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目覚め



黒い場所だ。



黒い場所にいるのだと認識し、そして、自分は誰だという疑問がわいてきた。



(自分は……誰だ? 自分は……何だ……?)



自己に対する疑問の答えが、なかなか浮かんでこなかった。



でも、なぜか分からない、という結論は出てこない。



ひたすらに、疑問だけで浮かんでくる。



(自分は……自分は……)



何度、問いかけたであろうか。


自分は何か。



どうしようもなく長い時であったように思えるし、さほど経過していないようにも感じる。


しかし、ようやく、答えを得る。



(自分は……俺は、嘉颶智だ。今夏いまなつ 嘉颶智かぐち



カグチは、目を開ける。


黒い世界ではなく、暗い世界だ。


目を開けてもなお、自分は夢の中にいるのだと、直感する。



起きなくてはいけないような気がするし、寝ていてもいいような気がする。



どうしようか悩んでいると、暗い世界に火がともった。



「ひっ!?」



体が、反射的に反応した。


火に対しての怯え。


なぜか分からないが、火という存在が、恐ろしくて恐ろしくてたまらない。



震え、怯え、体を丸める。



「ビビるな、この屑が」



すると、叱責が飛んだ。



カグチは、恐る恐る声の方に顔を向ける。



カグチの目の前に、小学生くらいの小さな赤い髪の女の子が、杖をついて立っていた。



「……まったく、火を恐れるなど……情けない」



「ぐえっ!?」



赤い髪の女の子が、杖でカグチの背中を押す。



「な、何を……」



「荒療治だが、そのままでは何もできんじゃろうからのう……感謝しろ」



女の子がそういうと、杖の先から火が出てきて、カグチの体を覆う。



「ひっ!? 火っ!? 火がっ! うわっ! うわっ!」



どうしようもなく体の底からあふれる恐怖に、カグチは暴れようとするが、体が動かない。



女の子の杖の力なのだろうか。



火が、どんどん強くなる。



「……次は羽根二枚じゃ。上手く使え。この屑が」



「ヒィイイイイ!!!!」



火が強くなり、女の子の姿が消える。



火が、強烈なまでにカグチの体を覆っていくのだが、その火がまったく熱くなく、痛くないことに、カグチは気がつかないでいた。




「……はぁっ!!?」



声を上げ、固まり、キョロキョロとカグチは周囲を見回す。



「……ホテル?」


自分が寝ているベッド。そして、整えられた部屋の調度品に、宿泊施設の部屋のようなモノをカグチは感じ取る。


しかし、細部がいろいろ違う。



客を取るプロの部屋というよりか、お金持ちのゲストハウスのような若干感じる、独特の気遣い。


それに、はっきりと分かることもある。



「……女の子の、部屋?」



男の部屋にはない、女性特有の甘い香りに、カグチは困惑する。



「……おや、目が覚めましたね」



ドアが開き、誰かが入ってきた。



「……天使?」



群青色の髪を持つ、あまりに整った顔をした少女を見て、カグチは思わず、自分が今まで見てきたなかで、一番容姿に優れていたモノの名称を口にする。



すると、群青色の髪の少女は、一瞬目を瞬いた後、うれしそうにくすりと笑う。



「あら、目が覚めたとたん、そんなことを言うなんて……女性の扱いになれているんですね、君」



そして、笑みを蠱惑的なモノに変えて、持っていた洗面器をサイドテーブルに置くと、流れるようにカグチが寝ているベッドに腰をかけ、カグチの頬に両手を添えた。



「いけない子……おしおき、しちゃおうかな?」



(……なんだ? これ……)



じっと、少女がカグチの目を見てくる。



同時に、濃密な甘い匂いが、カグチの鼻孔を刺激した。



その香りに似たようなモノを嗅いだことがあることを、カグチは思い出した。



(……ああ、これは……)



「……ん? 少年は目が覚めたのか……って、お前、何をしているんだ?」



扉の向こうから、また誰かが入ってきた。



入ってきた少女もまた、恐ろしい程に整った顔をしている。


年齢はカグチよりも二つか三つほど下だろうか。



しかし、その貴金属を思わせる銀髪も相まって、年齢による幼さが、美に変換していた。



そんな銀髪の少女は、呆れたように、カグチの頬に両手を添えている群青色の髪の子を見ている。



「何って……健康診断を」



群青色の髪の女の子は、悪びれもせずに淡々と言う。



「お前はそんなこと出来ないだろうが。ったく、こんなにまき散らして……」



口元を手で覆いながら、銀髪の少女が近づいてくる。



その銀髪の少女の様子を見て、カグチは確信する。



「まぁ、いい。それで? 名前は聞き出したか?」



「いえ、まだです。これからだったので」



そう言って、群青色の少女が微笑みながらカグチに質問する。



「じゃあ、お姉さんに、君の名前、教えてくれるかな?」



やけに甘い声色で、甘い匂いを出しながらの質問に、クラクラしながらカグチは答える。



「えっ……と、カグチ、です」



「へーカグチ君か。可愛い名前だね。じゃあ、カグチ君は……」



「その、すみません。名乗ったのでお二人の名前をお聞きしていいですか?」



このまま質問を続けられると、甘い匂いで苦しくなりそうだったので、カグチは群青色の髪の少女の質問を打ち切った。


すると、二人は意外そうに、目を見開く。



「……おい、ちゃんとかけていたんだよな?」



「はい。バッチリ落ちたと思ったんですが」



銀髪の少女はそのままだったが、先ほどまでやけに甘ったるい笑顔を声色だった群青色の髪の少女が険しい顔を浮かべる。




「……へっ?」



そして、気がつけば、カグチの喉元にナイフが当てられる。



「あ、あの? というか、あの?」



「おい、メリンナ」



「動かないでください。とぼけた顔をして、私の『魅了』に抵抗するなんて……あなたは何者なんですか? 正直に言わないと」



群青色の髪の少女。メリンナがぐっとナイフに力を込めるのを感じ取り、慌ててカグチは叫んだ。



「動かすな!!!」



あまりに大きく、声に内包されていた感情の大きさに、メリンナも、銀髪の少女もあっけに取られる。



しかし、メリンナは、すぐに自分を取り戻す。



「……動かすなって、あなたは、今自分の立場が分かって」



メリンナが、不可解なモノを見るようにカグチを睨むが、カグチはこの場の誰よりも真剣だった。



「わかっています。質問があるなら全て答えます。だから、動かさないで。お願いですから……それ以上は……」



カグチは、震えていた。



「……メリンナ。ナイフを下ろせ」



「……しかし、ズニュ」



「何かあるみたいだ。命乞いとは決して違う、むしろ逆の訴えを感じる。それが何かは分からないがな。それに、お前も汗が噴き出ているぞ?」



銀髪の少女、ズニュは腕を無意識にさすっていた。



メリンナが、カグチにナイフを向けた瞬間。寒気があったのだ。



ナイフを向けたのはこちらなのに、刃が心臓に迫るような感覚。


その感覚は、メリンナにもあったのだろう。


メリンナの額からも、球のように汗が出ている。



数瞬迷い、メリンナはカグチからナイフを離す。



カグチは、ほっと息を吐いた。



「……私の部下が失礼した。まずは名乗りと、そして謝罪を。私はズニュ。こちらはメリンナだ。初対面の者に、あまりに無礼な真似をしてしまった。申し訳ない」



ズニュが頭下げ、メリンナもベッドから離れて頭を下げる。



丁寧で、品を感じるズニュとメリンナの立ち振る舞いに、カグチは恐縮してしまう。



「いえ、こちらこそ。そのすみません。多分、俺……僕を、『魅了』しようとしていたんですよね。大人しくかかったふりでもしていたらよかったんでしょうけど……」



カグチの返答に、ズニュも、メリンナも、思わず吹き出してしまう。



「ふっ……それは、君が謝ることではないだろう。どう考えてもいきなり『魅了』をしようとする方が悪い」



「……そうですね」



「分かっているならするな、バカ」



ズニュが、メリンナを小突く。



「まぁ、言い訳をさせてもらえるなら、見ての通り、女の二人旅だ。君がまだ若い少年でも、異性に対して警戒することに理解を示してもらえると、助かる」



「それは……そうでしょうね。お二人の容姿を考えれば、当然だと思います」



「また『天使』みたいだって言うんですか? 悪い子ですね」



にやりと、楽しそうにメリンナが笑う。



「そ、そんなことじゃなくて、何というか、身なりというか」



「余計なことを言うな、バカ!」



ズニュがメリンナにゲンコツを落とす。



「しかし、『身なり』か。つまり、君は我々が何であるか、分かっているのかな?」



試すように、ズニュが聞いてくる。



「いえ、はっきりとは……でも、これだけ立派なお部屋に、身なりの方です。えっと……その、高貴な方なのだろうとは思うのですか……」



「高貴か。まぁ、そうだな。そういう立場の者だ。しかし君が思っているほど大した者じゃないから、少しは気楽にしてくれたまえ」



ズニャが、余裕を感じさせる振る舞いでそう答える。



「……はぁ」



カグチはそう返答するが、内面ではズニャの様子に、しっかりと『多分そうとう偉い人なんだろうな』くらいには感じ取っている。



しかし、向こうが立場を知らせない以上、こちらから聞かない方がいいのだろう。



カグチは、口を閉ざし、二人の様子を見る。



お互い、出方をみて、カグチが口を開くことにした。



「えっと、その、そう言えば、どういった経緯で俺……僕は、ここに? 服も着ていないみたいですし……って服!?」



質問しながら、自分が何も身につけていないことに気がつき、慌ててかけられていたシーツで全身を隠す。



ズニュも、メリンナも、とびきりの美少女だ。


服を着ていても、見られると恥ずかしいと感じると思われるのに、ましてや裸なんて、ただの恥だ。



「あーそれを私は聞きたかったんだ。君は行き倒れていてね。何も身に付けず、裸のままで。いったい、何があったんだい?」



カグチの様子にズニュは呆れながらも淡々と説明し、メリンナは微笑ましそうにしている。



「何があったって、裸なんて、俺は……痛っ!?」




ズキっと頭に痛みが走り、カグチは頭を押さえる。



「……大丈夫かい?」



ズニュが慌てた様子でカグチに駆け寄る。頭を押さえ、うつむいたカグチの視界の先に何か映った。



それは、箱だ。



二つの小さな箱。



『虚無の箱』



手に持っていなかったし、どこにもなかったはずの箱がいきなり現れたのだが……そんな疑問よりも強烈なモノが、カグチに流れ込んでくる。



記憶だ。



この『虚無の箱』に入っていると思われる、白い木との記憶。



聖域を離れる日の記憶。



『虚無の箱』に、白い木の選別を入れて、その最中に現れた、元同級生。『軟体スライムの力』の持ち主、サンジョウ。



サンジョウが襲いかかり、燃えて、燃えたサンジョウが『スライム』を利用した分身で、カグチは胸を貫かれ、そして、『火の力』を奪われ、白い木が……




「ァアアアアアアアアアアッツッツッ!?」



カグチは、叫んでいた。


思い出した、自分に起きた出来事、惨劇、絶望の中の絶望。



カグチは自分の頭をかきむしる。



「お、おい、落ち着きたまえ。ちっ、楽薬を持ってくる。メリンナはどうにかして、そいつを落ち着かせろ」



「『魅了の力』を使ってもいいですか!?」



「好きにしろ! バカ!」



慌てた様子で、ズニュが部屋から去っていく。



「はーい、落ち着いて落ち着いて……」



メリンナが、甘い匂いをまき散らしながら、優しくカグチを抱きしめるが、何の効果もない。


ただ、カグチはひたすらに、叫ぶことを止められなかった。


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