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二人の美少女

シトシトと、激しくはないが、しかし、絶え間なく降り続ける小さな雨。


道沿いの草木には水滴がつき、水晶球のような輝きを放っている。


小雨の音以外聞こえない、静寂は、突如破られる。

地面が、揺れた。

草木についていた水滴が激しく跳ね、落ちていく。


静寂を破ったのは、一匹の亀だった。


大きく、黒い亀。


馬車を引く鎧の馬が、六頭は並べる道を、たった一匹で埋めることができるほど大きな亀。


『シュワルズスターク』


北の大陸で、最強の生物。


その巨大で強大な亀の背には、円形の小屋が乗っていた。


その外見は決して豪華ではないのだが、最強の亀の甲羅に乗せるには、ふさわしいだけの格を感じさせるその小屋の中には、二人の少女がいた。


窓から見える外の光景を、銀髪の人形のように恐ろしく整った顔をした少女がうんざりとした表情で見つめている。


その服は、小屋のように必要以上に豪華ではないが、格を感じさせる布で仕立てられていた。


「また雨か。時期とはいえ、こう毎日続くと、うっとおしいな」


「今の時期は晴れる方が珍しいですから。ズニュ、お茶のお代わりはいかがですか?」


「いただこう」


ズニュと呼ばれた銀髪の少女は、こちらも、絵画のように美しい見た目の、女性になる一歩手前の愛らしさと美しさを兼ね備えた、群青色の髪を持つ少女から給仕を受ける。


彼女の服装は、給仕をするのにふさわしい、ワンピースにエプロンがつけられた服だった。


「……うん、お前のお茶はいつも旨いな、メリンナ」


群青色の髪の少女、メリンナのお茶の香りと味を楽しみ、ズニュが満足げに微笑む。


「ありがとうございます。まぁ、一通り学びましたから……自分を魅力的に見せる術を」


クスリと、蠱惑的に微笑んで見せたメリンナに、ズニュは呆れた顔を隠さずに言う。


「私を『魅了』する必要はないだろう、このバカ」


「いや、私も暇なので。なんでこんな辺境にまた来ないといけないんですかね? 先月来たばかりですよ?」


「……そういうのは、私が言う役目だろ」


メリンナを薄目でみた後に、ズニュは一口お茶を飲み、続ける。


「まぁ、どうせいつものお兄様方の要望だろう。陰謀ともいうが。先月発生した謎の巨大な火柱。近くにいた私に待機を命じ、自分たちでさんざん調べても何もわからなかったくせに、時間が経過したから私に調査を命じたのさ。わかっても、一ヶ月も経過した事件の報告、大した手柄じゃない。わからなかったら、単純に失点に出来る。私はそんなことに興味がないのに、熱心なことだ」


はぁ、とズニュはお茶のカップをおく。


「そうですね。ズニュは素敵な王子様探しに興味があるのに、こんなどうでもいい調査に駆り出されるなんて……」


「まて、いつ私がそんなことを言った?」

ズニュの発言に、メリンナは不思議そうに顔を傾ける。

「え? この前も、私が殿方を魅了したときに、興味深そうに聞いてきたじゃないですか。なんか、根ほり葉ほりというか……」


「あれはお前が妙なおっさんを『魅了』で返り討ちにしたとか言っていたからだろうが! 私は別に異性に関心とかないぞ!」


「え……つまり、私に?」


メリンナが、顔を赤らめる。


「色恋に興味がないと言っているんだ!! まったく、だいたい、お前も知っているだろ? 私はどうせ、そんなことはできないことくらい」


ズニュに言葉に、メリンナは悲しそうな顔を浮かべる。


「……ええ、存じています」


「……メリンナ」


「なので、私がたくさんイイ男を捕まえるので、心配しないでください。たくさんお裾分けしますから」


「メリンナ!?」


とんでもない発言をしだしたメリンナに、ズニュがツッコミを入れる。


メリンナは、それはもう、良い笑顔である。


そんな二人が、やりとりをしていると、急に小屋が揺れた。


「……ん? 止まった?」


「シュコラちゃん、何かあったんでしょうか?」


『シュワルズスターク』の名前はシュコラというようだが、そのシュコラが歩くのを止めたようだ。


『シュワルズスターク』は北の大陸最強の生物だ。それが歩みを止めることは、ほとんどない。


「対向車でも来たんでしょうか?」


「いや、普通は馬車がコイツを見たら、馬車の方が引き返す。魔物も襲ってくるわけがないし……」


ズニュは、近くにおいていった水晶に手を当てる。

この水晶は、どうやらシュコラの視覚情報を読みとれるようで、水晶から出た光が、外の光景を映し出す。


「ん? 人?」


シュコラの目の前で、男性が倒れている。うつ伏せだから、年齢はわからないが。


「うわ! 男ですよ男! しかも裸! 拾いましょう!!」


メリンナは、妙に目を輝かせ、ウキウキとズニュにいう。


「なんでそんなにうれしそうなんだ、お前。というか、こんな道で倒れているんだぞ? 普通に死んでいるに決まって……」


「え? ズニュなら、死んだ人を生き返らせることくらい出来るんじゃ……」


「出来るか! 出来たとしても、それは『死霊』の類だ、興味がない!」


えーっと、メリンナは不満げに口をとがらせる。


「……ったく。どっちにしても、見た以上は放っておけんな。シュコラが大人しくしている以上、お兄様たちの嫌がらせ、なんてこともないだろうし、埋葬くらいはしてやるか」


ズニュは外套を羽織、手袋をはめる。


「よし、イケメンだったら、使い魔にしましょう」


「するかボケ!!」


メリンナも外套を羽織り、二人とも小屋から出ていく。


「……それにしてもですよ、ズニュ」


「なんだ?」


シュコラの甲羅に取り付けてある階段を下りながら、メリンナがいう。


「なんでシュコラちゃん、止まったんですかね? 人間の死体くらいなら、いつも通り過ぎるじゃないですか」


「……それもそうだな」


魔物がいるのだ。人の死体が、村や町を出た街道沿いに転がっていることなんて、日常茶飯事だ。


そんなことでシュコラは足を止めたりしない。


「何かあるのか?」


「やっぱり、あの男の人、すごいイケメンなんですよ」


「シュコラが人間の美醜に反応するか!!」


階段を下り、街道にでる。

道沿いに何かが潜んでいる気配はない。


魔物は『シュワルズスターク』に近づかないし、悪意のある人間がいたら、シュコラが潰しているはずだから、当たり前なのだが。


念のため、注意を配りながら、ズニュたちは倒れている男に近づく。


「……髪の色が濃いな。ほとんど黒じゃないか。中央出身か?」


「うわ、うわ、本当に、完璧に全裸ですよ。完全裸ですよ!! すっぽんぽんですよ! こんな場所で!!」


メリンナの鼻息が荒い。

男が何も身につけていないことは、ズニュも気になっていたが、多分メリンナとは違う意味で気になっている。

多分というか、確実に。


「……そうだな、こんな場所で何も身につけていないのに、なんで傷一つないんだ? コイツ」


人間の死体なんて、あればすぐ魔物が食らいつき、食べてしまう。


ズニュは不思議に思いつつ、うつ伏せに倒れている男の肩に手をおく。


「背面だけ無傷なのか……まぁ、いつまでもこの体勢はかわいそうだろう……」


ズニュは、ゆっくりと男を仰向ける。


「おっ! やった、イケメ……ン?」


仰向けたことで、男の年齢が若く、まだ少年であることが判明する。


しかし、気になったのは、そこではなかった。


「……不思議だな」


ズニュは、倒れていた少年の髪の毛をかき分け、その顔をよく見てみた。


悪い顔ではない。


しかし、美しいかと聞かれれば、答えに窮するだろう。


少年のパーツの一つ一つが、低く、丸く、優しげではあるが、美しいとする要素がとても弱いからだ。


でも、それでも、ズニュも感じたのだ。


少年の顔を見た瞬間、少年のことを、美しいと。


その答えはなんなのか。


ズニュはしげしげと少年を観察する。


「……傷跡がないな。というか、これは……ああ、なるほど、そういうことか」


そして、ズニュはその答えを得た。


均等なのだ。少年のパーツの位置が。

まるで、それこそ神にでも整形されたかのように、あらゆるパーツが均等に配置され、ゆがみが一切ない。


「……黄金の顔か。なるほど、これは本能的に美しいと思うわけだ」


ズニュは少年を観察するのが面白くなり、細部までしげしげと観ていく。


じっと、ゆっくりと、それこそ、芸術品を愛でるように。


「……あの、ズニュ」


「……なんだ?」

ズニュは少年から目を離さない。

「その子……生きていませんか?」


「なぬ!?」


少年の外見に気を取られ、ズニュは少年の生死に関心をもっていなかった。


あわてて、ズニュは少年の口元に耳を当てる。


「……本当に生きているな。呼吸もしている。よし、中に連れて行くぞ」

「……かしこまりました」


倒れていた少年をメリンナが抱き抱え、二人は小屋に戻っていく。


その様子を眺めていたシュコラは、なぜか安堵したかのように、ふぅと鼻息を鳴らすのであった。


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