『ドロフ』での最後の買い取り 2
「……カグチくん、これ」
そういって、メディの隣にいたグルグがカグチに白い板を手渡す。
「……これは?」
「総合組合のカードです。身分証にもなるので、王都や検問にお金を払わなくても通過できるようになります。つまり、王都に向かう馬車に少し安く乗れるのです」
「……いいんですか?」
総合組合に入るには、狩人や冒険者の個別の組合に入会するよりも、高額の入会金が必要だったはずだ。
「ええ、元々、優秀な者にはカードを渡すように、上から言われているので。一年に一人は、なんてノルマみたいなもののありますが、こんな田舎だと一年に一人配るなんて無理ですよ」
はは、とグルグが笑う。
「それに、それはお金さえ払えば誰でも持てる白い組合カードなので、大したものじゃないんですよ、本当に」
「お金さえってそれでも、確か一年間に10,000ロラくらいは払わないと……」
「それくらいが、餞別にちょうどいいじゃないですか」
グルグの言葉にカグチは胸を打たれる。
「……では、遠慮なくいただきます」
「ええ、君がこれからの道で、幸運を拾えますように」
グルグが上から、下に、手をゆっくり下ろしてくる。
それを、カグチは下から上に手を出して、受け止めた。
幸運を祈る、『アスト』での別れの挨拶だ。
「明日、発つのかの?」
グルグやメディと別れの挨拶をすませ、総合組合を離れると、ウィッスンが立っていた。
どうやら、カグチのことを待っていたようだ。
「はい。短い間でしたけど、お世話になりました」
「残念じゃのう。お主のおかげで、だいぶ研究もはかどっておったのじゃが」
ウィッスンがその長い髭を手の中で遊ばせる。
「どうじゃ? 最後の日くらいワシの家に来んか? ご馳走をするがのう」
ウィッスンの申し出を、カグチは断る。
「いえ……待っている……人、がいるんで、申し訳ないんですけど」
「なんじゃ、いつも断ると思っておったら、イイ人がおるのか。こりゃあ、聞いたらメディの奴は驚くだろうのう」
ウィッスンはからからと笑う。
別に、そんな関係、というかそもそも待っているのは人間ではないのだが、変に否定するのも話をややこしくするだけなので、そのままカグチは苦笑いを浮かべるだけにする。
「ふむ、じゃあ、せめて明日。馬車に乗る前に、総合組合で少し話が出来るかのう? 会わせたい奴がおるんじゃ」
「……会わせたい人?」
「ああ、儂の弟子じゃ。何、悪いようにはせん。むしろ、これから王都で活動しようと考えておるんなら、会っておいて損はないはずじゃ」
ウィッスンの弟子というと、おそらく薬剤師だろう。
なら、薬草などの売り先になる人物だ。
それは、たしかに会っていた方がいいだろう。
「わかりました。じゃあ、また明日」
「おう。また明日」
ウィッスンとはそれで別れ、カグチは聖域に帰ることにした。
しばらく、歩いた頃だ。
もう、村は遠くなっている。
(……まただ)
昨日から感じている妙な気配に、カグチは足を止めて振り返る。
誰もいない。
見られている感じがするのだが、姿はない。
(なんだろう……まさか、本当に俺の身ぐるみを剥ごうとしている奴がいるのか?)
カグチは、顔をゆがめる。
この『アスト』に、異世界ではありがちな山賊や海賊はほとんどいない。
魔物が多すぎて、壁に囲まれた村や町以外で、人間は生きていけないからだ。
町や村にはスリなどがいるが、今カグチが歩いている外の道で、そんな輩は現れないだろう。
(……あり得るとしたら、狩人や冒険者で、俺の装備に嫉妬した奴、か? 一人前の冒険者とかが身につける装備らしいからな、これ)
カグチは、支給品で手に入れた装備に目をやる。
(正直、10個もあるんだから、欲しいならやるんだけどな、こんなの。それよりも、俺は……)
カグチは、道の脇につづく、雑草が生い茂る草原を見る。
(……いつもより、かなり早いけど、しょうがないか)
カグチはそのまま雑草に踏み込んでいく。
そこは、魔物たちのエリアだ。
当然、『シュザリア』や『デッドワズ』などが襲いかかってくるが、カウンターで一瞬で炭に変わっていく。
魔物が燃える臭いが鼻をつき、カグチは顔をゆがめるが、それでもカグチは歩みを止めない。
(……あんまり良くはないけど、しょうがない。だって、俺は……)
どんどん、カグチは歩いていく。
聖域に向かって、謎の観察者から離れるように。
カグチは、怖かった。恐れていた。ただひたすらに。
謎の観察者が、攻撃などしてこないように、追ってこないように、祈りながらカグチは歩いていた。




