『ドロフ』での最後の買い取り
森で採取し、それらを『ドロフ』の村で売る。
帰ってきたら、白い木と共に食事をし、『火の力』でちょっとしたナイトショーを行ってから、眠る。
そんな日々を、しばらくカグチは続けた。
一日の売り上げは、だいたい4,000から6,000ロラ。
売りにいくたびに、総合組合の受付にはメディがいて、ふらりとやってきたウィッスンには、何度か村の中にある彼の家へと招待されたが、断り続けた。
入村料や、宿代のことはもちろんあるが、『火の力』や白い木が落としたモノ。それに支給品まで、知られてはいけない物がカグチには多すぎたのだ。
もっとも、ウィッスンには何から何まで見透かされているような、そんな気配を感じたのだが。
さすがに、カグチが別の世界から連れてこられた人間であることまでは知らないだろうが、少なくとも、カグチが何かしらの強大な『力』をその身に宿していることは、気付いているようだった。
しかし、それくらい知られることは、必要な情報料だったのだろう。
インストールされた知識との誤差を埋め、さらには、全く知らないことも、カグチはウィッスンや、メディなどの総合組合の職員から学ぶことが出来たのだから。
中でも、カグチにとって重要だったのは、『力』についての、『アスト』での扱いだった。
どうも、カグチが想定していたより『力』の扱いは、普通というか、特別なモノではなかった。
持っているだけで、奇跡と呼べるような代物ではないらしく、元の世界で持っていれば、確実に無双し、下手をすれば世界を征服出来るかもしれない、『魅了の力』でさえ、この『アスト』では詐欺に警戒する程度には警戒し、抵抗しなくてはならないくらいに、普遍的なモノであるようだった。
『魅了の力』でそれなら、カグチが持っている『火の力』など、本当に道ばたに転がっている石くらいの価値なのだろう。
実際、神秘を学び、操る、術師には、火を自由自在に操れる者は、どこにでもいるとのことだった。
それを知った時は、カグチは必死に(でも、SSだし、火力はたぶん高いし! そこまで価値がなくはなくなくない)と言い聞かせていたが、その『火の力』をまったく扱えていないことに気が付いて、さらに落ち込んだことは言うまでもない。
また、もう一つ学んだことがある。
それは、カグチが手に入れた支給品の価値だ。
どうやら、こちらは『火の力』と違い、一つ一つが、上質なモノらしく、森で採取した植物を総合組合に売り始めて数日後、ウィッスンが教えてくれたのだ。
これらを一つ売り払えば、王都までの道のり分の馬車代くらいは、余裕で払えるし、しばらくの滞在費にもなるということだ。
それを聞いて、カグチは、その場で余っている支給品のいくつかを売り払ってしまいたい欲にかられたのだが、しかし、売らなかった。
学べるうちに、植物の売買の方法や、『アスト』や北の大国 『ゾマードン』の常識と知識を学びたかったということもあるが、それよりもカグチも少しだけ、今の生活に慣れ、この村を、それに何よりも、あの白い木が待っている聖域を、離れ難く思ってしまっていたことが、大きな原因だった。
しかし、そんな生活も、まもなく終わる。
緑色の髪の職員、グルグが今日換金した分のお金を持ってきて、それをメディが受け取る。
今日はいつもより多い。
久しぶりに、『カルラウネ』を採取して持ってきたからだ。
メディは、残念そうに、そして少しだけ寂しそうに笑いながらカグチにお金を渡す。
メディは、ずっとカグチの植物の買い取りの担当をしてくれていた。
「もう、王都に向かうのよね?」
「……え?」
「今日の分で、50,000ロラは貯めたでしょう? それだけあれば、馬車で王都に行き、生活の基盤を十分に整えることが出来る」
残念そうな顔を変えることはなく、メディは言う。
カグチは、肯定の意味を込めて、ゆっくりとうなずいた。
「……イイ頃合いでしょうね。正直、アナタもそろそろこの辺りでは注目されるようになっていたから。植物の採取だけで稼いでいる新人がいる、ってね」
「……そうですか」
「ええ、『草食新人』なんて呼ばれていたわよ」
「ダサくないですか、それ!?」
カグチの反応に、メディがクスクス笑う。
「君が魔物の素材はまったく持ってこないで、採取した植物だけ換金していくことから付いた、嘲りの意味も込めた名前なんでしょうね……そんな名前が付くほど、注目されているということよ。そして、それだけ注目されるということは、お金を持っていると思われて、狙われる」
メディの言葉に、カグチは口を閉ざす。
それは、カグチがこの村から離れようと思った理由の一つだ。
昨日から、道を歩いていると、妙な視線を感じることがあり、気味が悪かったのだ。
「『草食新人』なんて通り名から、君のことを植物の採取しか出来ない弱いものだと思う者もいるでしょうね。道から外れた森で、植物を採取してくることが、どれだけ危険なことかは、わからないわけでもないでしょうに」
メディが呆れたように息を吐く。
そんなことを言っている人物が、本当にいたのだろうか。
「王都でも、魔物の素材は売らないの?」
「はい、多分……解体するのが苦手なので」
「そう。魔物の素材も売ればより安定するでしょうけど……これだけ植物の採取が出来ていれば、王都に行ってもやっていけると思う、かな。でも前言ったみたいに、冬だと採取出来ないから、やっぱり副業は考えた方がいいわよ」
メディのアドバイスに、カグチは力強くうなずいた。




