起床
「……はぁぁぁ……眠れた、か」
ばさりと、体にかけていた碧色の布をどかしながら、カグチは大きく伸びをする。
「体はバキバキだけど……思ったよりも痛くない。これのおかげか」
カグチは、自分の体の下にある、体にかけていた碧色の布と、同じ布に目を向ける。
それは、『威風の外套』。
寝袋の代わりになるかと、もう一つ箱を開けて、一つは地面に引いて、もう一つは掛け布団にしたのだ。
寝心地は、思ったよりも良かった。
火風水土を弾く。という言葉通り、地面の土を少しだけ弾こうとしているのが、マットレスのような効果を生んでいたからだ。
聖域というだけあって、害虫もいないのだろう。
現状では比較的快適な睡眠を、カグチは得ることが出来ていた。
「……さてと」
カグチは、小川に向かい、顔を洗う。そして、昨日のうちに開けていた宝箱から取り出していた、
10本の『雲水の筒』に水を汲み、ふたをして、『虚無の箱』に入れる。
「……タオルがほしいな」
すべて、弾く材質のモノしかないので、拭くものがない。
濡れた顔のまま、カグチは、白い木の元へと向かう。
夜は淡く光っていた白い木の光は、消えていた。
「おはよう。おまえもよく眠れたか?」
ポンと、白い木の幹に手を触れて挨拶すると、白い木はうれしそうにガサガサと揺れた。
そして、ボトボトと木の実を落としてくれる。
「……ありがとう。期待してはいたけど、まさかマジでくれるとは思わなかった」
『イイって事よ!』
と返事をするように、白い木が揺れる。
一晩経って、だいぶ懐いてくれたようだ。
「……これがそんなにうれしかったのかね?」
カグチは、木の根本に蒔かれている灰に目を向ける。
昨日、火を消して、他の『虚無の箱』に入っていたモノを整理してから寝ようとしたとき、ふと思いつき、白い木に聞いてみたのだ。
『これ、いるか?』と。
聞いたのは、白い木がくれた木の枝や、とうもろこしの芯を燃やした灰だ。
灰は、肥料になると聞いたことがあったので、試しに白い木に訪ねたのだが、今まで一番点滅してくれたので、丁寧に木の根本に蒔いたのだ。
「自分の木の枝の灰でもうれしいんだな」
元々、自分の落ち葉を栄養にしていることを考えると、木にとってもそれはスタンダードなのかもしれない。
カグチは、白い木の隣に腰を下ろす。
そして、筒に入れた水を飲みながら、木の実をかじる。
白い木が落としてくれた木の実は、丸い、バナナみたいな果物だった。
それに、リンゴのようなモノに、いちごのようなモノもある。
立派な朝食だ。
「さてと……」
木の実を食べ終えたカグチは、水も一本飲み干し、立ち上がる。
白い衣に、碧色の外套を羽織る。そして、黒いサンダルのような靴を履き、腰に短刀を下げる。準備完了だ。
「……昨日よりは、冒険者っぽいな。いや、魔法つかい? どっちにしても、動きやすい、はず」
くるりと、カグチは回ってみる。
ちなみに、カグチが着ていた制服と靴は、『虚無の箱』に入れている。
その『虚無の箱』は、『威風の外套』を風呂敷のようにして、まとめて持てるようにしてある。
風呂敷の包み方は、『地球』でカグチが学んだモノだ。
いつか、異世界に旅立ったときに役に立つかもしれない、と。
かなり痛い発想であるが、それが本当に役にたっているから人生何が起こるか分からないものである。
「よし。準備完了。忘れ物なし。じゃあ、行ってくるな」
カグチは、ポンポンと白い木の幹をたたく。
すると、白い木はガサガサと揺れ、ボタボタと大量の木の実や枝を落とし始めた。
「……あー、もしかして、餞別のつもりか?」
ガサガサと、白い木が揺れる。
『そうだよ! 元気でな!』と言っているように。
「……戻ってくるつもりなんだけど、今日中に」
ガサガサ揺れていた白い木が、ピタリと動きを止めた。
なぜか聖域中の草木も、止まっている気がする。
気まずい空気が、聖域に流れた。
「……なんか、ごめん。えっと、戻ってくるのはダメだったか?」
白い木が、横にブンブンと激しく揺れる。
否定な感じが凄い。
「戻ってきていいのか?」
今度は縦に激しく揺れる。
肯定だろう。
木が揺れるのに、縦とか横とかあるのか、という気がしないでもないが、そうとしか表現出来ない揺れ方なのでしょうがない。
どちらにしても、戻ってきて良いと白い木に言われ、カグチはほっと息をつく。
「よかった。戻れないなら少し困ったんだ。これは……そうだ。お弁当にするよ。 出先で食べるものをどうしようか悩んでいたんだ。ありがとう」
白い木が『それなら良かった!』と、笑うようにガサリガサリと揺れる。
カグチは、白い木がくれた枝と木の実を回収する。
「じゃあ、今度こそ行ってくるな」
『行ってらっしゃい』と言うように、白い木はユラリユラリと揺れ、枝を振ってくれた。




