総合組合(ギルド)の職員
「……ふぅ」
報告書を作成し終えた総合組合の緑色の髪の職員、グルグは強ばってしまった肩をグリグリと動かす。
「お疲れさまですグルグさん。今日はもう終わりですか?」
「お疲れさま、ロット。これから、これを上に報告して、それで何もなかったら、終わりかな?」
グルグは、持っていた報告書にポンと手をおく。
「ああ、昼間のあの子ですね。何なんでしょうね。昨日から、あんな豪華な装備を身につけた子たちが、こんな田舎に……」
グルグやロットがいる『ドロフ』の村は、北の大国『ゾマードン』の西に位置する、人口3000人にも満たない、何の特徴もない田舎の村だ。
ロットは不安と、興味と、疑問が、それぞれ均等に混ざったような表情を浮かべる。
「わからない。ほとんどは通り過ぎていっただけだけどね。他の国にも、同じような子達が現れたらしいし」
グルグは、上から通知された報告内容を思い出す。
昨日から、冒険者狩人商人の総合組合は、突如現れた、豪華すぎる装備を身につけた若者たちの報告や対応について、てんてこまいの状況だ。
「どこかの王族や貴族の、身分を隠しての修行の旅……にしては人数が多いですしね」
「そもそも、あんな豪華な装備を堂々と身につけないからね。ロットも知っているでしょ? 王侯貴族の修行の旅は、もっと潜んでいるし馴染んでいる。僕たちなんかじゃ、見てもわからないくらいに」
一度、『ゾマードン』の王族が修行の旅で『ドロフ』にやってきたことがあったのだが、グルグがそのことに気が付いたのは、彼女が修行を終えたあとのことだった。
「そうですね。でも、あんな装備、普通は身につけられないですよ。今日のあの子でも、この一帯では一流の狩人か冒険者が身につけるモノです。昨日の子たちなんて、ここを治めるシャフラー様でも所有しているかわからないような装備を身につけていましたよ?」
「そう、それなんだけど……ロットはどう思う?」
「どうって?」
「昨日の子たち……変なおじさんもいたけど、あの子たちと、今日の子は、何か関係があると思うかい?」
グルグの疑問に、ロットはきょとんと首を傾げた。
「そりゃあ、あるでしょう。装備は、明らかに今日の子の方が格が落ちていたとはいえ、それでも、やっぱり色々おかしいじゃないですか。採取した植物を売りに来たのに、相場を全然知らなかったし、それに、魔物の素材も持っていなかった」
実のところ、今日グルグがカグチから買い取った素材の価格は、相場よりもかなり安く買い取っている。
騙すのが目的、ではない。
調べるのが目的だった。
カグチの人となり。知識。そういったモノを試すために。
結果として、わかったのは、『異質』である、ということだ。
昨日、豪華な装備を身につけて、馬車に乗っていった子たちのように。
「そうだね……」
「何かひっかかっているんですか?」
何か、悩んでいるようすのグルグに、ロットは尋ねる。
「いや、ちょっとね。今日の子からは、何か『絶望』のようなモノを感じて、さ」
「……『絶望』ですか?」
「ああ、昨日の子達は、程度の違いはあるけど、皆『希望』に満ちていたじゃないか。新しいことを始めるような。始まったような。でも、今日の子はちょっと、違っていて……たたき落とされた、って言うのかな? 昨日の子達が草木が芽吹く春なら、彼は草木が枯れていく冬、みたいな」
「なんですかグルグさん『詩人の力』でも持っているんですか?」
ロットの指摘に、グルグは少しだけ顔を赤らめる。
「いや、ちょっと言ってみたかっただけ。でも、よかったよ。あれだけ精神的に負荷がかかっている状態でも、彼は僕に怒鳴りかかることはなかった。ちゃんとした教育を受けてはいるようだ。理性がある」
「暴れて欲しくはなかったんですか? そうすれば、捕まえて、堂々と尋問出来たじゃないですか」
ロットの過激な意見に、グルグは困惑した顔を浮かべる。
「いや、それはさすがに……それに、彼が暴れたら、少なくない被害が出ていただろうし。ウィッスンさんがいたから、あんな賭けが出来たんだしね。装備は昨日の子たちより数段劣るとはいえ、森で採取をしてきたんだ。あれだけの量。一流の冒険者といえども、無傷で採るのは困難だろうに……」
「そういえば、それ、気になったんですけど、あの子が身につけていた装備程度で、無傷で森で採取なんて出来るもんなんですかね? あの子自身は正直言って、『新米』って言葉が似合う、年相応のダメダメ冒険者って感じでしたけど……」
それは、グルグも気にしていた点だ。




