最高の友達
「……ご迷惑をおかけしました」
「いや、落ち着いたらそれでいい」
三十分ほどは叫んだだろうか。
ようやく意志疎通がとれる状態になったカグチに、ズニャは甘い液体を飲ませた。
楽薬と呼ばれる、飲んだモノを落ち着かせる薬だ。
それを飲み、呼吸が整ったカグチは、今温かいお茶を飲んでいる。
このお茶も、リラックス効果があるらしい。
「……私の『魅了』が通じない」
リラックスするお茶を入れメリンナは、不満げに頬を膨らませていた。
「あの、お茶ありがとうございます。美味しいです」
「……そうじゃないんだよなー」
メリンナの不満は止まらない。
「アレは無視していていいからな。で、何があった? まだツラいなら無理に話さなくてもいいが……」
「そ、う……ですね。でも……」
カグチは、ズニュに自分に起きた出来事を話した。
ここまで面倒をみてもらった以上、何も話さないのは、道理が通らないだろう。
もちろん、自分が『天啓者』であることや、聖域のこと、世界樹など触れることはできないことがあったが、それでも話せることはなるべく話した。
「ふぅん……元仲間に、奇襲を受けて、火をつけられた、か」
「それで他の仲間も、荷物も全部燃えたんですか……」
カグチの説明に納得したのか。
ズニュもメリンナも、ふんふんとうなずくのみである。
「しかし、火をつけられたというわりには、君の体は綺麗だったが……」
「それは……俺も、僕も、分からないです。なんで生きているのか。確かに死んだと思ったんですか」
カグチは自分の胸に手を当てる。
確かに、全身を貫かれ、内臓を失い、燃やされたはずだ。
どう考えても、絶命するしかない。
なのに、なぜ生きているのか。
「『神秘』か」
ぽつりと、ズニュがつぶやく。
「……え?」
「いや、君は、その出来事がいつ頃自分に起きたのか分かるか?」
ズニュの奇妙な質問に、カグチは首を傾げる。
「いえ……昨日……とか? 記憶がないので」
「……ああ、これは質問が悪かったな。言い方を変えよう。君が元仲間に襲われたのは、いつだ? 季節は?」
カグチは、自分が襲われた季節を思い返す。
「えっと……確か、初夏だったと思います。これから夏が始まるくらいの……」
カグチの答えに、それこそが求めていたモノだと言うように、ズニュはうなずく。
「そうか。今は晩夏だ。もう夏が終わる。『ゾマードン』の夏は早いからな」
「え?」
カグチは、ズニュが何を言っているのか分からなかった。
ただ、あっけにとられるしかない。
「なるほど、君を私が拾うわけだ。物事には理由がある。『運命』は嫌いだが、『神秘』には翻弄されるしかない。私が人間である以上ね」
ズニュは、満足げに、しかしどこか悲しげに、カグチを見つめる。
「君に、見せないといけないモノがあるんだ」
ズニュのその表情は、天使よりも天使みたいだと、カグチは思ってしまった。
「……雨足が強くなっているね」
小雨は、普通の雨に変わっている。
あれから一時間あまり、カグチたちは目的地に到着した。
そう、カグチたちの目的地。
ズニュと、メリンナが調査を命じられていた場所で、カグチが、聖域と認識している場所。
白い木が、いた場所。
聖域は、黒かった。
全てが燃え、生きている、生えている植物は一本もない。
ただ炭の黒が広がっている。
「……もう秋になるとはいえ、夏だ。普通の火災なら、すでに別の植物が生えているはずだが……」
カグチたちは黒い大きな亀、シュコラから降りて聖域を歩いている。
『シュワルズスターク』なら、魔物に襲われることはない。道から離れた場所でも向かえるのだ。
そして、『シュワルズスターク』がいるかぎり、魔物が襲ってくることもない。
ゆっくりと、カグチたちが聖域を歩く。
「……この雨なのに、煙が昇っているところがありますね。まだ燃えているんでしょうか?」
メリンナが言うように、周囲にはまだいたるところで煙がくすぶっている。
外套で弾いているが、それでも濡れそうな程の雨足なのにだ。
ちなみに、カグチは男性でも着ることが出来るようなデザインの簡単な衣服を借りていて、外套の下に着込んでいる。
ゲスト用の部屋着だそうだ。
「……お兄様たちが調べたときは、燃えていたらしいからな、これでも弱くなっているんだろう。しかし、煙が出ているということは、火は完全に消えてはないということだ。注意しろよ」
色々不可思議な火災なのだ。
警戒することに間違いはない。
なのに、カグチはしばらく唖然として立っていたかと思うと、急に走り出してしまう。
「あ、おい、コラ!」
ズニュの制止も聞かず、カグチはひたすらに走っていく。
「……どうします?」
「追いかけるぞ。あまりシュコラから離れると、魔物が襲ってくる危険性もある」
カグチの後を、ズニュもメリンナも追いかける。
しばらく走ると、カグチは足を止めた。
そこは、ちょうど火災の中心地だった。
カグチの目の前には、大きな炭の固まりがある。
おそらく、大きな木が燃えたのだろう。
その炭の固まりの前で、カグチは何も言わず、ただ立っている。
「……それは、なんだい?」
ズニュの目的は、この火災の調査だ。
関係者と思われるカグチに話を聞かないといけない。
木が燃えた後を見て、カグチがどんな感情を抱いているか、推し量ることができていても、だ。
カグチは、しばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開く。
「……大切な……友達です」
木が、友達。
そんな疑問を挟む余地などないほどに、籠もっていたカグチの想いに、ズニュは口をつぐむ。
メリンナは、何か言い足そうにしていたが、それはズニュが殴って全力で止めた。
数分は、ただ黙って、カグチは立っていた。
そして、カグチがゆっくりと木が燃えた後に、白い木の、燃えた後に、亡骸の炭に、手を伸ばす。
「……ごめんな。熱かったよな? 痛かったよな? 守れなくて、ごめんな。何もできなくて、ごめんな。会わせるって約束したのに、ごめんな。本当に、本当に、ごめん……」
何を言っても、何を想っても、決して消えない罪悪感に、喪失感に、カグチは涙を止められなかった。
空から落ちる雨よりも、激しく、カグチの頬を伝っていく。
「……ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……!」
何度謝罪しても、赦されないことはわかっている。
許せないことは、分かっている。
でも、謝ることしかできなかった。それ以外、思いつかなかった。
「……行こう」
ズニュが、メリンナの手を引く。
「いいのですか?」
「ああ、これ以上は、な。調査をする必要もある」
カグチを置いて、ズニュとメリンナはその場を離れた。
それから数時間。
空はもう、暗くなっている。
今日の調査は切り上げて、ズニュとメリンナはカグチの元へと向かう。
カグチは、まだ、木が燃えた後の場所で、手を置いていた。
「……すまないが、そろそろいいかい? もう暗い。今日は休んだほうがいい」
ズニュに話しかけられて、カグチは力なくうなづく。
「……はい」
カグチは手を離し、そして、白い木が燃えた後に向かって言った。
「また、明日。もう一度来るよ」
すると、急に白い木が燃えた跡、白い木の炭が光り始めた。
発行していたときのように、淡い光。
「なんだ?」
ズニュとメリンナは驚き、戸惑っているが、カグチはただ、光を見つめる。
「……ありが……とう?」
それは、ずっと見ていた、意志疎通を図ろうとしていた白い木の光の動き。
体の動きがないから分かりづらいが、多分、そんなことを言っている。
「ありがとうって、なんで、お礼なんて……」
困惑するカグチの目の前で、白い木の炭が、亡骸が音を立てて割れる。
「……なんでだよ、なんで、どうして……」
カグチは、白い木の亡骸出てきたモノを、見ることができなかった。
それは、白い、白い、立派な杖。
旅人が持ちそうな、立派な杖。
杖の真ん中に、琥珀のような宝石が埋め込まれている。
白い木の樹液を固めたものだろうか。
そういえば、白い木は、最後の日、何かを隠しているそぶりがあった。
それは、この白い杖ではなかったのだろうか。
旅立つカグチに、贈り物を。
倒れるように、カグチは白い杖を握りしめ、吼えるように、泣く。
ひとしきり泣いた後、カグチは顔を上げた。
「……ありがとうな。貰いっぱなしだけど、せめてこれだけは見てくれ。俺からの、最後の贈り物だ」
カグチは、白い杖を引き抜く。
そして、頭上に掲げた。
「最高の友達に、俺が出来る最高の力を」
カグチは、はじめて意識した。
白い木がいつも喜んでくれていた、『力』を。
灯すことを、燃やす事を、使うことを。
「……おお」
「……太陽」
カグチの頭上に出来た火の玉が、徐々に大きくなっていく。
まるで、昼間の太陽のような輝きの炎に、ズニュも、メリンナも感嘆の声を出した。
「これが、全力だ」
『火の力』の全てを、カグチは解放する。
火の玉は、巨大な火の柱となり、空を駆け、雲を割る。
火柱が消えた後、降り続いていた雨も、完全に止んでいた。
「……ありがとうな」
だから、カグチの頬に伝っていたモノは、きっと気のせいなのだろう。




