いるはずのない者
(アイツ、やっぱり『異世界チート』の話を知っていたのか)
メガネ男子生徒の質問の内容から、こんな事態を知っていただろうことは、カグチはわかっていた。
(いや、知っていたというか、望んでいたんだ。俺と同じように。『異世界』に行ったら、自分なら、どうするか。どんなチートを得て、どんな生活をするか。頭の中でシミュレーションをしてきたんだ。だから、分かったんだ。あの力の中で、当たりはSSランクの『火の力』とかじゃない。Fランクの、一見使い勝手が悪そうな、でも実は強力な、無双できる力が当たりだってこと!)
カグチは、歯を食いしばる。悔しかった。
ただ、ぼーっと座っていた自分が。
あれだけ、緊張感を保てと自分に言っていたのに、油断をしていた自分が。
(気づくべきだった。思い付くべきだった。天使は言っていたじゃないか。話し合いで解決できたら、と。なら、自ら、天使がハズレだと思っている力、Fランクの力を望めば、手に入れられるじゃないか!!)
カグチは、拳を握りしめる。
(『軟体の力』! まさか、一番の本命を、さっそく、こんな形で取られるなんて……!)
反吐が出そうだ。
自分の、考えの甘さに。
拳の堅さが乗り移ったかのように、カグチの背中も丸くなる。こうしないと、爆発しそうだった。
カグチは、悠長に、他人がどんな力を得るのか、なんて観察している暇はなかったのだ。
ガチャの結果が良くなるように、祈っているなんて、愚かなことをしている暇はなかったのだ。
そして、すでに終わっていることを、後悔している暇もなかったのだ。
部屋の中が、徐々に、しかし、はっきりと、騒がしくなっていく。
その変化に気がついたカグチは、丸めていた背中を起こした。
唖然とした。
さきほどまで大人しく座っていたはずの他の生徒たちが、立ち上がり、杯に群がっていたのだ。
「……あ、ああ!?」
カグチも慌てて立ち上がる。
「し、しまっ……くそっ!!」
そして、杯に向かい走り始める。
カグチも、把握していたはずだ。
あのメガネの男子生徒以外にも、『異世界チート』を知っている生徒達がいたことを。
彼らも、当然狙うだろう。
あこがれの、ハズレのチート能力無双。
Fランクの力で快適異世界チート生活を。
(……今の時点でも、十、二十は、いる。でも、俺より近い場所から向かっている奴らがもう三十はいる。間に合うか? Fランクの力は、数えたけど四十四個。一つなくなって四十三個。天使も、あれだけの数に押し寄せられて、困惑している。なら、紛れるはずだ。後から来ても、さりげなく、押しのけて、前の方に……)
天使の前で、あまり乱暴な振る舞いは、これからのことを考えると避けたいリスクではある。
しかし、背に腹は変えられない。
二段、三段と階段を下りていた時だ。
「……兄さん?」
カグチは、はっきりと聞いてしまった。
それは、ここにいるはずのいない者の声。
カグチ達とは少し違う制服を来ている、優しそうな、男子中学生。
冬去 火那彦
名字は違うが、間違いなくカグチの弟だった。