其の16「香里とオエドタウンの人々」
大変お待たせしました(汗)
再開します!!
再開は彼女の話から...
時刻は少しさかのぼる―――
皐月が捜査に戻り、手空きとなった香里は、女将であるお美代に断りを入れ、アヤメを伴い、表に出ていた。
彼女の目的である兄捜しを兼ねた、アヤメによる町の案内である。
月見亭に腰を下ろした香里。以降お使いや買い出しといった用事もこなせるように、と、アヤメに近所の店々を案内して貰っていた。
八百屋や魚屋といった商店を次々周り、各々の店の従業員に香里の顔見せも兼ねて挨拶していく。香里はその際、兄を捜している旨も伝え、何か情報があったら教えて欲しい、とも伝えていた。
まあ現状すぐには有益な情報は舞い込んでこず、やりとりで返ってくるのは他愛もない挨拶ばかり。
「アヤメちゃんは勿論だけど、お美代さん始め、月見亭には綺麗所が多いねえ♪ 別嬪さんが増えるのはおじさん大歓迎だよ♪」とはパン屋の主人の言。
横にいた奥さんに頭をはたかれるのを見て、アヤメは大いに笑っていたが、香里は困惑しつつも苦笑するのがやっとだった。
花屋を回った折、ここが仲良し子供五人組の一人、ゲンタの家だと知り、冗談混じりに「口説かれました」と香里が言えば、「ホントに嫁に来ないかい?」と、今度は母親に口説かれ、
「年の差がありますよ」と香里が返せば、何故かアヤメに「恋愛に年の差は関係ありません!」と怒られる。
服屋に行けば、アヤメのウェイトレスの制服はここで仕立てて貰っている、という話になり、悪乗りした店の店員とアヤメ二人に、危うく香里もメイド服を着せられるところだった。
余談だが、アヤメは市井に出るときもウェイトレス姿のままだ。
「私の仕事着ですからね。この格好に慣れてますし、周りも何も言いませんからね。
あと、この格好の方が殿方の眼を引きません? いい方が声を掛けてくれるかもしれないでしょう?」
前半は穏やかな表情で語っていたのだが、後半につれ段々と眼が血走っていたのは気のせいだと香里は思いたかった。
霜月よ、声を掛けられたがっている女がここにいるぞ。
金物屋を覗いた際、「ナンパのプロ」なる人物がいる、という話になり、どういう人物だろうかといった白熱した議論になったが、主に参加していたのはやはりアヤメ。
香里は思いがけず再会した末吉と軽く話をしていた。
話題は皐月が追っている連続女性誘拐事件のコト。
「岡っ引き小町が言ってたけど、まだ例の事件の犯人、捕まってないんだろ? 気を付けてくれよな」と香里の身を案じる末吉に、「こんな田舎者、誰も見向きしませんよ」と返す香里。
謙遜ではなく、本気で思っているから危うい。末吉もそう感じたようで、慌てて香里を諭す。
「アンタ自分で思ってるより全然可愛いぞ! 現に俺だって……」と口にしたところで、自らの失言に気づき、末吉は顔を真っ赤にした。
「末吉さんはなんで私を気に掛けるんですか?」と香里が小首を傾げて尋ねる。それに対し末吉はさらに顔を真っ赤にして慌てふためく。
「いや、だから、そのな!」と言葉にならない言葉を叫び動転する。そんな末吉の様子をみてクスクスと微笑んだ香里は、「私も大抵、月見亭にいますから。これからはご近所さんですね。まずはお互いを知るところから始めませんか?」と末吉に告げる。
それを聞き届けた末吉は一瞬ポカンとしたが、すぐに満面の笑みとなり、「よ、宜しく!」と右手を差し出してきた。握手だ。
その手を取った香里を見た周りの人間は「おお!」とはしゃいだ、のだが、
「お友達になってくれてありがとうございます♪ 宜しくお願い致します♪」といい笑顔で香里は返した。
アヤメ始め、周りは全員「ん?」と首を傾げ、末吉は笑顔で固まっていた。
アヤメが「友達?」と香里に尋ねると、「はい、こんなに心配してくれる優しい方と友達になれるなんて嬉しいです♪」と香里はやはりいい笑顔でアヤメに答えた。
……この場にいる全員が"カップル成立"かと思ったぞ。
分かっててやってるのなら質の悪い小悪魔的行動なのだが、この笑顔から察するに香里は恐らく天然でやっている。大方末吉の言動を「気がよく優しいから心配してくれている」とでも解釈したのであろう。ある意味余計に始末が悪い。
「ははは……」と乾いた笑いをしたあと、「友達かあ。友達……」とショボくれた表情で呟いた末吉が妙に印象的だった。
周りの従業員たちが末吉の肩を叩き、慰め励ます中、一人意味が分からず「私と友達というのは嫌なんでしょうか?」と困惑する香里に、「まあ"友達"は嫌でしょうね……あ、いやいや! なんでもありませんよ! 大丈夫です、香里さん!!」と捲し立てるように叫んだアヤメ。
残念ながら香里の兄の所在を知る者はここでもおらず、いたたまれない空気の中、アヤメと香里は金物屋を後にしたのであった……。
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挨拶周りも粗方済ませ、時刻は現在夕方。
皐月が歓楽エリアのホストクラブ「雅」の入口で聖也と騒いでいた頃。
香里とアヤメは月見亭に戻ろうと人気のない街道を歩いていた。
帰宅途中、仲良し子供五人組と会い、五人が皐月とも会って話をしたというコトを耳にする香里。
こちらはゲンタの実家の花屋に顔を出し、ゲンタの母親に「嫁に来ないか?」と言われたコトを教えると、ゲンタは顔を真っ赤にして周りから、からかわれていた。
コウイチは皐月に捜査のヒントをプロファイリングした旨を自慢し、再び皆から「凄い!」と持て囃され鼻高々。
「そろそろかえらないと、おゆうはんのじかんが……」と春菜とおリカが口にしたコトで、五人組と別れた。
妙に上機嫌のアイに「さつきによろしくいってくれ」と別れ際に告げられ、何となくその笑顔が印象的だった。
「アイさん、なんかご機嫌でしたね。」
香里がアヤメに口にした。
「ええ、なんか小町さんと何かを約束したとかなんとか……あの娘にしては珍しく辛辣な言葉が少なかったですよねえ。」
この町の住人であるアヤメは、ご近所のコトは詳しいため当然あの子たちのコトは見知っている。顔馴染みだ。
アイが実はこの商店エリアでも有数の商店商会の大店の娘だと知っており、香里はそれを聞いて驚いていた。
「彩谷商会、って言うんです。アイちゃんはそこのお子さんですよ。
本名は藍華ちゃん、だったかな?」
「じゃあ本当に良いところのお嬢様だったんですね。……私、なんか失礼なコトとか口走ってないでしょうか。」
「ああ、大丈夫ですよ。香里さんは普段の言動も優しいですから問題ないですし、そもそもアイちゃんはそういうの気にしてませんから。」
アヤメが笑顔で答える。
アヤメがむしろ心配しているのは小町こと皐月のコト。あの人の言動こそ心配だ。何かやらかしそうでハラハラする。
アイとはどんな約束をしたのだろうか、と考える。変な約束とかじゃなかろうか、とも考えた。
「……もしかして他の皆さんも何処ぞのご子息ご息女だったりするんですか?」
香里が恐る恐るアヤメに尋ねる。
本人曰く、自分は田舎者なので、肩書きやらが付いてる御仁がどうも苦手で恐縮してしまって……とのコト。
それを聞いて、アヤメは笑いながら教えてくれる。
「いや、確かお偉いさんのお子さんはアイちゃんだけだったはずですよ。
ゲンタくんは花屋さんのお子さんで、コウイチくんは寺子屋の先生さんの息子さんだったかな? おリカちゃんは何かの職人さんの娘さんだったはず。で、春菜ちゃんは、」
「お父さんが港で働いてるんでしたよね?」
と、香里が引き継いで発言した。アヤメが「そうですそうです。」と答える。
「商店エリアで働く人たちのお子さんですからね。日中親が働いていて遊んであげられないご家庭が多いんですよ。で、そんな方々の子供たちは子供同士で遊んで一日を過ごしているみたいですね。
なんグループかあるみたいで、アイちゃんのグループはゲンタくんがリーダーになってまとめてるみたいですよ。」
と、アヤメが付け加えて教えてくれた。
「キャンプとかお祭りとか何か子供たちの催しがあったりすると、子供たちが集まってグループが自然と出来るみたいですね。で歳を重ねて大きくなったら下の世代の子供たちの面倒をみるまとめ役になっていって……ってなっていくみたいです。」
「まあ春菜ちゃんみたいに他所から来て何処かのグループに自然と混じるコトも多いですけど」とアヤメは教えてくれた。
「仲がいい子でグループを作って、大きくなったら下の子の面倒を見る……都会のオエドタウンもその辺りは田舎と変わらないんですね。」
と香里が笑顔でアヤメに答える。
ふと気になって香里はアヤメに疑問を尋ねてみた。
「皐月さんもそうやって育ったんですかね?」
”自分の町に誇りを持っている”という皐月。
幼少期は一体どんな娘だったのだろうか。
やはりやんちゃだったのだろうか。
意外と大人しい娘だったりして。
ゲンタのようにグループのリーダーをやっていたのか、あるいは誰かの下で行動隊長みたいに走り回っていたのだろうか……
と、ここまで想像したところで、アヤメが口を開いた。
「小町さん?
確か彼女、この町の出身じゃなかったような?」
アヤメの発言に香里は思わず想像を止め、足を止めてアヤメの顔を見る。
「そうだったんですか?」
「うん。私もオエドタウン出身で地元民なんですけど、小町さんは見たコトないですね。
まあ私は十歳の時に親戚のいる田舎に引っ越してしまって、去年戻ってきたんです。
その頃にはいましたけど……」
その頃にはもう既に”岡っ引き小町”として人気を博していた、とのことだ。
上京したアヤメは月見亭で働き始め、お美代の知り合いでよく巡回に来る皐月と知り合った、という。
「私も詳しくは聞いてないんですけど、確か当時有名だった岡っ引きの”セージ”さんに引き取られたとかだったような……?」
アヤメが首を傾げながら続きを話す。
「セージさん?」
「小町さんのじっちゃんです。”清十朗”さんだったかな? だからアダ名がセージさん。私が引っ越すまではその方がこの南町で有名な岡っ引きさんでしたね。
小町さんはそのセージさんの後を継いで岡っ引きをやってるんですよ。」
アヤメも世代交代について詳しくは知らなかった。自身がオエドタウンを離れていた約七年の間に何かがあったようだ。
また突っ込んで聞くにはデリケートな問題だと思い、皐月始め知人には深く尋ねなかったのだという。
これまでの話はお美代を始めとした知り合いたちに何となくで聞いた話である、とアヤメは教えてくれた。
「そのセージさんという方、現在は…?」
「病気で他界されたそうです。私がこのオエドタウンに帰ってくる以前だそうで。」
最期は皐月始め多くの知り合いに惜しまれながら逝き、病気ながらも穏やかに亡くなったのだとアヤメは耳にしていた。
「そうですか……皐月さんも身内の方を喪ってるんですね……」
しんみりした表情で遠くの空を眺めながら、香里が発言する。
彼女もまた、母を喪い、父の最期を看取ってこのオエドタウンに上京してきた。家族を喪う寂しさ、辛さは知っているつもりだ。
「あの笑顔の裏には、複雑な過去があったんですね……」
いろいろな過去を背負って、それでも現在笑えている。
皐月さんは強い人だ、と香里は思った。
「……まあ、複雑らしいですよ。いろいろと、ね。」
そんな香里を横目に、アヤメはやはり沈痛な面向きで口にした。
香里には言わなかったが、アヤメはもう一つ皐月について知ってるコトがあった。
のだが、なんか空気が重くなってしまったのを感じとり、これ以上重くするのを避けるため、敢えてそれを口にはせず「いろいろと」と濁したのであった。
正確には皐月の家族のコト。清十朗には一人娘がおり(※皐月は孫の扱い)、彼女の存在のコトなのだが……これは清十朗のコトよりも更に複雑な事情だったのである。
なお、これは古株の地元民、ある程度の歳がいっている者ならば知っている事情であった。
新参者の香里がそれを知る日は果たして来るのであろうか。
そんなコトを考えながら歩き出すアヤメとその姿を追う香里。
話ながら歩いていたせいか、あるいは内容が少し重い物であったためか、それは定かではなかったが、とにもかくにも二人は気がついていなかった。
二人に近づく集団がいることに………。
今日中にもう一話投稿予定です。




