其の8「月見亭のおふくろさん」
書き上がりましたので、投稿させて頂きます。
子供たちと別れ、皐月は香里を連れ、
本来の目的地である宿へと辿り着く。
”オエドタウン月見亭”
皐月に、いや、
このオエドタウンの多くの町人たちに”おふくろさん”と呼ばれ、親しまれている人物が経営する、人気の宿である。
「おふくろさん、ですか?」
「そ、地元民は勿論のこと、
他所から来た観光客も”またココに泊まりたい”っていうくらい、温かい人がやってるんだ。
親しみを籠めて、
ついたアダ名が”オエドタウンのおふくろさん”。」
なるほど、と香里は納得する。
「事情を話せば長期滞在でも安く部屋を用意してくれると思う。
兄貴、何処にいるか全く分かんないんだろ?
何日掛かるか分からないなら、宿代もバカになんないだろうし。」
「それは助かりますけど……」
いいんですかねえ……とやや腰が引けている香里。
月見亭は古くからある、老舗の宿だ。
外見はこの数年で新しく建て替えられており、古臭さを感じさせない、お洒落なものとなっている。
というのも、現在の女将、”おふくろさん”が、自分の代となってから手を加えたらしい。
石で出来たセンスのある外壁は話題を呼び、観光客は勿論のコト、食事だけ目当てで食堂を訪れたり、会合で宴会に使われたり、と地元民も多々利用する人気スポットとなっている。
そんなお洒落な宿に、しかも長期滞在……
いいのだろうか、場違いじゃないだろうか、と田舎者の香里は腰が引けているわけだ。
別にそんなこと、悩む必要は微塵もないと思うのだが……
「言ったろ? 挽回させて欲しい、って。
…アタシも含めて、このオエドタウンに来てから、
アンタにはこの町の変なトコロを印象づけちまってる気がするからさ。
アタシが知ってる一番いい宿を案内させて貰ったよ。」
別にそこまでおかしな印象など与えられていない、と香里は思ったのだが、それを口にするのはやめる。
このままでは遠慮と遠慮の終わりが見えない掛け合いになりかねないからだと思ったからだ。
「ありがとうございます、皐月さん。」
なので、香里は遠慮ではなく、お礼の言葉を口にする。
「いい、ってことさ。」
皐月は先んじ、月見亭の敷地内に足を踏み入れ、
香里はその後に続くのであった。
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「お美代さん、いる~?」
玄関の戸を開き、フロントに声を掛ける皐月。
待っていると、従業員口から一人の女性が現れる。
「あら皐月さん、いらっしゃい。
見回りかしら?」
落ち着いた雰囲気の女性だ。
割烹着がしっくりと似合っている。
五十は行っていない……そのくらいの年齢だろうか。
「ううん、今日はお客さん連れてきた。
また面倒見てやってくれないかなあ?」
「あらあら、いらっしゃい。
オエドタウンへようこそおいで下さいました。」
女性は二人の前で中腰に座り込むと、
香里に向かって丁寧に頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます、先崎香里と申します。
今日上京してきたばかりでして……」
香里も負けじと頭を下げる。
ふと思ったのだがこの二人、なんとなく醸し出す雰囲気が似ているような気がする。
皐月はふとそう思い、思わず微笑んでいた。
「あらあら、じゃあ長旅だったんじゃないですか?
お疲れでしょう。
私はこの月見亭の女将を任されてます美代子、って言います。
一先ず上がって、一息ついて下さいな。」
女将は下駄箱からスリッパを持ってきて、二人の前に用意してくれた。
が、スリッパを履く前に、香里は皐月に確認したいコトが出来た。
「女将さん……って。」
「ああ、さっき話したろ?
この人だよ、”オエドタウンのおふくろさん”。」
”おふくろさん”なんていうから、香里はてっきり、もっとご年配の女性像を勝手に想像してしまっていた。
その顔をよく観察すれば若干のシワだったりが確かに確認できる。
しかし、まだまだ精力的で、落ち着いた雰囲気を醸し出すものの、しっかりとした足取り、言動…
”おふくろさん”というよりは、”年上のお姉さん”と言った方がしっくりと来るだろう。
そう見受けられた。
「イヤですよ、皐月さん。
私は未婚ですし、”おふくろさん”なんて呼ばれるほど歳を食った振る舞いはしてないつもりですよ。」
確かに。
どうも”おふくろさん”なんてアダ名だと、知らない人ならば年寄りのイメージを持ってしまうだろう。
現に口には出さないが、香里がそうだった。
あんまり言わない方がいいアダ名なのではないだろうか。
口には出さないが香里は表情でそう語っていた。
「別におふくろイコール年寄り、って結びつける必要はないと思うけどなあ……。
アタシはお美代さんにピッタリなアダ名だと思ってるけどな。」
それは暗に見た目より年寄りだ、と言っているのでは………
香里は皐月の遠慮のない言葉に冷や冷やしながら、皐月の顔をみる。
当の本人は呑気な、深く考えてない表情だ。
「だっておっかさんみたいに凄く優しいじゃん。」
笑顔で口にする皐月。
女将さんの顔を見ると、困ったような、けれど嬉しいような...若干の照れが入った笑顔になっている。
「オエドタウンの岡っ引き小町にそう言われるのは光栄ですよ。
じゃあおっかさんらしく、娘の頼み事を訊きましょうかね?」
いつまでも立ちっぱなしもなんですから、上がってくださいな、と、お美代は二人を促す。
余裕のある女の人だなあ、素敵だ。
と思いながら、香里は外履きからスリッパに履き替えるのであった。
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「まあ、それは苦労なさったのね、香里さん……。」
従業員室に通された皐月と香里は、出されたお茶を呑みながら、お美代に、香里の事情を説明していた。
「というか、現在進行形で苦労してるんだよ。
お美代さん、悪いんだけど助けてやってくれないか?」
皐月の願いに、お美代は二つ返事でうなずく。
「ええ、構いませんよ。
なんだったら宿を訪れるお客さんにも、お兄さんのコトを聞いてあげますよ?」
お美代さんの提案に、皐月も香里も笑顔になる。
「本当ですか、ありがとうございます!」
香里は頭を下げる。
良かったな、香里、と皐月は香里の肩を叩く。
「香里さん……」
喜ぶ香里に、お美代は優しく声を掛ける。
「はい。」
「何処にいるのか分からないお兄さんを見つけるまで、大変でしょう。出費もバカになりませんからね。
お代は結構ですから、見つかるまで、じっくりココに腰を据えて下さいな。」
「え!?」
お代はいらない、というお美代のまさかの提案。
これには香里は勿論、皐月も驚いた。
「何を仰るんですか、そういうわけにはいきません!」
「お美代さん、何もそこまで……」
慌てて断る香里だったが、お美代は笑顔で首を左右に振る。
「お金は自分のために取っておきなさいな。
何があるか分かりませんし、お金は持っておいて困るものではありません。
幸い、空きの従業員部屋があります。そこに滞在すればいいでしょう。」
「しかし……」
ただでさえ、上等のこの宿に泊めていただけるだけで御の字、加えて兄探しの協力まで申し出てくれているのだ。
この上、滞在費までいらない、となれば甘えすぎだ。
香里はそこまで甘えるつもりはないのだが、お美代は譲るつもりはない様子だった。
「気が引ける、というのならば、そうですね……
滞在中は、この宿の仕事を手伝ってくださいな?
無論、お兄さん捜しが優先で構いません。
空いた時間で結構です。
食事は出しますし、
働きに応じて、お給金も検討しますよ。」
働きで滞在費を返す、という話なのに、給金の支給までされる……
「もしかして人手不足とか……
そういうことなら、まあ――」
「いいえ? 人手は多いにこしたことはありませんが、充分足りてますよ。」
そこは遠慮する香里が納得するために、ウソをついてもいいのでは?と思う皐月だったのだが、
お美代は皐月の考えを見透かし、皐月の方に顔を向けて発言する。
「ここでウソを言っても、実際に住み始めればすぐにウソだと気づきます。
それにね、人手が足りないから、という理由にしたら、お兄さんの捜索よりも、宿の手伝いを優先させてしまうでしょう。」
そういう人でしょ、貴女は。
と、口には出さないが、お美代は香里に視線でそう確認する。
恐らく図星だろう。
「香里さん、貴女は、貴女の事情をまず優先させなさい。
この宿のコトはついで、二の次で結構です。
困ったことがあったら相談するんですよ?
お兄さんのコトに限らず、ささいなコトでも困ったら相談して下さい。
出来るだけの力にはなりますからね。」
穏やかな笑顔の表情で、しかし、真っ直ぐと香里を見つめて述べるお美代。
香里は困惑してしまう。
「聞かせてください、女将さん。」
「あら、早速相談ね。聞かせて下さいな。」
恐らくお美代は香里の質問が読めているのだろう。
表情を崩さずに、言葉を待つ。
「どうして会ったばかりの見ず知らずの田舎者に、そこまで親切にしてくれるんですか?
そこまでしてもらえる理由が、私には分かりません。」
言いたくはないが、何か裏があるのでは、と勘繰ってしまう。
「怖いのかしら?
何か裏があるのかもしれない、と。」
これも言い当てられた。
「……納得出来る答えを頂かないと、この話、お受けできません。」
遠回しにだが、香里はお美代の言葉を肯定する。
こんな言い方はしたくないが、お美代を怪しんでしまう、
疑ってしまう。
自分が納得出来る理由が欲しい。
香里はそういう思いを込めてお美代を見る。
「そうね、じゃあ答えましょう。」
お美代は一瞬、皐月を見る。
皐月はその視線の意味がわからず、心の中で首を傾げた。
「貴女は”助けてくれ”と声を上げました。
私はそれを聞き届け、”力になりたい”と思ったんです。
このオエドタウン、 ”助けて”と素直に声を上げられれば、自分に出来る範囲の力で、誰かしら力を貸してくれる町なんです。」
笑顔でお美代はそう香里に告げた。
そしてお美代はこう締める。
「私は”おふくろさん”なんでしょ?
娘が困っているなら助ける、
これが答えです。」
裏など何もない。
香里が頑張っているコトが伝わったから、手助けをします。
お美代に出来る範囲の協力を申し出ました。
お美代にとっては、ただそれだけ、のコトだったのである。
「……ありがとうございます。
どうぞ、宜しくお願い致します。」
頭を下げ、香里は礼の言葉を口にする。
その声は、若干震えていた。
宿に入る前、香里に、皐月は確かに口にしていた。
”そ、地元民は勿論のこと、
他所から来た観光客も”またココに泊まりたい”っていうくらい、温かい人がやってるんだ。”
”親しみを籠めて、
ついたアダ名が”オエドタウンのおふくろさん”。
”アタシが知ってる一番いい宿を案内させて貰ったよ。”
現在理解した。
皐月の言う、”一番いい宿”の、本当の意味が。
うっすらと涙を浮かべた顔で、香里は隣に座る皐月を見る。
皐月は笑顔で返す。
口には出さないが、その顔はこう言っていた。
”本当だったろ? オエドタウンで一番の宿だ、って”
香里は黙ってうなずく。
心温かい女将さん、”オエドタウンのおふくろさん”が営む宿、月見亭。
皐月の言葉に、一片の偽りもなかったのであった。
恐らく、今日の投稿はこれまで。
続きは明日以降にさせて下さいませ。
...変身ヒーロー物なのに、まだ変身シーンにたどり着いてない(汗)
というか、敵すらまだ出てない(大汗)
頑張りますので、どうか宜しくお願い致します。




