其の12「蛇の道は蛇」
霜月が話を通し、皐月は受け付けのダンディ男、荒木のいる受け付け内に足を踏み入れる。
受け付けの中は棚やら書類やら電話やらが置いてある狭い空間だったが、そこを通り抜けるとその奥に、荒木が休憩に用いている個室があった。
皐月は(表の仕事であるホストの)仕事中の霜月に話があるときは、荒木に相談し、よくこの部屋を貸して貰っていた。
営業時間中の大半はこの部屋が使われることはない。
荒木ももう慣れたもので、霜月が皐月と何かを話しているときは、誰もこの部屋に通さず、また自身も近づかないように配慮してくれていた。
「悪いな荒木さん。毎度、毎度。」
「なあに、良いってことさ。
んじゃ、お二人さん、ごゆっくり。」
荒木はそう言うと、扉を閉め、受け付け業務に戻っていった。
「……荒木さんってホントいい人だよなあ。
なんでホストクラブの受け付けなんてやってんだろ?」
皐月がぼそり、と呟く。
「ウチのオーナーの繋がりらしいぜ?
詳しくは俺さまも聞いたことねえけどな。」
とココまで発言して、霜月はふと皐月を睨む。
「ってお前、今さりげなくホスト馬鹿にしたろ?」
「あ、わりい。そんなつもりじゃあ……」
皐月は焦って霜月に訂正を入れる。
「あーあ……天下のヒーローさまで、普段は人気の岡っ引き小町さまからすれば、俺ら夜の住人は”なんか”と言われちまう職業かあ。」
一段高くなっている箇所に畳が敷いてあり、霜月はそこに腰かけると、そのまま仰向けに寝転がった。靴は履きっぱなしなので、足はタイルの床に投げ出している。
「悪かった、って。
そう卑下に取らないでおくれよ。
アタシは”職業に貴賤なし”って思ってるんだからさあ。」
皐月は寝転ぶ霜月の身体の横に腰掛ける。
履き物は脱がずに、段差を利用して椅子のように畳に座る形だ。
「……皆、立派だよ。
”自分が生きるため”、”誰かが楽しく生きるため”……
働く、ってコトは、生きるため……」
「誰の言葉だ……?」
「……じっちゃん。」
皐月の表情に少し影が灯る。
今は亡き、祖父のコトを思い出してしまったのだろう。
微笑んでいるが、ともすれば泣き出しそうな顔にも映った。
「……んな顔すんな、って。
女が泣いていいのは嬉しい時だけだ。
んな顔してたら、あの世とやらにいるじいさんに叱られるぞ。
笑っとけ、笑っとけ。」
身体を起こし、霜月は皐月の頭をポンポンと軽く叩いた。
「子供扱いすんなよ」と皐月は半眼になり、不機嫌な表情を浮かべるが、やがて調子を取り戻したのか、フフッ、と笑みを浮かべる。
「サンキュー、霜月。
流石女のコトになったらメンバー一。
やるじゃん。」
「バーカ。俺さまにかかれば、こんなん文字通り児戯だっつーの。
女口説くときはこんなもんじゃねえから。」
そう言いつつ、霜月の顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。
「俺さまは勿論のコト、ココで働くヤツらはみんな、お客様に夢を売ってんのよ。
生きる、ってコトは楽しいコトばかりじゃないからな。
生きる上で辛いコト、悲しいコト。
そういったモンを上手く消化出来ない女性は実は結構多いワケだ。
そんな不器用な子羊ちゃんたちの、明日を生きるための細やかな活力になるべく存在してるのが、俺ら、ってワケ。」
「……高い金取ってかい?」
「そりゃあタダ、ってワケにはいかねえよ。
こっちだって身体張ってるワケだし、俺らだって人間だ。
食ってくのに金は必要だからな。」
「それにしたってなあ……」
「いいんだよ、皐月。
お客さんはそれを分かってウチに来るんだ。
料金のコトを承知の上で来るんだよ。
高いか安いかはその人の捉え方次第。
高いと思うのなら、分不相応。
ウチに来るべきじゃない、細やかな身の丈にあった幸せを興じるべきだし、
俺らは高いと思わせないサービスをする努力をする。
そういう世界だよ、ココはな。」
少なくとも、俺はそう心掛けてる、と霜月は結んだ。
皐月は思う。
自分は”岡っ引き”という仕事に誇りを持っているように、霜月もまた、彼なりの誇りを持ってこの仕事に取り組んでいるのだ。
だからこそ、バカにされる発言をされると不機嫌になるのだろう。
「ごめん霜月。きちんと謝るよ。
立派だよ霜月は。」
真面目な顔をして霜月に謝罪の言葉を掛ける皐月。それを受け、霜月は後ろ頭を掻く。
「分かったから、もうそのくらいにしてくれ。
あんまマジで謝られると、こっちが照れるわ。」
再び皐月の頭をポンポンと叩く霜月。
ただし、今度は先程よりも少し強く、雑だった。
「だから子供じゃないんだから。」と皐月は拳を握る。
「それに俺は立派なんかじゃねえよ。
いくら粋がってもまだてっぺん取れねえしな。
”姐さん”みてえには中々な。」
殴られては堪ったもんじゃない、と霜月は皐月の頭から手を離し、ふとそんなコトを口にする。
「そっか、言ってみれば”葉月”も同じ夜の住人だもんな。
で、葉月はナンバー1だし。」
と言いながら、霜月を見る。
「……どーせ俺さまはナンバー3だよ。」
何も言ってないだろうが、と皐月は反論する。
「でも対象の違いは大きいだろ?
男相手にする葉月と、女相手にする霜月。
口にするのは簡単だけど、この差は大きいと思うよ?」
「まあな。」と霜月も頷く。
男はいい意味でも悪い意味でも単純なところがある。
それこそちょっと褒めたり、素敵だを連呼すればコロっと落ちたり、色気に惑わされればポンポンお金を渡してしまうところもある。
「エロは金になる」という言葉があるが、そういった意味でやり易いのは、霜月よりもあるいは葉月のほうなのかもしれない。
まあそれだけでナンバー1になれるほど甘くはないのだろうが。
「つーわけで、霜月も立派、立派。
胸を張って誇りに思いなよ、自分の仕事と今の地位をさ。」
と皐月は締める。
「やれやれ……」と霜月は呆れるのだった…が、
「さて、そんな立派な女泣かせの霜月に相談があるんだが……」
と、皐月はここで本題に入った。
「……男が女をナンパするのはどうしてだ?」
さっきまでの”ちょっといい話をしていた的な空気”が一気に消し飛んだ。
「はい?」という言葉とともに、霜月は無表情というか、真面目な顔というか、なんとも形容しがたい表情になり、
「お前いきなり何言ってんの?」
と皐月に返すのであった。
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「お前やっぱ俺さまのコト馬鹿にしに来たの?」
コトの経緯を聞き終えた霜月が最初に口を開いて出た発言がコレだ。
「いや、だってさ。」
「だってじゃねえよ!
なんだよその”ナンパのプロ”っつーのは!
アホかお前!!」
「事実だろ!!
女取っ替え引っ替えして次から次にさ!!」
「そういうコト言うワケ!?
感動した、立派だ、っつった感想は何処行った!!」
「じゃあ町中で可愛い娘見掛けたらどーするよ!!」
「……まあ声掛けるわな。」
急に素のテンションになる霜月に、皐月はコケッ、と前のめりになる。
「じゃあなんで怒ったんだよ!!」
「いや怒るだろ! そこは!!
俺さまのイメージが悪くなるだろうが!」
「イメージも何も事実だろうが!!
なんだよ! 女見かけりゃ見境なしに声かけやがって!!
一体そりゃあなんでなんだ!!」
「なんで?」と聞かれ考える霜月。
で、出た答えが………
「いい女がいたら声掛けるのが礼儀だろ。
もしかしたら声掛けられるの待ってるのかもしれねえしな。」
「声掛けない方が失礼だ」、という何やら異次元な思考回路の回答だった。
「……それって男は皆そう考えてるものなのか?」
ようやく知りたかった回答が得られたものの、内容がひどすぎて理解できないものだった。
が、一応皐月は「一般男性も皆そうなのか?」と確認を取る。
「難しい質問だな。
俺さまの回りは皆、そういうヤツばっかだが、一般的かと言われると、なんだか違う気もする。」
「世の中ホストみたいな押せ押せの狩人ばかりじゃないし、どっちかというとシャイなヤツが多いしなあ」、と霜月は続けた。
聞く相手を間違えたか、と皐月は頭を抱えた。
もっと犯人に繋がりそうな何かを期待してたのだが、これではどうにもならない。
いや、これはもう犯人も「いい女だ、よし拐うか」という短絡的な動機で動いている、というコトの裏付けになっているのではなかろうか。
……それが裏付けられたところで何も進展はしないのだが。
「文月あたりに聞いた方がまだ収穫あったか?」
はあ……という溜め息とともにそんな発言を口にする皐月。
「いや……文月は女だろ。」
霜月が思わず突っ込みを入れる。
「でもアイツ、男は勿論、女にもモテるじゃん。」
「……ああ、文月はモテる。」
そこは否定しないナンバー3ホスト。
妙な空気が部屋を包んでいた。
「に、しても、だ。
そんな事件が起こってる、なんて俺聞いてないぞ。
どういうことだ。」
「んん!」とわざとらしく咳払いをしたのち、霜月が話題を変えるべくそんなことを口走る。
「……アタシも知ったの二日前だし、そもそもウチらに回される性質の事件じゃなかったからね。
本来は町方の、言ってみればアタシの岡っ引きの領分であって、
今回はアタシが出張ってヒーロー案件にしたけど、そうじゃなきゃ霜月の耳に入ってなくても――」
「いいや、理屈はどうあれ、俺さま納得しないぞ!
皐月に聞かなかったら、俺さまが知らないうちにこの町からたくさん美女が消え失せていた、ってコトだろうが!
考えただけでも恐ろしい!!!」
皐月の発言を遮って、霜月は怒りの感情を爆発させる。
女性のコトを心配して怒るその感情は正しい、と言えば正しいのだが、
どこか私欲が勝ってる気がする。
「しかもそれが俺さま以外の男に抱かれるために売り飛ばされるだと!! 勘弁ならん!!」
……絶対に気のせいではない。
「俺さまもマジで協力してやる!!
おい皐月!! もっと他に何かないのか!
情報とかヒントになりそうな物とか!!」
何やら勝手に燃え上がった男の態度に困惑する皐月。
「(いや、それを得たくてココに来たワケなのだが。)」
「逆にアタシが聞きたいよ……」という言葉を飲み込んで、霜月をジト眼で見る皐月。
と、ふと過る、まだ霜月に言ってない情報。
「……ここ最近、金遣いが荒くなった、とか、
羽振りが良くなった人間、っていないもんかな?」
ダメで元々だ。
皐月は手元にある使えそうな情報を出してみた。
香里の出してくれた意見だ。
「金の羽振りが良くなった人間?」
霜月が皐月に聞き返す。
「ああ。恐らく犯人グループも自分のトコの構成員だけじゃなくて、臨時に金で人を雇って女拐いをやってるんじゃないか?
だったら急に金遣いが荒くなった人間がいたら……もしかして……」
発言の途中から言葉が段々尻すぼみ気味になっていった皐月。
というのは、聞いていた霜月の顔つきが明らかに変わったからだ。
「霜月。何か心当たりが?」
真剣な表情で何かを考え込んでいた霜月。
皐月の顔を見ると、頷きながらこう口にした。
「皐月。俺さまんトコに来たのは正解だったな。
大正解だ。」
霜月は真剣な表情なまま、畳から腰を上げると、個室の入り口に向かい歩き出す。
扉を開けると、受け付けをやっている荒木に声を掛けた。
「荒木さん、ちょっと確認したいんだけど……」
時刻はまだ夜に差し掛かったばかり。
逆に言えば、この日の夜はこれから、まだ始まったばかりだ。
間違いなく長い夜になりそうな気配が漂い始めていた。
一応念のため言っておきますが、荒木さんは事件にまっっっったく関係ありません。
ただのいいオッサンです。
(※この終わり方だと荒木さんが犯人にも取れてしまうかな?と<汗>)




