カグチの恐怖
「……ったく、警戒なんてせず、ダラダラダラダラ隙だらけなら、楽に死ねたのによ」
サンジョウの体を、鎧が覆う。
右手には剣、左手には槌。
背中には、槍と弓がかけられている。
完全武装。
『準備』の時に、見た姿だ。
一歩、サンジョウがカグチに向けて踏み出した瞬間、カグチは叫ぶ。
「欲しいなら、やる!」
サンジョウは動きを止めた。
「支給品が欲しいなら、やる。持って行け。だから、戦うのはやめよう。友達じゃないけど、顔見知りだろ? 同級生じゃないか。俺たち」
支給品を渡すことは、、カグチにとって抵抗はない。
ただ、サンジョウが不意打ちをしてきそうだったから、観察していたことを指摘しただけだ。
(絶対に、争いになるのだけは、避けないといけない。じゃないと……)
争いによって、何が起きるか。
カグチは想像し、息をのむ。
サンジョウが身に帯びている武具の数々は、間違いなく、強力だ。
だから、絶対に避けなくはならない。
サンジョウは、自分の武器に自信を持っているはずだから。
支給品を譲るというカグチの提案に、サンジョウは剣を肩において、いう。
「『持って行け』か。それは、全部か?」
「……全部?」
カグチの問いに、サンジョウはうなずく。
支給品、全部。正直それらを全部持って行かれるのは、悔しい気持ちもあるし、惜しい気分もある。
(……でも、戦うより、マシか)
数秒、葛藤し、カグチはサンジョウの申し出を受ける。
「置いてあった支給品なら、いいだろう。持って行けよ。そのテントにある分だけ……」
しかし、サンジョウはカグチの言葉を遮るように言った。
「全部だ。全部持って行く。僕が全部手に入れる……そう。全部だ。『支給品』も、そして……お前の命もなぁあああ!!」
サンジョウが、突如剣を構えながらカグチに向かって飛びかかってきた。
「ばっ!? 馬鹿!! 来るな!!」
カグチは反射的にサンジョウを止める。
サンジョウとカグチとの間には、10メートルは距離があった。
その距離を、サンジョウは人間の速度とは思えない早さで詰めてきた。
おそらく、武具の力だったのだろう。
だが、その力を発揮できたのは、そこまでだった。
距離を詰めながら、サンジョウが剣を振り上げ、振り下ろす。
その意志を見せた瞬間には、サンジョウはすでに燃えていた。
「あ、あ……ぎゃああああああああ!?」
『火の力』のカウンター。
全身に炎が上がりサンジョウは苦しみながら叫び声を上げる。
「ひっ! ……あ、ああ、あああ」
カグチは、燃えてしまったサンジョウを見て、力なく膝を着いていた。
これを、カグチは恐れていた。
これこそが、カグチの恐怖だった。
人を、燃やしてしまうこと。
人を、殺してしまうこと。
それを、何より、カグチは恐れていた。
魔物でさえ、焼き殺すことに抵抗があったのだ。
ましてや人間など、自分が耐えられないとカグチは自覚していた。
サンジョウが、バタバタともがき苦しんでいる。
5メートル先で、すぐ近くで。
燃えながら苦しんでいる。
声が聞こえた。
苦痛の声だ。
断末魔だ。
燃えている人間の、声だ。
熱が届いた。
じわじわと痛さを感じるような熱だ。
それ以上の熱を味わっている者がいる。
人間が、火の熱で苦しんでいる。
臭いがする。
燃える臭いだ。
焦げる臭いだ。
肉の、臭い。
人の肉が、焼ける臭い。
酸っぱい味がした。
胃液の味だ。
人間の、胃液の味。
燃えていない、燃やしている者が、出した、吐瀉物の味。
耐えられなかったのだ、目の前の光景に。
燃えているのだ、人間が。
もがき、苦しみながら。
火の熱で溶けた皮膚と脂肪をまき散らし、焼き焦がし、暴れている人間。
原型は、ほとんどなかった、ドロドロに溶けている。
人が、人ではなくなる光景。
映像。
それを作り出したのは、誰だ。
他でもない、カグチ、自分自身だ。
「ひぃいいぃいいいいいいいいいいいいいいいああああああああああああああ!」
吐瀉物をまき散らしながら、カグチは叫んでいた。
見たくなかった、聞きたくなかった。
臭いたくなかったし、感じたくもなかった。
吐瀉物の酸味は、叫ぶことで飛ばした。
ひたすらに、ひたすらに、カグチは叫ぶ。
サンジョウはカグチを殺そうとしていた。
それに何の関係があるのだろう。
あんなに残酷に、殺す必要なんてない。
カグチが殺す必要なんて、ない。
全身を、炎でドロドロに溶かされ、燃やされる必要なんてどこにあったのだろうか。
ドロドロに、ドロドロに。
そう、まるで。
(人間が、あんな……あんなスライムみたいになるなんて……)
「がっ!?」
火の熱以外の感触が、カグチの背中に走った。
酸味ではなく、鉄の味が、カグチの口に広がった。
血だ。
口から、胸から、血が出ている。
カグチの胸には、何本も、剣山のように槍が生えていた。
刺されたのだ。
地面から生えている、半透明の槍のようなモノで。
「叫ぶなよ。うるさいな。しっかり見ろよな、僕の分身の迫真の演技」
地面から声がし、そのまま槍が姿を変える。
「お……ま……え……」
槍は、カグチの目の前で燃えているはずの、サンジョウだった。




