其の11「願うは若い、命の無事を」
「春菜ちゃん、教えてくれてありがとう。」
ところ戻って月見亭。
皐月はしゃがみこみ、少女 春菜に目線を合わせ、礼を述べる。
「でも今回は役に立ったけど、お美代さんの言うように、夜 一人で出歩くのは危ないからな。
次、トラマルがいなくなったら、誰か大人の人に言うんだぞ。」
「うん!」
「良い子だ。」
皐月は春菜の頭をワシャワシャと撫でる。
春菜はキャーと言いながらも、笑顔で喜んでいた。
「皐月さん?」
訝しげな表情で、香里は皐月に話しかけようとした。
香里からすれば、今のふたりの会話はちんぷんかんぷんだったからだ。
ただ、分かることがある。
おそらく、今のやりとりは、あまり良くない出来事に繋がっているものなのだろう。
春菜に向ける皐月のその表情は、顔は笑みを浮かべるものの、なんだか堅いもののように見受けられるような気がすると香里は感じていた。
「香里、オエドタウンに上京して初日なのに申し訳ないけど、
……多分、何か騒動が起こるかもしれない。」
皐月は屈めていた背を伸ばし、頭を香里に向ける。
「え?」
皐月の言葉に、不安の表情を浮かべる香里。
「けど信じて欲しい。
この町は決して悪には屈服しないって。
例え騒ぎが起こっても、”大丈夫”って思えるものが、この町にはあるんだ、って。
余所から来たアンタに、アタシは信じて貰いたい。」
皐月は真面目な表情で香里にそう告げる。
それは皐月の願いだった。
皐月は失望されたくなかった。
”自分の町を誇りにしている人間がいる町”
そう言ってくれた香里に。
そんな嬉しい評価を持ってくれた香里に。
皐月はこの町を、失望されたくなかった。
どうしようもない輩が、この町からいなくなるコトはないだろう。
悪の根が潰えるコトはきっとない。
けれど、知っていて欲しかった。
それと同じくらい、気の良いヤツらがこの町には溢れている。
そして、
そんなヤツらを守ろうと戦う存在が、ここにいる。
「……わかりました。
まだこの町のコトを、多くは知りません。
ですが、今日一日の中で出会った人たちの笑顔を、私は知っています。
そして、私はもっと、たくさんの人の笑顔を見てみたいです。」
香里は微笑みを皐月に向ける。
「だから私は、この町を愛している、貴女の言葉を信じます。」
信じる、という言葉を受け取った。
ならば自分は動かなければいけない。
この言葉を嘘にしないために……。
「ありがとう香里。
場合によっては、お美代さんや他の宿の客と一緒に避難するんだぞ。
お美代さん、宜しく。」
皐月はお美代に頼む。
この人なら、上手く動いてくれる、と皐月は信頼していた。
「任されましたよ、皐月さん。
さあ、お行きなさい。貴女の役割を果たすために。」
お美代さんにヒーローのコトをバラしたコトはない。
けれど、何も知らないであろうお美代は、偶然にも自分を鼓舞する言葉をくれる。
それが嬉しかった皐月は、笑みで頷く。
「さつきおねーさん、これからどこいくの?」
トラマル抱える春菜が、少し不安の混じった表情で皐月に尋ねる。
「ヒーローに伝えに行ってくる。
春菜ちゃんが教えてくれた、大事なコトを!」
それじゃあ!、と、皐月は駆け出す。
「皐月さん、お気を付けて!」
香里は去っていく皐月の背に、激励の言葉を投げ掛ける。
皐月は振り向かず真っすぐ駆けてゆく。
ただ右腕を大きく天に付きだし、手を振ってそれに応えたのだった。
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「さつきおねーさん、ヒーローのおともだちなのね。」
「春菜ちゃん、内緒にしておいてあげてくださいね。
知られると騒ぎになって、ヒーローさんも皐月さんもみんな困ってしまうでしょうから。」
「うん!」
皐月が去ったあとの玄関先、残された三人はまだ表で話していた。
お美代はしゃがみ、春菜の頭を撫でながらそう告げる。
「あの、
先ほどから皆さんが言う、ヒーローという方は…?」
と、ひとり件の存在について分かっていない香里は、かの存在についてお美代に尋ねる。
「半年くらい以前からですかね?
何か事件が起こったときに、何処からともなく現れて、町方の手に負えない悪人を懲らしめる酔狂な人が出るようになったんですよ。」
お美代は背を伸ばすと、香里に向き合い、語り始める。
「何処の誰なのかは分からないし、知っている人は誰もいない。
町方、お役人の誰かなのか、とか、
俳優が演技の練習を兼ねているのでは、とか、
果ては、実は公儀隠密なんじゃ、とか…
様々な憶測が流れましたが、真相はわかっていません。」
ですが、と、お美代は続ける。
「確かなコトがひとつ。
その方、我々 町人を守るために動いて下さってます。
裁くのは悪人。決して悪を見過ごさず、困っている民がいると手を差し伸べ、必ず助けてくれる。
そして必ずなんとかしてくれる、と安心させてくれるんです。
その方がいるから大丈夫。
何が起こっても、その方がいるからなんとかなる。
この半年でその方はオエドタウンの民に安心感と希望を与えてくれました。
ですから、感謝と親しみ、敬愛の意を籠めて、
皆その方を、こう呼んでいるんです。」
お美代はこう続けた。
「ヒーロー、と。」
結構 人気なんですよ、とお美代は結ぶ。
「オエドタウンのヒーロー、ですか…」
香里はお美代の言葉を反芻する。
田舎者な自分には縁のなかった言葉だ、と彼女はピンとこなかった。
が、ふと思う。
先ほどお美代は、”役人の手に負えない悪人が現れたとき”に彼の者は出張ってくるのだ、と。
というコトは、皐月の忠告は、かなり危険な事件を示唆していたのではないかと。
避難も視野に入れろ、と皐月は口にしていた。
「お美代さん…。」
深刻な表情をお美代に向ける香里。
しかしお美代は穏やかな笑顔を香里に返す。
「大丈夫ですよ、香里さん。
皐月さんも言っていたように、この町は悪にやられたりは致しません。
ヒーローさんが必ず守ってくれますからね。」
だから安心して、とお美代は告げた。
それを受け、香里は思いなおす。
そうだ。自分は皐月に言ったのだ。
信じる、と。
ヒーローの力を信じる皐月。その皐月を信じる、と約束したのは自分だ。
ならば信じよう。 大丈夫だと。
香里はそう決心した。
「それと、春菜ちゃん。」
「なあに? おみよさん。」
お美代は再びしゃがみこみ、春菜の眼を見て話す。
「残念ですけど、春菜ちゃんが見た、
きつねのおじさんも、大きなトカゲさんも、
どうやら 正義の人 じゃないみたいですね。
皆を困らせる、 悪い人 のようです。」
お美代は春菜に説明する。
「そーなの?
でもきつねのおじさん、おおとかげさんをしんぱいしてたよ?」
首を傾げる春菜に、お美代は説明を続ける。
「どうやらきつねのおじさん、という方、
善からぬコトを前々から企んでいた人だったみたいですね。
皐月さんはそのきつねおじさんのコトを知ってたみたいです。
おそらく大トカゲとやらも、きつねおじさんの善からぬ企みの道具のようですね。」
だから、とお美代は続ける。
「だからね、春菜ちゃん。
多分これからきつねのおじさんも、大トカゲさんも、町で暴れて人をケガさせるかもしれません。
だからヒーローさんが成敗するでしょう。
春菜ちゃん、きつねおじさんと大トカゲがやられても、ヒーローさんは虐めてるワケではありませんから、許してあげて下さいね。」
お美代は春菜をそう諭す。
見ようによっては、ヒーローが他の人をいじめている光景になってしまうコトを懸念した。
春菜は、トラマルの身を案じるコトの出来る、優しい娘だ。
”大トカゲを心配する、優しいおじさんも、たくさんいる正義の人の一人だ。”
と口にしていた。
本当にそうだったら、どれだけ良かったコトか。
ケガをした、大トカゲを心配して、こっそり手当てをしてあげるきつねおじさん……
春菜はそう思ったのだろうし、そうであれば美談で終わったものだ。
が、悲しいコトに、現実はそんな子供の思いやりある想像をぶち壊す。
何が悪で、どれが正義か、
自分一人で判断するのは、まだ小さい子には難しいかもしれない。
思い込みで、大トカゲを虐めるヒーローの前に、大トカゲを庇って飛び出してしまうかもしれない。
ヒーローが実は大トカゲを虐めた、と裏切られたように受け取り、ショックを受けてしまうかもしれない。
まだ純粋な明るい心根の少女を守るために、お美代は説明するのであった。
「そーなのね。
きつねのおじさんも、おおきなトカゲさんも、
わるいひとなのね……
わかったわ……」
自分の言葉が、果たして何処までこの少女に伝わっただろうか……
お美代は不安を覚える。
「春菜さん、ヒーローさんが好きなんですよね?」
ここで声を上げたのが、香里だった。
「うん、わたしはあったことないけど、すき!
だっておとっつあんをたすけてくれた、いいひとだもの!」
良い笑顔を香里に向ける春菜。
「ヒーローさんは多分、きつねの方をずっと捜してたんだと思います。
だから”見つけたら教えて欲しい”と、皐月さんにお願いしていたのだと思います。
春菜さんの教えたコトが、
春菜さんの大好きなヒーローさんの、お役に立ったんですよ。」
香里もしゃがみ、春菜の目線に合わせて喋る。
「ヒーローさんが捕まえたいと思っている悪い人、
無事に捕まえられたら、春菜さんのおかげですね。」
すごいですね、と香里は結ぶ。
「わたし、ヒーローさんのやくにたつの!?」
若干興奮する春菜。
よほどそのヒーローが好きなのだろう。
「はい。
春菜さんも騙そうとした悪いきつねさん。
春菜さんの話できっと捕まりますよ。
大好きなヒーローさんの活躍、私とみんなで、信じましょう。」
「うん!!」
香里と春菜、二人で笑い合う。
と、その後ろでお美代は驚きの表情を浮かべる。
この香里という少女は、すんなりと春菜の心に届く言葉を投じた。
”自分は難しく考えすぎたのかもしれない。”と少し反省し、ふたりの少女の笑い顔を、穏やかに見守るお美代。
自分は少し、歳を取り過ぎた。
この娘たちを見ていると、そう感じられてしまう。
願わくば、このまだ若い命が危険に晒されないことを……。
オエドタウンに迫る悪意を前に、
”オエドタウンのおふくろさん”は眼を閉じ、天に祈るのであった。
というわけで、この次が変身です。




