表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/88

其の10「思わぬ再会と捜査のヒント」

 さて、お腹も膨れ、心の憂いも薄まった。


 アタシには恋()というやつはまだ解りかねるけれど、町と人々への()なら熱く持ち合わせている。


 滾る血潮は民のため、熱き心は人のため。


 現在(いま)、心痛める か弱き女性たち(ひとびと)を助け、それを私欲で楽しむ邪悪を成敗するために、自分は動き出さなくてはならない。


 皐月は気合いを入れ直すと、椅子から立ち上がり、テーブルを挟んだ二人を見ながら笑みを送る。



「アヤメ、香里。話が出来て良かったよ、ありがとう。

 アタシは行くけど、これから二人とも出掛けるならホントに気を付けてな。


 二人とも可愛いから狙われてもおかしくないんだからな。」


 本来なら外出自体を控えて欲しいところだが、それは無理だろう。

 買い物をする用事だってあるだろうし、香里は兄貴を捜すことが一番の目的でここに腰を据えているのだ。

 本当に芯の強いこの子のコトだ。自らがこうと決めたことは曲げないコトだろう。

 また、それを邪魔する権利は自分にはない。


 ならば、この場において自分に出来るコトは、注意を促すコトが精々だろう。



 やたら男前な、カッコいいセリフを臆面もなく吐く皐月に、アヤメは少し顔を赤くしながら答える。


「……小町さんさりげなくそういうコトを言えちゃうんですよねえ。

 もし男性にそんなコトを言われたら、私コロッと落ちちゃいますよ。


 あーあ、小町さんが男だったら良かったのに……」



 やや軽いアヤメの言葉に、皐月は苦笑をもらす。

 一方、香里は真面目な顔で、皐月に語りかける。


「でも皐月さん。行くと行っても何処へ?

 何か宛てはあるんですか?」


「いいや、宛てはないさ。けどジッとしてらんないからね。

 足で捜すよ、何かのヒントをね。」


 無論、皐月に宛てなどはなかった。

 けれど、ここでこうしていても、皐月の心が軽くなりはすれども、女性たちが助かるワケではない。

 ならば外で歩き回る方がヒントを見つけられる可能性が高い。

 少しでも可能性があるのなら、そちらに足を突っ込む。


 それが皐月のスタイルだ。

 

「なんなら私、手伝いましょうか。

 一人で大変なコトでも二人なら……」 


 香里が真剣な顔で提案を持ちかける。

 他人を気遣えるこの子のコトだ。恐らくこの子はこう言ってくれるだろうな、と皐月は分かっていた。


 けれども、


「ありがとう、香里。でもアンタにはアンタの目的があるだろ?

 こっちは結構危ないし、アンタは兄貴を捜すことに精を出しておくれよ。」


「頑張る、って今約束したばかりだろ?()()()()、ってね」と、皐月は香里にウインクを向ける。


 

 皐月は香里に自分の方(兄貴捜し)をさせたかったのだ。

 ただでさえ、自分は事件の捜査で香里のコトを手伝えないのに、更に皐月の事情に巻き込んで、香里の捜索の邪魔をしたくはなかったのだ。


 その上、女性を拐う連中を相手にしなければいけない、危険なコトなのだ。

 わざわざ香里を巻き込みたくはない。


 皐月はそういった理由から、香里の申し出を断るコトにしたのだった。



 さて、自分がいたら遠慮して捜索に出るのを躊躇ってしまうかもしれない。

 そろそろ自分は出ようか、と、皐月は自ら空にした丼をお盆ごと持ち上げ、席を立つ。


「そのくらいやりますよ、小町さん。そのまま置いておいて下さい」というアヤメの言葉を無視して、向かう先はカウンター。


 皐月に気づいてカウンターの奥から人影が現れる。 



「ごちそうさま、料理長。

 嬉しかったよ、カツ丼出してくれて。


 やっぱり荒磯さんのカツ丼はサイコーだね、食べに来た甲斐があった。

 おかげでまた走り回れるよ。ありがとね。」



 皐月はこの無愛想(に皐月には見えていた)な料理長、荒磯にそう笑顔で告げ、お盆をカウンターに乗せると、


「また食べにくるから。」


 と言って、カウンターを離れた。



 向かう先は食堂出口。

 そのまま玄関へ、ひいては表に向かうコトにする。


 一度振り返った皐月は、

「また来るからさ、また話しようぜ。

 アヤメも香里も、出掛けるとき、本当に気を付けてな。」

 と手を振りながら別れの言葉を告げる。



 その言葉を受け、皐月の背中を見送ったアヤメは、こう呟いた。



「……()()()へのサービスを意識せずにやってしまう。

 小町さんのああいうところが、ファンを作るんですよねえ。」


 香里は皐月に手を振り返していたが、アヤメのその発言に、アヤメの顔を見ながら微笑む。


「(岡っ引き小町さん、か。

 なるほど、ファンになりますよね…)」


 ふと料理長を見れば、お盆をジッと見て、それから少ししてそれを持って奥に引っ込んでいった。


 端から見れば、その顔は無表情に見えるかもしれない。

 けれど、香里は気づいていた。


 ご飯粒ひとつ残さず平らげ、空になった丼をジッと見た荒磯の口元が僅かに上がっていたコトに。



 奥に引っ込んでいった折に、香里に見せたその背中が、心なしか上機嫌な者のそれであったように見えたのは、恐らく香里の気のせいではないだろう。


「(素敵ですね、皐月さん。)」


 ふふふ、と、香里は何故か嬉しくなって笑顔になるのであった。



ーーーーーーーーーーーー



 玄関でお美代に声を掛け、「また来るよ」と告げた皐月は、その足で月見亭を後にした。



 さて、足で捜すよと宣言したものの、何をどう探せばいいのやら。



 "急に羽振りが良くなった人物を捜す"という香里の指摘はいい線だ。

 しかし、ではこの広いオエドタウンの中のどの辺りで"該当人物"を捜すか、が問題だ。



 取っ掛かりが欲しい……。



 そう思いながら、皐月は宛てもなく町を歩き始めた。


 

 考え事をしながら歩くうちに、皐月はとある場所にたどり着く。


 そこは町中に相応しくない、大きな樹が生えている地。

 そう、二日前、皐月が香里と共にトラマル親子を助けたその場所である。



「(そーいや、前回の事件は、ここで猫を助けたコトがきっかけで自体が進展したんだよなあ

 ……なあ大樹さん、またなんかヒントをおくれでないかい。)」


 

 樹を見上げながら、皐月は心の中でそんなコトを呟く。

 神も仏も、ましてや幽霊、妖怪といった超常現象の類いは一切信じない皐月であるが、妖精さんだけは例外。


 樹に宿る心やら魂やらが導いてくんないかなあ…… 


 なんて思っていた。


 まあそんな都合のいいコトなんざあるわけがないよな、と自嘲したときだった。






「……あれ? アンタ岡っ引き小町じゃねえか?」





 ふいに後ろから声を掛けられ、皐月は声のした方を振り向く。


「あ。 アンタ確かあんときの。」


 皐月は声を掛けてきた男を見定める。その男の顔に見覚えがあった。


 そう、皐月が香里と出会うきっかけを作った男。

 上京したての困っていた香里をナンパしていた……



「確か……末吉……だったっけ?」



 ナンパ男とのまさかの再会であった。




ーーーーーーーーーーーーーー




「なんだい? 今度はアタシをナンパかい?

 いい度胸じゃないか。」


 皐月はナンパ男=末吉に笑顔で語りかける。


「な! ちげえって!

 ……人を誰彼構わずナンパする色男みたいに言わないでくれよ。」


 末吉は慌てて否定し、

 後半は皐月がからかってるコトに気づき、ガックリと肩をすくめながら呟いたのだった。


「わりぃ、わりぃ。

 なんか第一印象が()()だったもんだからさ。

 ついな。」


 皐月は後ろ頭を掻きながら笑顔で答える。


 実際は根が悪い男ではないと分かっている男だ。別に色情魔のような扱いをするつもりもない。

 皐月は改めて末吉に質問をする。



「冗談はさておいて……

 末吉はこんなところでなにやってんだい?」


「使いの帰りだよ。俺の仕事場、このすぐ向こうだからさ。

 帰り道にここを通ったら、見覚えあるアンタの顔が見えたから、思わず声掛けちまったんだ。」


 聞けば末吉は近くの道具屋のバイトらしい。

 主に金属の小物……金槌やドライバーといった工具を取り揃える店で働く従業員なんだとか。


 で、近所に商品を届けた帰りに、偶然皐月を見かけて声を掛けてきた、とのことだ。



「そういうアンタは? 見回りの途中かなんかか?」


「いや、捜査の最中なんだ。

 で、聞き込みでもしようと………」



 末吉の質問に答える途中で、皐月はふと思う。

 頭を過ったのは、チビ五人組の一人、コウイチの発言。



 ”こういうばあい、はんにんのきもちになってかんがえてみるのも、ひとつのてではないでしょうか。

  どういうじょせいをさらいたくなるのか、それをかんがえてみて、はんにんのこうどうパターンをよそうしてみるんです。”



 あのときは”使えない意見だ”と一蹴したワケだが、ふと思う。


 これまで意見を聞いてきたのが子供や女だったから分からなかっただけで、実は大人の男には、男にしか分からない()()があるんじゃないのか、と。


 しかも幸い目の前にいる男は、女を口説いたコトのある立派な経験者。

 何かヒントを得られるのでは……。


 皐月は末吉に訊ねてみるコトにした。




「なあ。


 男が女をナンパしたくなるの、ってどうしてだ?」




 末吉の動きが止まる。

 表情も真顔、というか、無表情、というか。


 なんとも形容しがたい顔つきに変わった。





「は?」




 かろうじて彼の口から、この一単語だけが絞り出た。




「いやだから。

 男、ってヤツは、どういう時に女をナンパしたくなるもんなんだ?」



 皐月が末吉に詰め寄る。


 ……どうやら聞き間違いではなかったようだ、と末吉は皐月をいぶかしげな顔で見返す。


「……藪から棒になんだよ。

 そんなコト言われても知らねえよ。」


「いやな、今、事件の捜査してんだけどさあ。

 犯人の行動パターンとか分からなくて困ってんだよ。


 アンタにも確か言ったろ?女の人が次々拐われてる事件が起こってる、って。」


 皐月の説明に「ああ……」と呟く末吉。

 合点がいった、という表情になるのだが、すぐさま再び顔をしかめる。



「で、さっきの質問か。

 ……なんで俺に聞くんだよ。」


 汗を掻きながら、末吉は皐月に確認する。



「生憎アタシゃ女だから分かんないんだよ、男が女を口説こうとする心理がね。

 周りにも意見を求めたんだが、全員女かガキばかりだったから参考に出来なくってさあ。」


「……で?」


「アンタはナンパ経験者だし、男だ。

 だから何か閃かないか、と思ってさ。」



 皐月はこれまたいい笑顔で末吉に訊ねた。

 が、肝心の末吉は、こめかみに指を当て、顔をしかめている。



「……あのよ?

 さっきも言ったが俺ぁ別に誰彼構わずナンパしてるワケじゃねえよ。


 その……あのとき声掛けたのはよ、

 あの娘、困ってそうだ、って思って最初は純粋に助けようという意図だったんだよ……


 けど……」 


「けど?」


「……顔よく見た時に、好みの顔立ちだったから、あわよくば……って……」


 言いながら末吉は顔を真っ赤に染める。  


 


 言ってて恥ずかしくなったのだろう。

 末吉はここまで口にすると、急に大声で捲し立てるように喋り始めた。



「だああああ!!! タイプだったんだよ! もろに!!

 ストライクだったの!!!


 だからお近づきになりたくてしつこくしちゃったんだよ!!

 チャンス逃したくなくてさ!!!


 なんで、って聞かれたら好みのタイプだったからだよ!! 悪いかよ!!!」



「わかった、悪かった。落ち着けって」と皐月は末吉をなだめる。

 末吉は顔を真っ赤にしながらハアハアと肩で息をする。


「……俺の意見なんか参考にならねえよ。ナンパのプロにでも聞けよ……」


 中腰で膝に手を付いた姿勢で、末吉は呟く。

 どこか投げやりな感情で呟くと、うつむいてしまったのだった。



 が、先程まで苦笑していた皐月は、末吉のその呟きを聞き届けると、あることを思い付き、ハッとした表情に変わる。



「ナンパのプロ………?

 ……それだ!!!!!!」


 皐月は叫ぶと同時に駆け出した。


「あ、おい!!」


 末吉は皐月に声を掛けるが、皐月は脱兎の如く走り去ってしまっており、

「ありがとよ、末吉ぃぃぃ」という言葉と共に、あっという間にその背中は豆粒サイズになってしまっていた。


「……なんなんだよ?いったい。」


 眉を潜めて立ちすくむ末吉。頭が冷え、皐月が捜査に向けて走り去ったことは察した。

 自分の発言で何やら閃いたようだったが、



「自分で言っててなんなんだけどよ……

 ”ナンパのプロ”ってなんなんだよ? どういうやつだ。」



 その疑問に答えてくれるであろう女は、既に末吉の視界からは消え失せ、影も形もないのであった。






       「帰るか……」





 尚、このあと、

 ”ナンパのプロとはどんな男?”

 という論争が末吉の働く店で勃発するのだが、それはささやかな余談である。


次回、皐月の組織のメンバーの一人、

=新しいのが一人登場します(確定事項)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ