的”となる。
皐月のはっきりしない懸念の正体はコレだった。
頭のどこかで、その可能性に気がついていた。
もしかして人を傷つける可能性のあるもの。
人々の平和な日常を脅かす悪意の可能性のあるもの。
そんなコトを目論む人物が、このオエドタウンに潜み、
その実験を進めている……。
「どこかに売り飛ばすつもりで稼働実験でもしていたか……
あるいはもっと最悪なのが……」
「このオエドタウンで暴れさせるつもり、か。」
笹野の言葉の続きを引き受ける皐月。
皐月のその表情は険しいものだった。
焼け焦げやら瓦礫やらの後始末は勿論のコト、
犯人は目撃者のことも放っておいている。
密売目的ならば、情報が外部に漏れるコトを特に嫌い、証拠は念入りに揉み消すだろう。
ならばそれを怠る理由は二つに一つ……
「管理が杜撰な愚か者が犯人。
これは希望的な観測だ……」
そう口にする笹野の表情も険しい。
「一番嫌な解答は……
そんなコトを気にする必要がないから。
何もかも全て壊すつもりなら、そんなコトどうでもいいから。」
一番当たって欲しくない、
だが恐らく、
一番当たっているであろう答えだろう。
皐月の推理に、笹野は沈黙を持って肯定した。
「其の4」は11時頃投稿致します。