其の23「山民結社 矢車党」
明けましておめでとうございます♪
新年一日の初投稿に間に合ったー!
本年も宜しくお願い致します!!
「んじゃ、俺はこの真蔵を番所に運んどくからよ。
皐月、お前は俺さまの分まで女の敵をとっちめて来い。」
神授の森にて、ズタボロになり、逃げられないように縄でぐるぐる巻きにされた真蔵を担ぎながら、霜月は皐月に告げる。
「ありがとう霜月。
それとさ、番所に行ったら……」
「ああ分かってる。
町奉行の大岡に、”現場は天狗岳だ”って伝えるよう、役人に言えやいいんだろ?
それでお目当ての女同心が駆けつける、ってワケだ。」
皐月の願いを、”心得てる”、と笑顔で頷き、内容を口にする霜月。
それを受け、皐月は安心したように笑顔を浮かべた。
しかし、思うところがあったのだろう。霜月はふいに、眉を潜めると、皐月に不安そうに疑問を投げ掛けた。
「……でも来るのか? その女同心。
かなりへこんでたんだろ?」
霜月の懸念ももっともだと、黙って聞いていた睦月も無言で頷く。
視線で”本当に来るんですか?”と皐月に尋ねていた。
これで肝心の笹野兵衛が来なければ、睦月の今日一日の苦労は全て徒労に終わるワケだ。
……全く以て笑えない。
だが皐月は、そんな男たちの不安の空気を物ともせず、自信満々に笑顔で答えた。
「大丈夫、来るさ!
大岡さまが笹野さんを絶対に立ち上がらせる!」
確信していた。
大岡さまは絶対に笹野さんを復活させて、ここへ寄越してくれると。
笹野さんは絶対に立ち上がって、必ず拐われた女性を助けに来てくれる、と。
それを見た睦月は、糸目をわずかに見開き、やがて笑顔を浮かべ、こう口にした。
「……分かりました皐月。
貴女がそういうのならば、私はもう何も言いません。
私は、”大岡備前上と笹野兵衛を信じる”という貴女を信じるコトにしましょう。」
睦月の発言を受け、それを横目で聞いていた霜月もまた、穏やかな笑顔で発言をする。
「俺さまもだ。
俺さまはお前の言葉を信じる。
だったらもうここにいる理由はねえだろ?
焚き付けた女同心の方が先に現場に着いてみろ? 格好がつかないぞ、ヒーロー。」
そうだな、と皐月は笑顔で呟き、今度こそ駆け出す決意を固めた。
睦月は穏やかに笑みを浮かべ、皐月に激励の言葉を送る。
「さあ行きなさい皐月。
願わくば貴女に、
武運と、勝利を―――」
皐月は頷き、二人に笑顔で礼の言葉を口にする。
「ありがとう、睦月。
そっちは頼んだよ、霜月。
―――――行ってくる!!!」
皐月は二人に背を向け、一気に駆け出していった。
皐月の背を見送り、残された男二人。
「さて、妹の成長も見届けたコトですし、
私は戻りますかね?」
睦月はそう口にすると、その場を後にしようとした。
が、それに待ったを掛ける霜月。
「……何、勝手に”自分の役目は終わった”感を出して去ろうとしてやがるんだ。
お前もゴミを番所に運ぶの手伝えや。」
それを聞き、数歩歩みだしていた睦月は立ち止まり、振り返ると、霜月に向け首を傾げる。
「はて? 霜月。そんなゴミ一人で運べるでしょう。わざわざ付き添って欲しいんですか?」
「んなわけねえだろが。ゴミはこれ一つじゃねえんだよ。
このゴミの家に他に四つ、まだ放り込んだまま放置してあるんだよ。
俺さま一人で五つも運べるか。
お前も運ぶの手伝ってけ。」
それを聞き、睦月は後ろ頭を掻きながら「やれやれ」と呟きながら霜月のそばに戻ってきた。
「……私、力仕事はあまり得意ではないので遠慮したいのですがねえ……」
そうは言うものの、素直に霜月の隣に歩み寄ってきた睦月。
口では嫌がった発言をしているが、手伝う、というコトだろう。
「珍しく素直じゃねえか。」
戸惑いながらも霜月は笑顔で睦月に悪態をつく。
「それはね。
ほら、可愛い妹に叱られましたから。
今日くらいは……ねえ?」
バツが悪そうに苦笑を浮かべながら、睦月は霜月に答える。
それを見て、霜月は吹き出した。
「ククッ。暦衆ナンバー1にも、敵わない相手がいたんだな。」
クククッ、とゴミを担いでいるのとは反対の手で口元に手を当て、笑いを堪える霜月。
「そうですよ? 霜月。私は可愛い妹には頭が上がらないんです。
貴方もでしょう?ナンバー3。」
「ちがいねえ。
お互いアイツの頼みは断れないから、今日一日振り回されてんだもんな。」
ハハハ、と霜月は声を出して笑い飛ばした。
「行こうぜ?
皐月にはああ言ったが、こいつを番所に送り届けにゃ、ご期待の女同心は何処に向かえばいいのかが分からないだろ?
兄貴分が皐月に出来る、この案件 最後の手伝いだ。」
「ええ。」
霜月の提案に、睦月は素直に頷き、歩き出した弟分の背を追い歩み出す。
心配はしていない。悪党退治に手を貸した方がいいか、なんて心配は皐月には不要だ。
彼女は必ず勝つ。
それは皐月の実力を知っている二人には、疑うことすら要らないほど確かなコト。
毛の先程も皐月の勝利を疑っていない暦衆の男ツートップは、談笑しながら森を抜けようと歩き出していったのだった。
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神授エリア、天狗岳。
ゴツゴツした岩に囲まれた、石と砂が広がる岩礁地帯。
神授の森を抜けた先の一帯、特にその中でそびえ立つ山とも言える大岩を”天狗岳”と呼ぶ。
岩のシルエットが”長い鼻を持つ天狗に見える”から、とか、
かつて天狗が住んでいたから、とか、
名前の由来は諸説あるのだが、定かではない。
この天狗岳の麓、高くそびえる岩肌に両脇を囲まれた平地に今は廃れた神社がある。
神社、と言っても、今では誰も参拝には訪れず、参道の石畳はいくつも割れ、それに沿って並んで配置された灯籠たちも錆が浮き、苔が生い茂り、かつて神を奉っていた本殿も、朽ちてボロボロに成り果てていた。
もはやなんの神を奉っていたのか、ということは愚か、その神社の名前すら分からなくなり久しいその場所に、大勢の人間が集まっていた。
無論、参拝などではない。
集団の半分、女は後ろ手に縛られ、その場に座らされており、残りの半分、男は全員にやにやしながらその女たちを見下ろし眺める。
”山民結社、矢車党”
今回の女性連続誘拐事件を実行した犯行組織である。
”山民結社”と格好付けた名称を付けてはいるものの、ようは山賊である。
この天狗岳に根城を持つ彼らは、普段は山を訪れた人間を襲い、金品を強奪したり、若い女性を拐ったりとやりたい放題コトを尽くしている悪党集団だった。
今回、男たちは町で見つけた容姿のいい女を次々と拐い、このミヅホ国から、海外の国へ売り飛ばそうと画策していた。
海外の奴隷商人から話を持ちかけられ、彼らにとっても初となる、大規模な集団誘拐を敢行。奴隷商人から課せられたノルマの人数に達し、期日である今夜、港まで女たちを運び、そこで待つ奴隷商人に引き渡す手はずとなっていた。
「期日ギリギリだったが、なんとか間に合ったな。」
集団の男たちの中央の位置に立つ男が発言する。
それは香里とアヤメを拐ったあのちょんまげ男。
矢車党の、ボス、と呼ばれていたあの男だった。香里たちを拐った時は着物姿だったのだが、アジトであるこの廃神社に戻ってくると、金属製の胴着に身を包み、各種甲冑に身をやつしていた。
「ボス。真蔵に付けたアイツらはどうするんで?」
ボスの隣にいたヒョロ長の男が尋ねる。
「ヤスたちのコトなら心配するな。
俺たちが移動開始の予定時刻後、ある程度したら別ルートで追うよう指示してある。
途中の街道で合流予定だ。」
フフフ、と笑顔で答えるボス。
「……なんでアイツらにそんな指示を出してたんで?」
ヒョロ長がボスに再び尋ねる。
「保険だったんだがな?
万が一俺たちに追っ手が掛かるとしたら、金で雇ったナンパ役からだと考え、一応見張りに置いてたんだ。」
ボスが素直に答える。
「でもそれは徒労だったね。
追っ手は絶対に来ないからね。」
ボスの発言を補足するかのように、別の声が届く。
フフフ、と笑いながらボスの後ろ、本殿の影から男が一人現れた。
切れ長の眼が印象的な眼鏡の男。
髪をオールバックにし、後ろで束ねていた。
「ああ。あんたが手を回してくれたおかげでな。岩尾さん。」
ボスがやや猫背で歩み寄ってきた眼鏡男の方を見ながら語り掛ける。
この猫背の眼鏡男こそが……
「流石北町奉行。やるコトが違うな。」
北町奉行、岩尾典人上省吾だった。
「北町奉行? 奉行がどうして……?」
そう口にしたのは捕らえられた女たちの集団、並びの最前列に座らせられていたアヤメだった。
アヤメの発言が耳に届き、ボスはフフッ、と笑うとアヤメの前まで近寄り、しゃがみこんで答えた。
「答えは簡単だよ、アヤメちゃん。
北町奉行さまは俺たちの上得意さまだからさ。
いつもはちょこちょこと女を拐っては売り飛ばしてるんだがな?
たまに慰み物としてこちらにお買い上げ頂いている……ってワケだ。」
「分かったかい?」とアヤメに笑みを送るボス。
ウインクもしたこの男の顔に、アヤメは叶うならば思いっきり蹴りをお見舞いしてやりたいほどの怒りを覚えていた。
「サイテーね!
民を助ける町奉行が女を買ってるなんて!!
恥を知りなさい! 恥を!!」
アヤメはそれと同じくらい北町奉行にも怒りを覚え、興奮のあまり縛られているコトも忘れ立ち上がろうとする。
が、縛られたままでは上手く立ち上がれず、バランスを崩し、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。
「ふふふ、威勢のいいお嬢さんだ。
精々今のうちに意気がっておきなさい。
貴女たちにはこれから悪態もつく元気も出せない生活が待ってるんですからね。」
アヤメの姿を見て愉快なものを見た、と言わんばかりに岩尾省吾は微笑んで発言する。
アヤメの横の位置で座らされていた香里が、倒れ込んだアヤメを気遣い、なんとかバランスを崩さないように気を付けながら歩み寄ると「大丈夫ですか?」と声を掛ける。
「追っ手が回らないよう手を回した……
……どういう意味ですか?」
香里がボスと岩尾を睨み付けながら、静かに尋ねる。
香里を悪くない女と思っているボスは「おっ」と呟き、香里を見た。
ボスは香里と話をするのを楽しみにしている雰囲気を醸し出している。
だが香里の質問に答えたのはボスの隣に歩み寄ってきた岩尾だった。
「ふふふ……それはですね?お嬢さん。
偉~い人に私がお願いしましてね?
全奉行所にとある命令を出したんですよ。」
ふふふ……と笑いながら発言する岩尾。
「捜査中止命令、ですよ。
この事件から手を引くよう、お城の偉い人に頼みまして……圧力を掛けて戴きました。
私としても、お世話になっている矢車党の方たちが捕まってしまうのは困りますからねえ……」
岩尾は前のめりになり、香里を見ながら続きを口にした。
「……私のストレス解消の道具を調達してくれているこの方々がいなくなるのは………ね。」
道具とはつまり慰み物にしている女のコトだ。
この岩尾という男、女を自分の欲を晴らす道具にしか見ていない。
しかもそれを愉快に、笑いながら女である香里に、なんの悪びれた感情も抱かずに告げる。
岩尾の発言を受け、香里はより顔をしかめる。そこには隠すコトの出来ないほどの怒りの感情が浮かんでいた。
「あなた……最低ですね。」
「ん~……?」
ニヤニヤしながら香里の顔を見る岩尾。
「アヤメさんの言う通り、あなた最低です。」
へらへらしながらそれを聞く岩尾。「女が負け犬の遠吠えを言ってる」くらいにしか感じていない態度だ。
「女を自分の都合のいい道具くらいにしか思ってない最低な方です。
いいえ? 自分以外のコトも自分にとって、使えるか、使えないかでしか判断していないんでしょう。
……貧しい人間性ですね。」
香里の最後の発言を受け、岩尾が始めてピクリと眉を上げ、反応した。
「なんですって………?」
へらへらした態度が鳴りを潜め、香里に向け険しい表情を向ける岩尾。
「人間性が貧しい、と言ったんです。
……大方、捜査中止命令も、矢車党を切ると女性の調達が難しくなる、という目的も然りながら、その実、自分にも捜査の手が及ぶ恐れが出たから行なったんではないですか?
あなたが誰かを助けるような殊勝な人間にはとても見えません。
女性を買うルートを新しく開拓する手間を惜しんだとも考えられますが、あなたのような地位の人間なら、新しいルートを見つけるのは難しくないのでは?
ならば矢車党のため、というのは口実で、本当の理由は別。
そう、つまりあなた自身が捕まらないようにするため……」
聞いていく内にみるみる顔が怒りで赤くなっていく岩尾。恐らく香里の推測は的を射ているのだろう。
「あなたは自分の都合でしか動かない。
自分のコトしか考えられない。
実に器が小さく、
貧しい人間性の持ち主です、あなたは。」
「お黙りなさい!!!!!!」
香里のダメ押しの一言が刺さったのだろう。
岩尾は顔を真っ赤にして怒鳴ると、香里に再び歩み寄り、しゃがみこむと、大きく右手を振り上げた。
平手打ちが来る、と身構えた香里は顔をしかめるが、それは杞憂で終わる。
「おっ、と旦那ぁ。そいつはダメだ。
この娘は売り物なんでな。
傷をつけるのは控えてくれ。」
岩尾が振り上げた手を後ろにいたボスが掴み、止めに入った。
「むっ」と呟き、後ろを振り返った岩尾は、数秒ボスを睨む。
「……これは失礼。」
とボスに謝る。それを聞き届け、ボスは掴んでいた岩尾の手を離す。
岩尾は立ち上がると、わざとらしく襟を正し、コホン、と咳払いをした。
「……全く嫌な女だ。
女は黙って男の働く糧になればそれでいいのだよ。
生意気なコトを口にしおって……」
岩尾は香里に背を向けながら呟いた。
しかし、香里はその呟きを聞き逃さず、聞き返す。
「……黙って男の道具になっているのがいい女、ですか。」
「そうだ!!
それがいい女だ!!
女の価値は男に使われてこそなんだよ!!
それで男はいい仕事が出来る!
世の中が上手く回る!!
いい女の価値、ってのはな!!!
その身体で!!
男を満足させられる、ってコトを言うんだ!!!
性格や思考なんざいらない!!
そんなものは邪魔でいらないんだよ!!
女にはそんなもんは必要あるか!!!
その顔で! 胸で!! 身体で!!!
男を満足させる!!!
女の価値はそれで充分!!!
いや、それで全部だ!!!!」
香里の発言が……
いや、これはもう香里の声が勘に障った、というレベルだろう。
岩尾は完全に香里を”嫌な女”、”自分を怒らせる、勘に障るムカつく女”と認識していた。
ですます調の言葉遣いも忘れ、激怒して最低発言をかましてくれた。
「覚悟しておくんだな。
お前は奴隷商人に言って、”いい女”になるよう調教して貰えるよう頼んでおく。
もう謝っても聞かんからな?」
笑いながら香里に告げる岩尾。
しかし、怒りから眼が全く笑っていなかった。
「田舎者を甘く見ないで下さい。
そんな睨みと脅し文句で、恐怖に震え上がるようなヤワな根性は持ってないんですよ。」
香里はそんな岩尾の怒りの視線も物ともせず、にらみ返しながら告げる。
「ふん!
どうせ助けが来る、とでもタカをくくってるんだろうが……
先程の言葉は嘘じゃあない。
捜査中止命令は本物だし、破れば捜査した本人はおろか、関係者全員が解雇される物だ。
大方、命令違反してでも助けに来るバカな正義漢でも宛てにしてるんだろうが、それは叶わん。
回りは自分が連帯責任でクビを切られるのを恐れ、絶対にそいつを止めに入るからな。」
「そんな!!」と口に出すのは、顔を青くしたアヤメ。
皐月を宛てに心を折らずにいたのだ。それが叶わないと聞かされ、絶望感がアヤメを襲う。
それをみて、岩尾は満足そうに笑いながら発言する。
「なるほどな、命令違反をしてでも来そうなバカに心当たりがあった、ってワケか。
そりゃあ助かる見込みがあれば出るわな、あの強気な態度が、な。
フフフ……残念だったな。」
だが、それを聞いても全く動揺する素振りを見せない香里の態度を見て、反応が面白くない岩尾は再び怒りの感情に火が灯ったのだろう。
「ちっ!」と舌打ちし、香里に向け怒鳴り声を上げた。
「命令は絶対だ!
助けは来ん!!!」
「いや、来たぜ?
ここに一人、な。」




