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突然の業務命令

「梶谷監督最高傑作、そのキャッチコピーを聴いた時、不安が胸を過ぎった。数多くの傑作を撮ってきた梶谷監督。『PTAタイム』『絶好調教室』『ストレスアワー』あれらの傑作を超える映画がそう易々と作れるものか? キャッチコピーは誇大表現なのではないか? 心配は杞憂だった。これは、紛れもなく梶谷監督最高傑作だ。人間くさくて身近にいそうな登場人物。登場人物が必死になることで生まれる笑いの数々。監督は5分に1回は笑える作品を目指したとインタビューで語っているが、それは正確ではない。3分に1回は笑える。笑う度に腕に印をつけてエンドロール後上演時間で割ったから間違いない」

 そこまで書いたところで星村静海せかいはキーボードを叩く手を止めた。さすがにこれは大げさ過ぎるのではないか。映画を観ながら笑う度に腕に印をつけたりなんてしていない。記事にする為に開始15分くらいはやってみたが、すぐに馬鹿馬鹿しくなって止めた。腕についていた印は5つだったから、満更嘘でもないけれど。

 先週編集長の天笠美由紀から言われた言葉が未だに引っかかっていた。

「あなたの映画評、コアな映画ファンから評価高いのは認めるけど、一般受けが悪いのよ。真実を書けば良いって訳じゃないわ。もうちょっと読者がその映画を観てみたいと思えるような、そんな書き方ができないものかしら?」

 確かに静海は滅多に映画を手放しでは褒めなかった。映画には良い所もあるが悪い所もある。静海は、映画の良い所よりも、むしろ悪い所をピックアップして映画評を書くことが多かった。もっとこうすればいいのに。そう願いを込めて書いた映画評は、映画通の読者からは評判が良かった。読み物としては面白く書けている自信はあったが、それを読んでその映画を観たいと思えるような、そんな書き方を確かに静海はしたことがなかった。

 あれ以来、何をどう書けばいいのか分からなくなり、スランプ状態に陥ってる。面白いと感じられなかったものは面白くないのであり、その自分の感情を偽って書くことなんてできない。梶谷監督最新作、『私じゃありません!』も面白い所はたくさんあったものの、笑いが上滑りしていて、登場人物の描き込みが浅いように感じられた。

 にも関わらず、最高傑作と書いてしまうなんて、これでは僅かながらいる静海の映画評読者を裏切ることになってしまう。

 静海は、デリートキーで今書いた部分を全て消した。もっといい書き方ができるはず。

 体勢を整えてパソコンに向き直ろうとしたその時、真後ろに気配を感じた。振り向くと、編集長の天笠がパソコンを覗き込むようにして立っていた。

「今の良かったのに。どうして消しちゃったのよ」

「……もっといいの書きますよ」

 だから早くどこかへ行ってくれと、パソコンに向かったまま天笠の方を見もしなかったが、天笠の気配は消えない。

「……何か?」

「実は、栗原さんが今日無断欠勤していてね」

「ああ……」

 静海は斜め前の空席のデスクを観た。結婚間近の婚約者から浮気をされたとかで、ここ最近ずっと塞いでいたが、無断欠勤とは。

「全然連絡繋がらないのよ。今日は新店オープンのインタビューのアポ取ってあるから、行ってもらわなきゃ困るのに」

 栗原は、美容、ファッション、グルメの担当をしていて、新店がオープンするとそこのオーナーを直接訪ねてインタビューを記事にしている。フリーペーパー『シティ・ライツ』の人気コーナーだ。

「それは……困りましたね」

 我ながら心ない答え方だ、と思いながらもそう答えることしか静海にはできない。自分には関係ないこと。今は自分の映画評コーナーを書くので忙しいのだ。

「星村くん、代わりに行ってくれない?」

「は?」

 聞き間違いかと思ったが、天笠は真面目くさった顔で静海を見下ろしている。

「何で僕が……」

「皆忙しいの。あなたしかいないのよ」

「僕だって忙しいですよ。他に誰か……」

 編集部内を見回したが、誰も彼も血走った目つきでデスクにしがみついている。慢性的な人不足の上に今月に入って二人も辞めてしまった為、一人一人が抱えている仕事量がキャパオーバーの状態だった。

「……僕には無理ですよ」

「無理でも何でも行ってもらわないと困るの。仕事なんだから。これは業務命令よ」


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