火の柱
「……よし。これからもよろし……」
「虫ごときが。まさしく虫唾が走る」
「……は?」
一瞬だった。
一瞬のうちに、サンジョウの下半身が溶けてなくなる。
「……はぁん?」
「羽一枚くらい、どうでもいいと思っていたが、お前のようなモノが持っていると思うと業腹だな。回収したぞ」
キラキラと輝く羽が、火の鳥の元へと戻っていく。
その光景を、半分になった体を倒しながら、サンジョウは見ていた。
「な、なんで……ひゅっ!?」
残ったサンジョウの半分も、火の鳥が起こした火の風で一瞬のうちに蒸発し、跡形もなく消滅する。
消えたサンジョウに、興味などないようで、火の鳥はそのまま、炭になっているカグチのところへ戻っていく。
「ふぅ……よけいな手間を取らせおって。結局燃やしたがな」
火の鳥は、じっくりと炭になったカグチを眺める。
「これが『火』だ。森羅万象を燃やし、消滅させる『火の力』。我が『火』に恐れるモノなどない」
火の鳥は、ふんと鼻息をならし、胸を張る。
「そう。燃やせばいいのだ。何も考えることなく、臆することなく。そうすれば、そのような姿にもならんですんだろうに」
火の鳥が、カグチの体を蹴る。
カグチの体は、ごろりと仰向けに転がった。
カグチの両手は、なぜか祈るように胸の前で、握られている。
「……ぁ」
か細く、消えそうな声が、炭になっているカグチから聞こえてきた。
カグチが燃えたのは、表面だけ。
内面は、まだ燃えていなかった。
だからまだ、かろうじて生きてはいる。
しかし、ほとんど全身百パーセント、火傷と呼ぶには生ぬるいほどに、皮膚がこげている。
もう、ほとんど死んでいるようなものだ。
そんなカグチが、声を出した。
転がされた衝撃で、意識が覚醒したのかもしれない。
「なんだ、後悔か? 懺悔か? 命乞いか? 我が宿主よ。この屑め」
死にかけているカグチの声を聞き、火の鳥はうれしそうに、凶悪なまでにくちばしをゆがめる。
「我をどのように扱っていたのか、忘れたとは言わせぬぞ? なのに、どの面を下げて……」
火の鳥の声を、聞いているのか、聞こえる状態なのかわからないが。
カグチは、何かを訴えているかのように、口をぱくぱくと動かす。
「……何を言いたい? お主が今までの行いを悔い改めるなら、聞いてやっても……」
火の鳥がカグチを顔を近づけると、カグチの両手が、弱々しく開いた。
「っ!?」
開いた両手を、その中身を見て、火の鳥は絶句する。
「……お主、それは……どうやって……」
カグチの両手の中あったのは、小さな箱が二つ。
『虚無の箱』だ。
入っている中身は、白い木が落とした枝と木の実。
しかし、火の鳥が驚いているのは、その中身ではない。
中身の状態に、驚いている。
「なぜ、それが燃えておらん? あの虫が放ったのは、我が羽一枚の力といえ、我が力。森羅万象を燃やす『火の力』。羽を奪われ、力を失った者が、手のひらに隠しても、防ぐことなど……」
カグチは、何も返さない。
返せない。
どうやら、手のひらを開いたことで、完全に自分の力を、生命を、使い切ったようだ。
「……ちっ!」
火の鳥は、もう完全に何も出来ない、ただの炭の物体に変わってしまっているカグチの体を見て舌打ちをする。
そして、同様に燃えつきてしまった、白い木にも目を向けた。
カグチの体と、白い木と、そして、燃えていない『虚無の箱』。
火の鳥は、大きく息を吐く。
「どこまでも愚弄しおって、この屑が」
火の鳥が大きく羽を広げると、カグチの体が火に包まれる。
火は、巨大な火の柱に変わっていく。
空さえも貫く、巨大な火の柱。
「……楽になれると思うなよ?」
そうつぶやくと、火の鳥は、火柱とともに、姿を消した。




