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『術具』のテント

「……ただいまー」


『おかえりー』

と言うように、白い木がゆさゆさ揺れてくれる。


聖域までカグチが帰ってきたときには、すでに空は赤と青が混ざっていた。


「しかし……思ったよりも売れたな」


カグチは、ウィッスンからもらった『道具袋』をおろし、中から交換してもらった道具を取り出していく。


鍋が大きなモノと小さなモノ。スプーンとナイフ。

塩に、トマトケチャップのような調味料から、ベーコンのような、保存が効く色々な食材。


タオルに使える布地が数枚。


「……これが、本当に一万円……1,000ロラなのかね」


カグチは、水晶玉のようなモノを取り出すと、それを握り込む。


すると、水晶玉が宙に浮き、半球状の透明な膜を張った。


広さは、シングルベッドを二つ並べられるくらいだろうか。


これが、この世界のテントである。


「……雨や風を塞ぐ、透明の魔力で出来た膜を張るテント。充電というか、魔力を込めるのに、10回に1回は組合ギルドに持って行く必要があるらしいけど、それでも安いよな、これ」


ちなみに、一回魔力を込めるのに200ロラ必要だという。

その金額を含めての値段ではあるのだろうが。


「これが人が作った『術具』で、この『道具袋』が『神秘物アーティファクト』ってのも、わからん話だな」


このテントは、『錬金術師』が制作している人工物なのだそうだ。


カグチとしては、この『道具袋』よりもスゴい技術のような気もするのだが。


カグチは靴を脱ぎ、膜の外におく。

半球状の膜は地面も覆っているのだ。


「……柔らかい。スライムみたいだな。周りの膜も、堅いモノじゃないのか」


ぷよぷよとした膜をさわり、感触を確かめていく。


本当に、雨と風を防ぐためのモノなのだろう。

魔物の襲撃のことを考えると強度的に少々怖い。

しかし、元の世界のテントを考えると上等だ。


「こんな世界を活性化する必要があるのかね?」


天使は『アスト』を停滞している世界と言っていたが、こんなモノを製造出来るなら、それで十分ではないのだろうか。


「あー……でも、木に書き物を残していたな。そこら辺はまだまだなのか。でも、俺には関係ないか。世界の活性化なんて。俺の力は『火の力』。燃やすだけの力だし」


脳裏に、昨日じわじわと殺した魔物の姿が、そして今日も死んでいった魔物の死骸が浮かんでくる。


それを頭を振って追い出すと、カグチは服を脱ぎ、靴を履く。


完全に暗くなる前に、水浴びをするのだ。


綺麗な布地を手に、カグチは小川に向かった。



「やっぱり、体を拭けると気分が違うな」


外はもう暗くなっていた。


服を着て、カグチは、うすぼんやりと光っている白い木の元に向かう。


「さてと、今日はスープでも作るか」


すると、白い木が、うれしそうにピカピカと光だした。


「……ん? なんで喜んでいるんだ?」


今からカグチは新しく手に入れた鍋に火を入れるためにたき火の用意をするだけだ。


カグチは、『道具袋』から、採取している間に拾っておいた、木の枝を取り出していく。


今夜も白い木の枝をもらうのは悪いと思ったからで、さらに白い木が世界樹かもしれないとわかった以上、白い木の枝でたき火なんて、もったいなくて使えない。


拾っておいた枝で、たき火を組んでいく。


すると、急に辺りが暗くなった。


「……ん?」


白い木の発光が、止まっている。


「……どうした……おわっ!?」


カグチが振り返ると、白い木が急にバサバサと揺れ出した。


それに合わせて、バラバラと枝が大量に落ちてくる。


「ど、どうしたんだ!? 落ち着け! 落ち着け! 枝がなくなるぞ!!」


カグチが白い木の幹を叩くと、ゆっくりと揺れが止まっていく。


「な、なんだよ、いったい……あー、あれか」


カグチがぽんと手を打つ。


「おみやげ買って来なかったからか。悪い悪い、肥料とか買ってくれば……って、何でだよ!」


『違う!』とでも言いたげに、白い木がバサバサ揺れ出した。


カグチは慌てて白い木をなだめる。


「なんだよ、いったい……まさか、自分の枝を燃料にしろとか言わないだろうし……」


カグチの言葉に反応するように、白い木は一度だけバサリと揺れた。


「……は? マジで?」


『マジで』というように、白い木がもう一度揺れる。


どうやら、本当に白い木は自分の枝を燃料にしてほしいようだ。


「いや、使っていいなら使うけど、どうして……」


白い木は、弱く、でも早く、ピカピカと光り始めた。

まるで、照れているようである。


「はぁ……わかった。わからんけど、わかった」


カグチは並べていた枝を『道具袋』に戻し、白い木の枝でたき火を始めた。


すると、白い木は上機嫌に発光し、ユラユラと揺れ始めるのだった。


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